第4話 零番隊の実力


 ルカ!? 本当に? 今、あの少女、自分の事、ルカって言ったよね……


 ルカという名前は、リアも良く知っていた。あの憧れのミドウと同じ『零番隊ぜろばんたい』に属する討魔師の1人であったからだ。


 『零番隊』


 それは、王の直轄部隊とも言われる対堕魔特殊部隊。選ばれし、10人の討魔師から構成される零番隊は、市民から尊敬される討魔師達の中でも特に別格の存在である。


 現在活動している討魔師のほとんどは、自ら事務所を立ち上げた、いわばフリーランスの面々であるのに対し、零番隊と呼ばれる討魔師達は、王の名の下に活動している、まさに選ばれたトップクラスの討魔師達であるのだ。


「ルカぁ? てめえ本当に…… あの零番隊のルカだってのか!」


「ごめんね、ミドウさんはちょっと用事があって手が離せないみたいでね。貴方の期待に応えられるかどうかはわからないけど……」


「俺もずいぶんと舐められたもんだなあ! こんな小娘1人しか送ってこないだなんてよお!」


 リアにとっては、またとない機会だった。何せ、零番隊、討魔師達の中でもトップクラスの者達の戦いを目の前で見られるのだから。


「こら、君! 安静にしないと駄目じゃないか!」


 まだ痛む身体に鞭を打ち、周りの討魔師達の制止を振り払い、リアは一心不乱に目の前で幕を開ける討魔師の戦いを目に焼き付けるべく顔を上げた。もはや痛みなんてどうでもいい。自分の目で見届けたくて仕方が無かったのだ。


「氷の術式! 氷演舞ひょうえんぶ!」


 ぴきぴきと周囲が凍てつく様な感覚に包まれる。先ほどまではとは違う、本気の魔法。まるで、世の中全てを氷で包んでしまうかと錯覚してしまうほどの氷魔法。一つ一つがナイフのように鋭くなった無数の氷塊が、堕魔の身体の周囲へと現れ、そして、目の前の少女に向けて放たれた。


「……炎の術式 纏炎てんえん


 ルカがそう小さな声で呟くと、ルカの周囲を囲むように一気に炎の壁がせり上がった。堕魔によって無数に放たれた氷の塊が、その炎の壁に阻まれ、次々と音もなく消え去っていく。


「ま、まさか、俺の氷演舞が……!」


「そんなもんで終わり? じゃあ今度はこっちの番ね!」


 不敵に笑みを浮かべるルカ。そう口にした直後、ルカの姿が消えた。先ほどまでルカが立っていたはずの場所には、燃え尽きかけた炎がちらりちらりと顔を覗かせる。一体ルカはどこに行ったのか。周りを見渡したリア。


「はい終わり」


 ルカの声がふとリアの耳に届く。声の方向は、堕魔がいた方向。慌てて堕魔の方を見ると、そこには、堕魔の首元に剣を当てて不敵に笑みを浮かべるルカの姿があった。


「くっ……」


 そのまま膝から崩れ落ちていく堕魔。あまりの実力差を目の前にもはや堕魔からは戦意が消え失せていた。堕魔だけではない。周りにいた全ての者が、目の前で繰り広げられた零番隊の戦いにすっかり魅了されてしまっていた。


 そして、我に返った討魔師の1人が声を上げる。


「かっ、確保!」


 一斉に堕魔めがけて走って行く討魔師達。我先に堕魔を確保せんと突っ込んでいく討魔師達を尻目に、剣をしまいながらゆっくりとルカはリアに向けて歩いてきた。


 そして、戦いが終わってなお、あまりの衝撃に呆然としていたリアを見下みおろしたルカは、戦いの時とは全く異なる、年相応の無邪気な笑みを浮かべる。


「……君、名前はなんて言うの!」


「リア……」


「リア! そう、貴方がリア君だったんだね!」


 僕が自らの名前を口にした瞬間、ルカはいっそう明るい表情へと代わり、テンション高めにそう口にした。まるで僕の名前を既に知っていたかのような言い草。


 自分が覚えている限りでは、今までルカと話したような記憶は無い。もちろん僕は何度もルカの活躍を耳にしていたから、その名前を知ってはいるが、こんな孤児院で身寄りの無い僕の名前をどうして零番隊の討魔師であるルカが知っているのか……


「リア!」


 そして、もう1人リアの名前を呼ぶ声が響く。こちらは聞き慣れた少女の声。声の主は先ほどまで堕魔に人質にされていた幼なじみの少女、ソールである。


「リア! 無事でよかった! 私本当に……」


 涙を浮かべながら駆け寄ってきたソール。そのままソールはリアの身体へと抱きついた。


「痛い…… 痛いってソール……」


「ご、ごめんリア!」


 慌ててリアの身体から手を離したソール。何となく気まずい空気が2人を包む。


 この騒動ですっかり忘れていたが、リアには、ソールに謝らなければならない事があったのだ。


「ソール、あのさ…… ごめんね。アレクサンドラさんから事情を聞いて……」


「リア、もう良いの。全部隠してた私が悪いの。それに…… ありがとうリア。さっきのリア、とっても格好良かったよ! やっぱり、リアは…… 私にとってのヒーローだった!」


 いつも顔を合わせていたソールではあったが、面と向かって格好いいと言われると、なんとも照れくさい。少し照れた様子を見せたリアをニヤニヤと見つめるルカ。そんな会話を交わしていたリア達の元に、また1人、今度はリア達の育ての親が合流する。


「もう、ホントに無茶はほどほどにして欲しいもんだ。こっちは、ひやひやが止まらなかったよ全く!」


 ソールに少し遅れてリア達の元へと合流したアレクサンドラ。そんなアレクサンドラの姿を見たルカはぱあっと無邪気な笑みを浮かべアレクサンドラに向けて話しかけた。


「アレクサンドラさん! いたの!」


 実のところを言うと、僕達の育ての親であるアレクサンドラさんは、元々零番隊のメンバーの1人だったそうだ。ルカの話しぶりを見るに、2人は面識がある様子である。まあ、元零番隊のメンバーと、現零番隊のメンバーともなれば、面識があったとして何ら不思議ではない。


「ああ、ルカ。久しぶりだね。だが、ちょっとだけ待っておくれ、まずはこの子の傷を治してやらねば」


 アレクサンドラさんはそう言うとしゃがみ込み、僕の腕に手を置くと、何かをぶつぶつと呟きはじめた。アレクサンドラさんの魔法は治癒魔法。何を唱えているのかは、未だによくわからないが、その魔法の治癒効果は凄まじいのだ。堕魔の攻撃により受けた傷口がジュワジュワと音を立てながら回復していく。痛みはいつの間にか何処かへと消え去っており、気が付けば傷だらけだった腕は、元通り。


 そして、僕の治療を終えたアレクサンドラはふうーっと大きく息を吐き、そして再びルカの方へと視線を戻した。


「ルカさっきの戦い見事だった。だが、やっぱりあんた……」


「私はまだ大丈夫だよ! それに……」


 ちらりと僕の方を見たルカ。一体なんなんだろうか? ルカが僕のことを知っている様子だったのも、何かアレクサンドラさんが関わっているのだろうか? それに、いまルカが口にした、『まだ』って一体?


「そろそろ潮時かねえ…… あの子にも話をつけるとするか……」


「でもね! ちょうど今フリスディカに帰ってきてるんだよ! 何でもミドウさんからの呼び出しがあったみたいで!」


「なるほどね…… ミドウ。 全部あんたの掌の上ってことかい…… だったら話は早い。とりあえず今日の所はこれで失礼するよ。ルカ、また日を改めて、あんたのところにいくとするさね! あの子にもよろしく伝えといてくれ!」


「うん! またね、アレクサンドラさん! それにリア君! ソールちゃん!」


 そういうと、そのままルカは何処かへと去って行った。そして今度は、残された僕達に向かって声をかけてきたアレクサンドラさん。


「ほら、あんた達も帰るよ」


 正直今日は色々ありすぎた。緊張から解き放たれたためか、一気に身体を疲労感が襲う。

今すぐにでも眠ってしまいたいほどに、身体が重い。


 それでも、リアにとっては今日という日は沢山の事を学んだ大きな一日であった。堕魔と相対すると言うこと、そして、一流の討魔師がどういう風に戦うのかということ、孤児院に戻りベッドに戻ったリアは、身体は疲れているものの、不思議と目がさえて眠れなかった。目の前で体感した討魔師の戦いに、リアは興奮を隠しきれなかったのだ。


 あのときのルカの一挙手一投足が、鮮明な映像となって蘇る。僕もあんな風に戦えるようになりたい。そう思いながら、何度も何度も記憶を反芻し、長い長い夜をリアは過ごしたのだ。


………………………………………


「リア! リア!」


 いつの間にか、朝が訪れていたようだ。ソールの興奮した声で目を覚ましたリア。まだ半分寝ぼけた状態のまま、興奮した様子のソールにリアは言葉を返す。


「ソール、朝から一体どうしたのさ……」


「見て! このニュース! フリスディカに初の討魔師養成学園の開設だって! しかも学校長はあの、ミドウさんだよ!」

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