第2話 幼なじみと育ての親


 すっかり暗くなった公園で、1人ベンチへと座り込んだリア。そもそも魔法が使えないのに、討魔師になりたいだなんて、ばかげた話であるのは自分でもよくわかっている。


 きっとソールも内心は無理だと思っていたに違いない。無理だとわかっていながらも、優しいソールのことだ、きっと僕を傷つけまいと優しい嘘をついてくれていたのだ。


 そう思うと、全てがどうでもよくなってくる。もうすぐ年齢も15になると言うのに、夢ばかり見て、全く現実を見れていない僕、端から見れば道化もいい所だ。もう、いっそ諦めてしまって別の人生を歩んだ方が良いんじゃないか。そう、どうせ僕には魔法の才能は無いんだから。


 時が過ぎていくのを、ベンチに座りながらただただ呆然と見送るリア。そんなリアに近づいてきたのは、孤児院のグランドマザー、リア達をここまで育ててくれたアレクサンドラであった。


「こんな所にいたのかい」


「アレクサンドラさん……」


「あんたのことだから、どうせここに来ると思っていたよ。前にガリムにボコボコにされたときも、ここで泣いてたっけね。あれは……」


「擬似魔法訓練の時でしょ。忘れはしないよ」


 孤児院のグランドマザー、アレクサンドラはここまで、孤児院の子供達を優しく、そして厳しく育ててきた。親がいないリア達にとって、生きていく為に金を稼いでいくと言うことは何よりも重要だった。だからこそ、まだリア達が子供のうちからアレクサンドラは、リア達の才能を少しでも伸ばそうと、いろんな経験を積ませてくれていたのだ。


 その中の一つが擬似戦闘訓練。堕魔による被害が拡大している今、討魔師達がいるとは言え、自らの身を守れるのは自分しかいない。物騒な話ではあるが、僕達は生きていくために少しでも強くなる必要があったのだ。


 そして、僕にとって、それが忘れられない思い出となったのは、僕に魔力がないという事が明らかになった瞬間であったからだ。皆が魔法をはじめて使っていく中、僕だけは最後まで魔法を使うことが出来なかった。あのときの事は、今でも鮮明に覚えている。哀れむような表情のソール、そして、僕を完全にあざ笑っていたガリム。ガリムが僕を見下しはじめたのもまさにあのときからだ。


「それにしてもあんたも情けないね。ガリムに好き勝手言われて、めそめそして。それでも、討魔師目指しているつもりかい? それにソールも必死にあんたのことを探してたよ。涙目になりながらね! ほら帰るよ。あんまりソールに心配をかけちゃ駄目だ」


「ソール……」


 正直な話、ガリムの話なんて僕にとってはどうでもいい。好き勝手言われてきたのは今までだって同じだし、今更、特に気にすることもない。僕が、必死に、孤児院から逃げるようにここまで走ってきたのは、ソールの元から離れたかった。ただそれだけだった。


「あんた、ソールがどうしてあんたに何も言わなかったのか知ってるかい?」


 どうして何も言わなかったか? そんなの僕に言えるはず無いじゃないか。魔力が無いにも関わらず、未だ討魔師への夢を諦めきれない僕に。私は魔法の才能があったから討魔師になります、応援してね。なんて。


 すっかり気持ちがふさぎ込んでいたリア。だが、アレクサンドラがリアへと伝えた事実は、リアが想像していた事実とは、全く異なるものだった。


「あの子はね、あんたが今度こそ絶対に討魔師になれるって、信じていたんだよ。だからこそ、あんたには隠していた。あんたが無事に討魔師になれたときに一緒に討魔師になるんだって、リアを驚かせるんだって、そりゃあもう楽しそうに言ってたんだ」


「そんなわけ……」


「あんたがどう思おうと、それはあんたの自由さ。だけど、人を疑って生きるよりも…… 人を信じて生きる方が、人生は豊かになる。あんたにとってソールは、誰よりもあんたのことを理解してくれる、そんな存在じゃなかったのかい?」


 この時リアの脳裏に真っ先に浮かんだのは、リアにとって一番大切であった少女の笑顔である。買い物袋に一杯に食べ物を詰めて笑顔を浮かべていたソール。走り出したときに聞こえたソールの声。全てがリアの脳裏にこべりついて全く離れそうにない。


「ソール…… 本当に……?」


 てっきりソールに裏切られたと思い込んでしまっていたが、実は先に裏切ってしまったのは自分の方だった。そう思った瞬間、リアは自分が情けなくて仕方が無かった。


 そして、そんなリアに、育ての親、アレクサンドラは、諭すように優しく言葉をかける。


「ホントさ、あんまりソールを泣かせちゃいけないよリア。あんたもミドウのように立派な討魔師になって、誰かを守りたいんだろう? 一番大切な人を笑顔にしないで、どうするつもりなんだい? 全く」


「……ねえ、アレクサンドラさん。僕も本当にミドウさんみたいな討魔師になれるのかな?」


「リア、あんた討魔師に一番大切なものって何だと思う?」


 討魔師に必要なモノ。アレクサンドラの問いかけに、考えこむリア。すると、そんなリアの様子を微笑ましく見ながら、アレクサンドラが言葉を続けた。


「それはね、心の強ささ。沢山の人々が堕魔に苦しめられている。討魔師は、人々にとっては正義のヒーローさ。あんたは魔力が無くたって、討魔師に大切なものをもう持ってる。魔力なんてものはおまけさ。そんなもの後からでもどうにかなる」


「心の強さ…… 僕が……討魔師に大切なものを?」


「ほら、続きは帰ってからだ。早くしな」


 無愛想にそう言葉を告げたアレクサンドラ。リアに背を向けて歩き出したアレクサンドラにむかって、リアは小さく呟いた。


「……アレクサンドラさん。ありがとう」



………………………………………



「おい、また堕魔による事件だってよ!」


「え、何々?」


「なんでも、女の子を人質に暴れているらしいぞ!」


 アレクサンドラと合流して孤児院に帰る途中のことだ。大通りを歩いていた僕らの耳にそんな市民達の声が届く。なかなか物騒な話だが、堕魔による犯罪が毎日のように起こっているこの街において、事件なんて大して珍しい話でもない。


「また、物騒な話だねえ。それにしても街中でそんな事件を起こすなんて、なかなか肝の据わった奴もいたもんだ」


 あきれるようにそう口にするアレクサンドラ。アレクサンドラがそう思うのも無理はない。何せ、ここフリスディカはシャウン王国の王都であり、一番発展している都市である。つまりは、それだけ多くの討魔師がいると言うことになるのだ。


「ねえ、アレクサンドラさん、少しだけ様子を見ていっても良い?」


「やれやれあんた…… またかい?」


「でも、今日こそミドウさんを見られるかも知れないし!」


 ミドウの活躍については、常日頃チェックをしていたリアであったが、まだ実際にミドウが戦っているところを目にしたことは無かった。


 どうしても一度、目の前でミドウの活躍を見てみたいと思っていたリアは、事件の話を聞くといつも現場へと向かっていた。だが、今まで一度もミドウが堕魔を退治しているところは見たことがない。リアが現場に着いたときには、ほとんどが、既に別の討魔師が解決しているといった事ばかりだった。


 まあそもそも、討魔師の中でもトップであるミドウがわざわざ出張ってくるほどの凶悪な事件なんて、こんな街中でそうそう起こるようなものでも無い。


 それでも、もしかしたら今度こそ、今度こそミドウさんと会えるかも知れない。そう思うと、危険であることは知りつつも、実際の事件の現場に行きたいという気持ちを抑えることは出来なかったのだ。


「仕方無いねえ…… 少しだけだよ」


 半ば諦めつつ、アレクサンドラがそう口にする。もうアレクサンドラも、リアがどんな性格であるかはよくわかっている。危険だからやめろと行ったところで、黙ってそれを聞き入れるような子ではないことは十分に理解していた。


「ありがとうアレクサンドラさん!」



………………………………………



 幸か不幸か、ちょうど事件現場は、孤児院へと帰る方向だった。道の真ん中に人だかりが出来ており、一目見て事件が起きているであろうことは明白だった。犯人は既に討魔師により包囲されているようで、逃げ場はなさそうだ。何とか犯人を説得させんと、討魔師の1人が呼びかける。


「抵抗はやめなさい! その子を離しなさい!」


「うるせえ! 俺は全部ミドウの野郎に台無しにされたんだ! あいつを殺して俺も死ぬ! 早くあいつを連れてこい!」


 犯人が威嚇するように、氷塊を討魔師達に向け発射する。何とか魔法で対処した討魔師達ではあったが、人質を取られてしまっている以上、あまり無茶も出来ないようで、膠着状態が続いているようだ。


「これだけ討魔師が周りにいたら、終わりだな!」


「でも、あの女の子、可哀想…… 無事だと良いけど……」


 人だかりからは、野次馬となった市民達の声がちらほらと聞こえてくる。そして、討魔師の数人が、市民達の前に立ちはだかり、必死に叫んでいた。


「危ないから下がって! あとは私達に任せて下さい!」


 少し離れた場所、人ごみの間から事件の様子を詳しく見ようとしたリア。遠目からではあったが、犯人と思われる人物の姿を捉えた。手入れのされていなさそうなぼさぼさの髪、そして薄汚れた服、そして、その横には人質となったであろう少女の顔が見える。


 首元をがっちりと押さえられ、身動きが取れなさそうな少女。歳はソールと同じくらいだろうか…… どことなく面持ちもソールに似ている。いや、まさかな。まさか、本当に……


「ま、まさか……」


 隣にいたアレクサンドラは顔面蒼白のまま、そう小さく言葉を漏らす。それだけで、リアもすぐに今起こっている現実が、決して妄想の中の話ではないという事を理解した。


 間違いない。人質になっている少女は、ソールである。


「ソール!」


「待ちな! リア!」


 頭が理解するよりも先に、アレクサンドラさんが制止するよりも先に、僕の身体は動いていた。

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