第32話 ライブ(2)
ライブは17時半スタートで、準備と片付けも含めて1組30分。参加者は全員高校生だが、その内の3組は常連らしい。
そもそも一般募集をしているライブではなく、今回は牧島さんが友達経由で声をかけてもらったらしい。
牧島さんは涼夏のような子だ。積極的で、社交性豊かで、誰からも人気がある。豊山さんに声をかけたのも牧島さんだし、今日見に来ているのも、牧島さんの友達が多い。
その状況を、絢音と豊山さんはどう思っているのだろう。母体は元々LemonPoundで、豊山さんが絢音とやりたくて結成したバンドである。しかし今は、牧島さんの影響力が強すぎるように感じる。
ただ、絢音は帰宅部でも、自分で考えるよりついていく方が性に合っていると言い続けている。もしかしたら、それはバンドでも同じなのかもしれない。
絢音なら自分の力でなんだって解決してしまうだろうが、クリスマスの前に珍しく弱音を吐いていたので、少し心配だ。
店内が暗くなり、1組目の演奏が始まる。男子4人にボーカルが女の子という構成だ。女の子は素朴な感じだが、男の子はみんな外見がチャラい。
「恋愛関係で解散しそうなメンツだな」
涼夏が私の耳に顔を寄せて囁く。なんともひどい感想だが、私もそれは少し思った。
「全員と付き合ってるかもしれない。私も帰宅部のみんなとキスしてる」
「女同士はいいけど、男女はダメだ。産まれてきた子の父親がわからなくなる」
「何の話をしてるの?」
呆れるように肩をすくめると、1曲目が始まった。ありきたりなポップスだったが、聴いたことがなかった。同席のみんなも知らないと首を振る。どうやらオリジナル曲らしい。
高校生で曲まで作って活動しているのなら、きっと本気のバンドなのだろう。失礼な感想を抱いたことを心の中で詫びたが、いまいち心に残る音楽ではないのも事実だった。
MCを挟みながら、いずれもオリジナルを5曲演奏して、まばらな拍手とともに照明が明るくなった。それと同時に店内が声に溢れ、その声に紛れるように涼夏が耳元で囁いた。
「オリジナルはみんな知らないから、よほどいい曲じゃないと盛り上がらないっていう知見を得た」
なかなか手厳しい意見だ。楽器が多いので、音に厚みはあったが、楽曲はいまいちだった。それに、ボーカルの子の声質があまり曲の雰囲気と合っていないのも気になった。ジャズっぽい曲を歌ったら似合いそうだが、楽しそうに歌っていたので、このバンドの曲が好きなのだろう。それはとてもいいことだが、観客に伝わるかは別問題である。
もちろん、コピーバンドはコピーバンドで、みんなが知っているので盛り上がるが、どうしてもオリジナルと比較されてしまう。絢音の歌は今のバンドの子と比較しても確実に上手だが、LemonPoundと比べて楽器の数が少ないPrime Yellowsの演奏はどうか。
文化祭は大いに盛り上がっていたが、あそこはホームである。ユナ高の生徒が多く、ユナ高の仲間の音楽を聴きたい人間が集まっていた。
しかし、今ここにいる大半は、友達の演奏を聴きに来ている。涼夏にしてもそうだし、元々音楽をそれほど聴かない私もそうだ。正直なところ、前のバンドにはまったく興味がなかった。
涼夏と一緒にステージを見つめる。初参加の絢音たちは2組目で、音のチェックで絢音の鳴らしたギターの音が店内に響いた。アーティストがライブのアンコールで着るようなシンプルなTシャツに、黒とピンクのプリーツスカート。珍しくメイクをしているが、さっき聞いたら牧島さんにしてもらったとのことだった。
「絢音、可愛いな」
じっと絢音を見つめながら、涼夏がぽつりと呟いた。私は何を今さらと笑った。
「涼夏がいなかったら、クラスで一番モテてもおかしくないレベルだと思うよ?」
「私がいてもいなくても、一番は不動でしょ」
そう言って、涼夏がチラッと私を見た。今日はしっかりメイクをしていて、圧巻に可愛い。店に入ってから今まで、周囲に対してかなり壁を作っているが、それでも何度か男子に話しかけられていた。そして、私は話しかけられていない。涼夏こそ、自分の圧倒的な可愛さを知るべきである。
準備が出来て、店内の明かりが落ちた。喧噪も静まり、絢音がメンバーの顔を一度見回して大きく頷く。
自己紹介の前にまず1曲。私でも知っている有名なボカロ曲で、前奏をサックスがジャジーに奏でる。ソプラノサックスという珍しい楽器にまず興味を惹かれ、さらに絢音が歌い出した瞬間、客席の視線に熱がこもった。曲自体がいいのはもちろんあるが、やはり先程のバンドと比べても、レベルが2段くらい高い。
「やばいな。惚れそうだ。濡れてきた」
涼夏がステージに目をやったまま呟いた。一体どこが濡れるのだろう。私はむしろ緊張で口の中が渇いている。
曲が終わると、大きな拍手を浴びながら絢音がスタンドのマイクを取った。
「ありがとうございます。Prime Yellowsです。いつもは結波高校の3人で活動していますが、今日はサックスの子が応援に来てくれました。いいですね、管楽器。なつみん、楽器の紹介がてら何か吹いて」
絢音がそう言って、斜め後ろに控えていた涌田さんに声をかける。涌田さんが一歩前に出て、絢音からマイクを受け取った。
「仁町女子の涌田菜摘です。キーボードのさぎりと中学からの友達で、今日は参加させてもらいました」
そう自己紹介をしてから、楽器の紹介をする。普通サックスと言われて想像するものと形が違うが、サックスは大きさによってソプラノ、アルト、テナー、バリトンの4つがあり、涌田さんのはその内の一番小さくて高い音のソプラノサックスとのことだ。
マイクを絢音に戻して、後ろで牧島さんが鍵盤に指を乗せた。ドラムが小さくリズムを刻み、サックスの音がしっとりと耳馴染みのあるジャズのナンバーを奏でる。
いわゆるインストゥルメンタルというやつだ。途中から絢音もギターでメロディーを弾いて、サックスと共演する。とても素敵だ。もしステージに立っているのが自分の仲間ではなくても、聴き入っただろう。
曲が終わると、再び拍手に包み込まれた。絢音が改めてメンバーの紹介をしてから、サックスの編曲に悩んだ話を披露した。元々サックスが入っている楽曲でも良かったが、既存曲を敢えて自分たち風にアレンジするのも面白いのではないかと挑戦したらしい。
Prime Yellowsバージョンと言いながら、よく歌われているJ-POPを2曲続けて演奏する。片方は元気なアイドルソングだったが、テンポもゆっくりでやはりジャジーに歌われた。サックスが入ると、それだけでジャズっぽく聴こえる。
緩急のある選曲と穏やかなMCで持ち時間を大いに盛り上げ、大きな拍手をもらってPrime Yellowsのステージは終了した。疲れた様子もなく、笑顔で手を振る絢音を見送ってから、涼夏が大きく息を吐いた。
「絢音、すごいな」
「初めて聴いたけど、西畑さん、チョー上手じゃん!」
「サックスの子も良かったねー!」
1組の子たちが口々にそう言って、次のバンドの準備が整うまで感想戦で盛り上がる。本当は涼夏と二人でしっとりと感想を語り合いたかったが、こればかりは仕方ない。
とりあえず後で涼夏に話す用に心のメモに書き留めて、次のバンドの演奏を迎えた。
それから1時間半、退屈ではなかったが、ありふれた感じの演奏が続いた。レベル的には絢音たちよりも上手いバンドばかりだったが、やはりギターとベース、キーボードとドラムに加えて、曲もJ-POPばかりでは退屈してしまう。そういう意味では、今回サックスの涌田さんが入ったのは良かったのかもしれない。Prime Yellowsが一番良かったと思うのは、さすがに贔屓目だろうか。
演奏の後、帰る人もたくさんいたので、席が空いた。牧島さんと涌田さんが1組の子と喋りたそうだったので、涼夏と二人で小さなテーブルに移動する。絢音は「また帰りに」と言って、豊山さんと一緒に他のバンドのメンバーと交流していた。すぐにでも絢音と喋りたかったが、絢音とは四六時中一緒にいるので我慢する。
学校のことやバイトのことなど、無難な話をしながら絢音を待って、3人揃って店を出た。絢音は私たちの真ん中で、いつものように私たちの手を取ると、大きく息を吐いてはにかんだ。
「やっと終わった。これでまた帰宅部活動に専念できる」
晴れやかな笑顔だ。帰宅部のことを考えてくれるのは嬉しいが、あの素晴らしい演奏の後、第一声がそれなのかとも思う。
「演奏はどうだった? 涌田さん、Prime Yellowsに入るの?」
せっかくなのでバンドの話をしようと言うと、絢音はにっこりと笑った。
「演奏を評価するのはお客さんだけど、私たち的には満足な演奏だったよ? 色々間違えたから、ちょっと練習不足も感じたけど」
「全然気付かなかった」
「何なら歌詞も間違えた。なつみんは入りたそうにしてたし、莉絵もOKみたい」
まるで他人事のようにそう言って、向こうで涼夏が可笑しそうに頬を緩めた。相変わらず自分の意見を言わないのは、センターボーカルでMCまでしてなお、ゲストのつもりでいるからだろう。
その証拠に、次回の予定を聞いても、絢音は知らないと首を振った。
「みんながやりたければやるんじゃないかな。声をかけられたら参加してもいいけど。帰宅部の活動に支障が出ない程度に」
「改めて今日の絢音、すごかった。なんかこう、『千紗都を探せ!』とかやってる場合じゃないと思う」
真顔でそう伝える。もしかしたら絢音は、もっと本気でやったら音楽で食べていけるところまで行けるのではないか。そんなふうに思うが、絢音はあははと声を上げて笑い飛ばした。
「今日のライブと、歩道橋の上から千紗都の写真を撮るのと、どっちが楽しかったかって言われたら、僅差で歩道橋かな」
「いや、おかしいでしょ!」
思わず声を上げたが、絢音は可笑しそうに肩を震わせてるばかりだった。涼夏が顔を押さえて笑いながら口を開いた。
「絢音、千紗都が大好きだね」
「涼夏も大好きだよ。まあ、千紗都の期待もわかるよ? もしかしたら私は、私が自分で思ってるよりすごいかもしれない」
「こっちは平凡組だから」
涼夏が自分と私を指差して言った。私は涼夏が平凡だとはまったく思っていないが、絢音と比べると、確かに涼夏も私側の人間かもしれない。
「千紗都なんかは特にそうだと思うけど、究極的には何をするかより誰とするかだと思ってる。音楽は好きだけど、親友と音楽か、愛友と帰宅部かって言われたら、私は二人と一緒にいたい」
絢音がはっきりとそう言った。それはもう、何度か絢音の口から聞いている。私たちと音楽ができればそれがベストだが、さすがにそれは無理なので、95点と90点を比較して、95点を選んでいるといったところだろう。
「涼夏と千紗都、卒業したら一緒に住みたいみたいな話をしてるでしょ? 私だってそれに乗りたいと思ってるよ?」
絢音がそう言って微笑むと、涼夏がじっと絢音を見つめた。
「今日の絢音、可愛いな」
「メイクしてるから」
「絢音はいつも可愛いよ?」
「そういう意味じゃない」
私の言葉を秒で否定して、何を思ったのかいきなり絢音にキスをした。突然真横で舌を絡め始めて、私は思わず呆然と立ち尽くした。これはどういう展開なのか。
抱き寄せていた絢音の体を離して、涼夏がうっとりと微笑んだ。
「好きの意味が変わりそう」
「ちょっと待って。涼夏、私を見捨てるの!?」
思わず悲鳴を上げると、二人がくすくすと笑った。
「いや、千紗都は特別だから」
「特別って言っておけば、私が満足すると思ってるでしょ! あっ、今のは奈都の正妻発言のパロディね」
「なんだそれ」
「前に奈都に、『正妻って言っておけば、私が満足すると思ってるでしょ』って言われた」
「ナッちゃん、面白いな。そして、すごく的確だ」
まったく的確ではない。私は首を振って否定したが、確かに言葉に逃げて、態度で示せていない気はする。
もっとも、それは奈都が帰宅部に顔を出してくれないからであって、毎朝一緒に登校しているし、土日だって頻繁に遊んでいる。結局のところ、奈都は涼夏と絢音に嫉妬しているだけなのだ。今少しだけ絢音に嫉妬してしまったから、それがよくわかった。
「千紗都は欲張りで寂しがりで、本当に面倒くさ可愛いな」
「えっ? それ褒めてないよね? このままだと私、夜に布団の中で泣くかもしれない」
「はいはい」
涼夏が呆れながらそう言って、人の往来が無いことを確認してから、私の腰に手を回した。
そして、唇を重ねながら、何故か私の胸を撫でる。しばらくわしわしと胸を揉みながらキスをしてから、涼夏が熱っぽい声で言った。
「往来でキスするの、滾るな」
「変態」
「千紗都がしろって言ったんじゃん。ねえ」
同意を求めるようにそう言うと、絢音は可笑しそうに大きく頷いた。それから無造作に私の胸を触って、いたずらっぽく笑った。
「わたし的今日のハイライトは、戸和さんがさぎりんの胸を撫でてたことだね。あれ、なんだったんだろ」
そういえば、開始前にそんなことがあった。絢音も気が付いていた上、気にしていたというのは興味深い。
「今絢音が私の胸を触ってるのと同じ理由じゃない?」
「だとしたら、戸和さんはさぎりんのことが、ものすごく好きってことになる」
今日出来た新しい友達には、正直あまり興味がない。ただ、そういうのは面白いと思う。女同士でイチャイチャしていることに肩身が狭い思いをしているわけではないが、同士が増えるに越したことは無い。
「今日は初めましての人とたくさん喋って疲れた」
もう一度絢音の手を握って大きくため息をつくと、涼夏が反対側で絢音の手を取って、明るい表情を浮かべた。
「私は知らない人と話すの、結構好き」
「客商売してる人は違うねぇ。明日の絢音の復活祭で、存分に癒してもらおう」
大袈裟に首を振ると、絢音が目尻を下げて柔らかく微笑んだ。
「ずっと生きてるから」
「なんか、同じようなやりとりをした記憶がある。デジャヴか前世」
「私の復活祭なのに、癒されるのは千紗都なんだね。まあいいけど」
復活祭と言っても、みんなでカラオケに行くか、そのお金で何か一つゲームを買って涼夏の家でやろうと話しているだけだ。今日来れなかったこともあって、奈都がとても楽しみにしていたが、私も同じである。今日は確かに楽しかったが、絢音の言う通り、私も帰宅部のメンバーだけでこぢんまりと遊んでいる方が好きかもしれない。至って平凡な人間なのだ。
駅に着いたので一緒に電車に乗って、乗り換え駅で二人と別れた。一人になって目を閉じると、バンドの演奏よりも、帰り道で絢音の言った言葉が脳裏をよぎった。
絢音も、私と涼夏と一緒に暮らしたい。それはとても嬉しいことだ。
我が帰宅部は、今はこうして、同じ場所から別々の家に帰っていく。けれどきっと、大学までみんな同じとはいかないだろう。
だから将来は、別々の場所から同じ家に帰ってくる、そんな帰宅部にしたい。それを実現することが、私の帰宅部の部長としての責務であり、日々の活動のすべてがその目標に繋がっている。
まあ、毎日遊んでいるだけだけれど。
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