番外編 世界旅行2(6)

 ゲームを終えて隣を見ると、小西さんがうんうん唸りながら地図と睨めっこしていた。どうやら検索なしでやっていて、1ゲーム目はポルトガルに置いたらブラジルだったそうだ。あまり登場しない国なので、私たちでも検索なしだと、そこにはポイントしないだろう。

「個人的にはWygodaと最後のテナガは反省が多いかな」

 絢音がGoogleでTENAGA NASIONAL BERHADを検索しながら言った。ちなみにBERHADはマレー語で株式会社を意味し、ビルの名前ではなかった。HOKKIEN HUAY KUANならほぼ一ヶ所に絞れていたので、そのことかと聞くと、絢音は首を横に振った。

「文字に頼りすぎた感じ。文字を見つけて検索して、検索結果から選ぶゲームになっちゃってるけど、もうちょっと道とか景色とか考えるべきかも」

「確かに、どっちも違和感はあったね」

 走ってきた直線道路がなかったり、高速道路の形が違いながらも、とりあえずポイントしてしまった。もっとも、どちらも制限時間をオーバーしていたし、なんならVAEROYは15分くらい散策していた。時間内に最善は尽くせた気はする。

 いつも通り、1ゲーム目から振り返る。反省会もこのゲームの楽しみの一つだ。

 まずポーランド。KULIKOWSKIはさすがに検索結果が多かったが、最初に見つけたStare Modzeleなら完璧に正解の場所に辿り着いていた。

 ちなみに、ポーランド語のStareがStateなのか調べてみたが、Oldだった。ただの音韻なのか、旧市街的な意味なのかはわからないが、周囲にModzele SkudoszeやModzele Wypychyといった場所があるので、後者の可能性が高そうだ。

 そもそもポーランドという国をあまり知らないので、Wikipediaを開いてみると、元々はリトアニアとくっついていたらしい。二度の大戦で分裂と統合を繰り返した後、1989年に今のポーランド共和国になったそうだ。ソ連の崩壊が1991年なので、少なからず関係がありそうだ。

 そんな話をしていたら、隣で小西さんが驚いたような声を上げた。

「なんで急に勉強してるの?」

「元々ずっと勉強してたけど。海外についての知見を広めるって」

 絢音が柔らかく目を細めるが、口元は少し綻んでいる。小西さんが「これ、ゲームじゃん」と小声で言ったが、絢音は静かに首を横に振った。

「勉強ツールだよ」

 特に反省点のない台湾は飛ばして、ノルウェーのVAEROYに飛ぶ。ヴァロイと読み、これ自体が島の名前のようだ。

 改めてGoogle Mapとストリートビューで見てみると、西の方は本当に切り立った崖になっており、かなりの標高だった。

 時間切れになったので途中でやめたが、続きを辿ってみると、景色はほとんど変わらなかった。ただ、もう少し行けば海が見えていた。もちろん、それで島だとわかることはないし、検索なしでこの島をポイントするのは不可能だろう。

「やっぱり旗がわからなかったのが残念」

「でももう覚えたから、次は行ける」

「このゲーム、ずっとやってたら、その内国旗とか文字とか標識とかで、国がわかるようになるね」

 もちろん、そこまでやり込むつもりはないが、成長が感じられるゲームなのは確かだ。

 ボストンは、開始地点にあったFEDERAL RESERVE BANK OF BOSTONで検索したら、やはり一ヶ所に絞り込むことができた。一歩も動かずに誤差数メートルも達成できたが、目的はオンライン世界旅行である。絢音と二人で、色々な国の景色を眺めるのもこのゲームをプレイする目的の一つだ。

「これ、4999×5点くらいを目指したいね」

 今回は5000点が2つに、4999点が1つあった。今のルールだと、上手に検索して、せめて4999点以上を目指すようなゲームになっている。

「24995点だね?」

 絢音が得意気に言う。きっと瞬時に45+450+4500+20000を計算したのだろう。さすが秀才だ。

 検索しなかったらどうなるかという話をしていたら、小西さんが「これやってみる?」と言って自分の端末を指差した。

 情報の多い風景である。目の前に鉄道の高架があり、片側1車線の道路沿いには無数の店が建ち並んでいる。バス路線でもあるようで、バス停もあり、文字も溢れていた。なるほど、検索すれば一瞬だろうが、検索なしだと簡単ではない。

 文字は全体的に英語で、道路には「ONLY BUS」と書かれているし、ショップにも「SURGICAL SUPPLIES」とか「DELIGHT DONUTS」など、英語が並んでいる。

 ただ、少し行くと「EUROPEAN TASTE」と書かれたショップがあり、ここがイギリスではないことが窺い知れた。こういう店がある以上、ヨーロッパではないだろう。

「でも、日本にも和食の店はあるし、普通じゃない?」

 小西さんが屈託なくそう言って、それもそうだと二人で頷いた。

 さらに進むと、すれ違ったバスにアメリカの国旗が描かれていた。問題はここからである。

「ぶっちゃけ、大陸がわかった程度の情報しかない」

 結局は文字探しだ。確かに情報量の多い市街地で、高いビルはなく、高架もやや田舎の感じはあるが、それだけでは何も特定できない。

 何か州や駅の情報、特徴的な建物はないかと探し回ったら、「Forest Avenue Station」という駅の入口を発見した。

「まさかのフォレスト・アヴェニュー。何もわかんない」

 電話番号は718で始まっている。アメリカの電話番号の仕組みはわからないが、わかる人はこれだけで州を特定できるのだろうか。

 結局しばらく走り回ったが、何の情報も得られず、オースティンの適当な鉄道沿いの場所をポイントしたら、2446キロも離れており、970点しか入らなかった。正解はニューヨークだった。

「やっぱりこうなるか」

 ちなみに、スタート地点にあったバス停に書かれていた「Fresh Pond Rd & Putnam Av」で検索したら、完全に一致する場所が表示された。「Forest Avenue Station」もまた然り。

 検索すると完全にわかってしまうが、検索しないとまったくわからない。

 どっちかに振れるなら、今の私たちのレベルなら、完全にわかるような単語を探すゲームだと割り切った方が楽しいだろう。

「私も、二人のルールでやろうかな。結局、全然わからずに当てずっぽうになってるし」

「検索、オススメ」

 小西さんが次のゲームを始めると、また都会だった。今日は私たちも都会が多かったが、ゲームとしてはわからなければわからないほど面白い。

「まあ、今のルールのまま、目指せ25000点ってことで」

 一人で楽しんでいる小西さんを横目に、私はそう言いながら、自分のアカウントで入り直した。

 1時間半ほど経っているが、帰るにはまだまだ早い時間だ。日も長い季節で、コンピュータールームの賑わいも衰えていない。

 新しい景色を求めて、私は再びPLAYの文字をクリックした。

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