第19話 文化祭 11(1)

 日曜日。文化祭2日目の朝もよく晴れていた。今日は最寄り駅で奈都と待ち合わせて、二人で学校に向かう。

 奈都は朝から眠そうだった。演技を楽しみにしていると伝えると、「うん」と力のない返事をして、私の肩に頭を乗せて目を閉じた。大丈夫だろうか。

「体調悪いの?」

 心配しながら聞くと、奈都は小さく首を横に振ってあくびをした。

「眠いだけ。遅くまでアニメ見てたら、止まらなくて」

「アニメかよ!」

 てっきり文化祭や部活の関係で、帰りが遅くなったのだと思った。心配して損したが、肩に感じる奈都の重みが心地良かったので、寛大な心で許してあげた。

 今日も8時前に学校に着いて準備をする。仕入係は首尾よくドリンクもドーナツも買ってきてくれた。昨日、どうせ買い足すのなら、2日目は別の物も売ろうという意見も出たが、急遽生徒会に確認したら却下された。特に食べ物関係は、事前に申請したもの以外はダメらしい。

「新しいお客さんを開拓しよう。昨日来てくれた人は、きっと今日は来てくれない」

 色々なクラスや部活が食べ物を売っているのに、好き好んで市販品のドーナツを2日続けて食べに来てくれる人などいないだろう。私がそう訴えると、クラスメイトが明るく笑った。

「いやいや、野阪さんの浴衣姿を見に来る男子がいるって。絶対に」

「昨日、野阪さんと涼夏のシフトの時間、聞かれたよ。ガチで」

「ガチなヤツじゃん! 野阪さん、逃げて!」

 女子数人があははと声を上げる。私が真顔で「逃げる。後は任せた」と言うと、一瞬沈黙してから、もう一度大きな声で笑った。

「野阪さんがそういうこと言うとは思わなかった!」

「面白いね。野阪さん、冗談とか好きじゃないかと思った」

 私はぽりぽりと頭を掻いた。帰宅部では冗談ばかり言っているが、半年一緒にいるクラスメイトでさえ、私の印象は真面目で大人しい女の子らしい。あながち外れでもないが、文化祭に大はしゃぎしているFJKとしては複雑な心境だ。

 今日は開始と同時に、絢音と占いの館に行くことにした。せっかくなので昨日と同じ先輩にお願いすると、先輩は「毎日別の子といるねぇ」と笑ってから、はたと口元に手を当てた。

「あっ、言ったらまずかった?」

「全然大丈夫です。帰宅部仲間ですから。私もこの子との恋愛運を占ってください」

 絢音が椅子に座りながらそう言った。「モテモテだねぇ」と笑いながら、先輩が昨日と同じようにタロットカードをめくる。

 結果はカップの3、ワンドの9、女帝と、昨日よりいささか地味なカードだったが、昨日よりも良いカードばかりらしい。ワンドの9はやや消極的な印象もあるが、一歩引いたところで穏やかに愛情を注げば、満たされた恋愛ができるだろうとアドバイスをもらった。

 帰り際、先輩が「三角関係なの?」と聞いてくると、絢音が「グループ交際です」と笑った。午後からは奈都とも来てみようと思うので、先輩のシフトを確認してから教室を出た。

「一歩離れたところから、大らかに振る舞えかー」

 絢音が楽しそうに声を弾ませた。絢音は占いの類はあまり好きではないかと思ったら、まったくそんなことはないようだった。

「触りたくてしょうがない西畑さんとしては、占いの結果はどうだった?」

「がっつかないように触るよ。淑やかな手つきで」

 そう言いながら、私のお尻をするりと撫でる。思わず変な声を上げてスカートを押さえると、絢音は可笑しそうに折り曲げた指を唇に当てた。

「驚き方も可愛い」

「廊下でそういうことしない!」

「はーい」

 まるで女帝らしからぬ様子で、絢音が頭の後ろで両手を組んだ。上機嫌で何よりだが、人前でのボディータッチは少し控えていただけると有り難い。

 少し絢音と文化祭を見て回ってから、ステージ前で涼夏と合流する。絢音は女帝だったと告げると、涼夏は「似合う!」と笑ってから、占いの詳細を聞きたがった。

 先輩からもらった解釈とアドバイスを話してから、穏やかな愛を育む話をしていたら、やがてバトン部の演技の時間になった。一般開放が始まってから1時間。客の入りも上々だ。

「そういえば、私、ナツがバトン回してるとこ、見たことない気がする」

 絢音がワクワクする眼差しで、ステージ上の奈都を見つめた。部員自体は何十人といるが、今ステージにいるのは10人ほどで、全員が1年生らしい。白と青のコスチュームは可愛らしいが、やはり少々スカートが短い。私が口をへの字に曲げる横で、涼夏が「私もああいう可愛い衣装を着たい人生だった」とため息をついた。私も、男性の視線さえなければ、着てみたいと思わないでもない。

 2年生の現部長が挨拶をして、曲とともに1年生チームが演技を始める。最初のサムトスで何人かキャッチに失敗するのはさすがに1年生といったところか。ペアならではのぴったり揃ったコンタクト・マテリアルはとても綺麗だ。

 休み中も何度か奈都の個人練習に付き合って、技も色々教えてもらったが、団体の方が迫力があって面白い。もっともそれは、単にまだ奈都の演技が個人で魅せられるほどのものではないだけかもしれない。その後ステージに上がった2年生の演技は、素人目に見ても一段上手だったし、ソロで演技を披露した先輩の動きは、しなやかさと力強さがあった。映画の曲に合わせた演技は、明らかにテーマに沿った振り付けになっていて、強く惹き込まれる。

「カッコイイねぇ。私にはとても出来そうにない」

 隣で笑う涼夏に、私はコクリと頷いた。奈都も後1年でここまで踊れるようになれたら大したものだ。ユナ高のバトン部はコンテストには出ないらしいが、最近やる気も上がって来たと言っていたし、そういうものにも挑戦してみたらどうだろう。

 演技が終わると、涼夏が首を振って嘆息した。

「ナッちゃんはバトン部だな。帰宅部でくだを巻くべき人間じゃない」

「私たちとは住む次元が違うね」

 絢音が同意するように頷く。昨日このステージを、たった3人で20分間独占していた子が、一体何を言っているのだろう。涼夏も絢音も、私から見たら十分すごい。つまり、帰宅部にふさわしい人間は、ただ一人、私だけだ。

「私は部長として、この3人で立派な帰宅部にする」

 力強くそう宣言すると、二人が私を見つめて肩を震わせた。

「立派な帰宅部って、何……?」

「千紗都、面白い……」

 二人が堪え切れないように、大きな笑い声を立てる。

 私もこの二人に負けないように何か始めたい。そう思う傍らで、みんなが帰宅部と言われて想像するような、わかりやすくだらだらする責務も感じる。程良く生きていけたらと思う。

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