第39話 会議(1)

 私の休日の過ごし方は、大体こうである。

 朝起きる。友達と遊ぶ。帰ってきて寝る。

 友達と遊べない時は、動画を見るか勉強している。昔から変わらない。中学の時、あまりにも友達がいない私を見るに見かねて親が買ってくれたタブレットが、今でも大活躍している。

 他には、太らないように走ったり、kazano vlogにアップする動画を撮ったりしている。VLOGは相変わらずアクセス数は皆無だが、仲間たちが喜んでくれるので、細々と続けている。

 もっとも、休日に3人とも空いていないことは滅多になく、日中は概ね誰かしら相手をしてくれる。今日は涼夏と絢音だ。涼夏は午後からバイトで、絢音も夕方からバンドの練習があるので、5時間くらいだろうか。十分だ。

 奈都も誘ったが、今日は部活の後輩とアニメの映画を観に行くと言われた。仮想空間のゲーム世界から帰って来れなくなる話らしい。なかなか面白そうだ。

 奈都から誘ったというので、何故私を誘わないのかキレ気味に訴えたら、冷静に退けられた。

「アニメに興味のない人とアニメを見ると、なんかいたたまれない気持ちになるんだよ」

 まったく意味がわからない。ついこの間、前とは関係性が違うとか、私にラブラブアピールしていたのに、がっかりだ。

 二人と合流するや否や愚痴を零すと、涼夏が難しそうに眉根を寄せた。

「千紗都じゃなくて、私たちと一緒にいるのが嫌とか」

「うーん。奈都、涼夏も絢音も大好きだと思うんだけどなぁ」

 悩ましげに腕を組んで首をひねった。奈都の言う『関係性』には、涼夏や絢音も含まれていると感じている。二人も含めての『帰宅部』だと思うが、どうなのだろう。

 私が意見を述べると、絢音が苦笑しながら言った。

「言葉通りだと思うけど。アニメに興味がない人とアニメを見るといたたまれない気持ちになるの、すごくわかるけど」

「そんなもん?」

「私ももし好きなアイドルグループのライブとか行くとしても、たぶん涼夏と千紗都は誘わないよ」

 興味がない側にはいまいち掴めない感覚だ。涼夏が「誘ってよ」と訴えると、絢音はツラそうに眉根を寄せた。

「いたたまれない……」

「いたたまれて」

「新しい日本語だね」

 ひとしきり奈都の話で盛り上がってから、長居できるカフェに移動した。長居できないカフェというのも嫌だが、人気の店だとそういうのもあるかも知れない。

 今日は涼夏といられる時間が短いので、午前中はカフェで管を巻く予定だ。それに、学校ではなかなか3人きりの時間が取れないので、帰宅部ミーティングを行いたい。

 そういうわけで、緊急会議の議長である涼夏が、雑談もそこそこに口火を切った。

「2年になってから、私たちだけの時間が極端に減りました。これについて、各自意見を述べてください」

 議題はもちろん、急激に変化してしまった帰宅部の活動内容についてである。クラスが替わり、友達が増えたことで、私たちだけの聖域が脅かされている。特に1年の時は、部活に入っていなかった女子がクラスに私たちしかいなかったので、自然と3人だけになれたが、今は他にもいる上、一緒に遊びたがっている。これを無下にすることもできず、困っているのが現状だ。

 てっきり涼夏から何か言ってくれると思ったが、二人にじっと見つめられたので、仕方なく最初に喋ることにした。

「もちろん、この3人で遊びたいけど、二人がいない時に構ってもらえるのは有り難いよ? 正直なところ」

 一人は苦手だ。広田さんは家が逆方向だし、長井さんは私にはあまり興味がなさそう。垣添さんはまだ部活を辞めると決まったわけではなく、そこまで私の身辺は変わっていないが、二人がいない時に彼女たちが相手をしてくれるのは素直に嬉しい。

 改めてそう伝えると、涼夏が「つまり私か」と唸った。目下一番の問題は長井さんだが、長井さんが絡みたいのは涼夏だ。ただ、もはや問題はそれだけではない。

「千紗都は、一人でいるくらいなら男子とすら遊ぶから、そういう意味では女子の方が安心だね」

 絢音が困ったように微笑んで、涼夏が大きく2回頷いてから、非難げに私の顔を覗き込んだ。前に古々都で笹部君と二人で元号を探していた話だが、あれは笹部君がどういう心境で涼夏に告白したのか聞いてみたかっただけで、それがなければ遊んでいないと、何度言っても信用してもらえない。

 まあ、実際のところ、それがなくてもあの局面で断っていたかは怪しいので、それに関しては言われても仕方ない。1年ほど前、涼夏に頬を叩かれた事件もあるし、私は自分で思う以上に一人でいるのが嫌なのだ。

「千紗都は、私たちよりは、3人だけでいいって思ってないんじゃないかな」

 絢音にそう言われて、私は悩ましげに首を傾けた。

「そんなことはないと思うけど、優先度は、3人、みんな、一人の順だね」

「一回糸織と遊んだから、もしあの子が部活を辞めたら、次から断りづらいな。そもそも、一緒に遊びたいって言ってるのを、嫌だとは言いづらい」

 その点に関しては私寄りだと、涼夏が唸った。絢音みたいにバッサリ切れたらと仮定法で伝えると、絢音が苦笑いを浮かべた。

「うちもね、ナミが入ってから、もっとちゃんとやっていこうってムードが強くなって、さすがの私も、千紗都とイチャイチャしたいから無理とは言いにくい空気になってるね」

 うちというのは、もちろんバンドのことだ。元々豊山さんと牧島さんの二人で始めたバンドなのに、いつの間にか絢音がリーダーになっている。センターでギターを弾いて歌っているのだから仕方ない。それに、豊山さんは絢音が中学時代に作ったバンドの元メンバーで、Prime Yellows結成当時から絢音をリーダー扱いしている。

 ゴールデンウィークのライブが終わったら絢音が戻ってくると思っていた私には、ショックな内容である。新しく加入した戸和さんは手芸部員だが、豊山さんと牧島さんは帰宅部だ。絢音自身もクラスが違って良かったと言っていたが、このままでは絢音を取られかねない。

 そう懸念を訴えると、絢音は「それはない」と笑った。

「私の中で、優先度は帰宅部、バンドの順は変わってない。両立できなくなったら、どっちを切るかはメンバーにも言ってある」

「結局、両立具合の問題なんだよね。私も最悪全部切り捨ててもいいって思ってるから、そこまで深刻に考えてないのはあるね」

 涼夏が大きく頷いた。

 切り捨てるのは簡単なのだ。みんなの前でキスでもして、付き合ってるから一緒には帰れないと言えば済む話である。ただ、そこまで極端な人間関係は望んでいない。私も席が隣の垣添さんとぎくしゃくしたくないし、絢音も音楽が好きだから、バンド活動は続けたがっている。

「聖域を守るために広げて、そのまま2年の終わりまで開きっ放しになったりしてね」

 私がため息混じりに微笑むと、涼夏が全力で首を振った。

「それは嫌だぞ?」

「長井さんと広田さんと岩崎君の三角関係をどうにかするんじゃなかったっけ?」

 絢音が笑いながらそう確認すると、涼夏がそっと息を吐いた。

「そこだけ上手くいっても、糸織が残る」

「じゃあ、垣添さんには長井さんの帰宅部に入ってもらって、まとめて切り離す」

「それは名案だ。ただ、優希と岩崎君は逆方向だし、糸織は千紗都と遊びたがってる」

「私だけってわけじゃないと思うよ? たまたま席が隣だから私と話してるだけで、私たちの活動自体に興味があるみたい」

「千紗都個人に興味があるわけじゃないのは朗報だ」

 涼夏が真顔でそう言って、絢音が可笑しそうに頬を緩めた。

 人に好かれるのは嬉しいが、面倒も伴うし、私としてもそういうことは望んでいない。目の前の二人と正妻がいればそれでもう十分だし、私のキャパはそれだけでいっぱいだ。

「私たちは、こうして大人になっていくんだね」

 やれやれと首を振ると、涼夏が飲んでいたジュースを置いて咳き込んだ。ウケるような内容だったろうか。

「いつか一緒に住んで、この先もずっと一緒にいるつもりだけど、高校時代の帰宅部を諦めるつもりはないぞ?」

「同感。タイムリミットを決めてそれまでに解決しなかったら、毎日してるハグを、ハグ+チューにしよう」

「そうしよう」

 二人が手を取り合って頷き合う。何をもって解決とするかは定義しなくてはいけないが、急ぐことはない。

 涼夏が最初に言った通り、私たちはまだ、この状況を遊びとして楽しめている。

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