第19話 文化祭 11(2)
午後からは、涼夏と絢音が店番に入ったタイミングで奈都と合流した。もちろん、事前に奈都のシフトを確認した上で、私が勝手にそう組んだのだ。
挑戦していた謎解きはどうなったのか聞くと、後少しらしい。ずっと同じ友達とやっているわけではないそうなので、午前の演技の感想を伝えながら謎解きを手伝った。
途中で占いの館に寄ると、3回目となる先輩は奈都を見て意外そうに眉を上げた。
「今澤ちゃんじゃん」
「うわぁ、この展開は考えなかった」
奈都が顔を覆って首を横に振る。どうやらバトン部の先輩らしい。演技を見ていたはずなのに、まったく気付かなかった。
「占い師とバトン部の衣装のギャップがありすぎて、全然わかりませんでした」
「それなら、占い師としては成功だね。今澤ちゃんとも恋愛運なの?」
「はい。この子が正妻です」
私が気軽にそう告げると、奈都は顔を赤くして挙動不審に手をバタつかせた後、がっくりと椅子に腰掛けた。
「中学の同級生です」
「ふーん。昨日連れてきた子、とんでもなく可愛かったから、今澤ちゃん、頑張ってね」
先輩がからかうようにそう言って、奈都は疲れた顔で「はい」と返事した。
ちなみに占いの結果は悪くなかった。こうなると、タロットカードはそもそもいい結果しか出ないのではないかと聞いたら、先輩はそれを否定した上で、「順調なグループ交際ってことでしょ」と笑った。本当にそうなら嬉しい。
奈都と別れて、最後の1時間は店番をした。文化祭の終了をステージで見届けたかった思いもあるが、2日間で大好きな3人と回れて、もう十分満足だった。
昨日同様、集まれるメンバーだけ集まって、まずは会計報告を聞く。無事に徴収分は回収できたし、目標を大幅に達成できた。それ自体は嬉しかったが、もしかしたら目標が低すぎたのかもしれない。それは次回の反省にしたいが、できたらもう、来年は実行委員はやりたくない。
教室の片付けの指揮は男子に任せて、私は手分けして学校中の壁や掲示板に貼ったポスターやチラシを回収した。どこに何枚貼ったかはリスト化してあるが、それでも枚数が合わないから不思議なものだ。何人かで学校中を探し回って、どうにか回収に成功した。
結局、回収担当の子がリストを見落としていた上、適当にチェックした結果だったが、私が「こんなことなら、最初から3人でやればよかった」と肩を落とすと、涼夏が額に滲んだ汗を拭いながら笑った。
「やる気のある無能は迷惑って話?」
「いや、そんなこと言ってないから!」
「千紗都さん、厳しいねぇ」
涼夏がくすくすと笑う。人聞きの悪いことを言う子だ。ただ、究極的にはそうなのかもしれない。文化祭の準備中も、頑張ってくれるのは嬉しいが、自分でやった方が早いと感じるシーンはたくさんあった。もちろん、私も誰かにそう思われていた可能性もある。だから、やはりその理屈は正しくない。最も有能な一人以外、全員要らなくなってしまう。
気が付くと窓の外はすっかり暗くなっていた。ゴミも片付けて、余った食材も無事にすべて引き取り手が見つかった。むしろドーナツは取り合いになり、急遽黒板で巨大あみだくじ大会が開催された。そんなことをしていたから、遅くなったのだ。
教室には帰宅部の男女5人。開け放した窓の外からは、まだたくさんの声が聴こえる。
「とりあえず、成功かな」
江塚君がやれやれと首を振って、涼夏が大きく頷いた。
「まっ、売上も良かったし、大きなトラブルもなかったし」
「帰宅部の結束も強まったし」
江塚君がグッと拳を握ると、涼夏がひらっと手を振った。
「それはないな。残念だな」
「残念だよ」
男子両名が大きくため息をついた。実際、何度も一緒に帰ったし、1学期の頃よりは格段に喋るようになったとは思う。川波君は私と喋れるだけで満足なようだし、江塚君も涼夏を彼女にしたいとは思っていないだろう。
川波君が、そういえば絢音のバンドの演奏を見たと言って、いい機会だったのでみんなでその話をした。絢音がこの先どうするのかは、込み入った話になるかもしれないからまた今度聞くことにする。
和気藹々としたところで、江塚君が爽やかに笑った。
「みんな、文化祭の打ち上げとかするみたいだし、俺らも打ち上げやろうぜ」
切り出すには絶好のタイミングだった。これでダメだったら仕方ないというタイミングだったので、仕方ないと諦めてもらおう。
「それはないな。3人でラブラブやるから、二人も二人でラブラブやって」
涼夏が笑顔でバッサリ切り捨てると、川波君がブンブンと大きく手を振った。
「いや、ヨシとはそういう関係じゃないし」
「そっか。でも私たちはそういう関係だから、色々諦めてくれると有り難い」
涼夏がそう言いながら、椅子に座っている私を背中から抱き締めた。そのまま身を乗り出して、軽く頬にキスをする。
江塚君が開き直ったように、「美少女二人の絡みはいいねぇ」と笑いを浮かべ、絢音が可笑しそうに顔を綻ばせた。
二人に戸締りをお願いして学校を出ると、夜の風は秋の冷たさを帯びていた。後数日で衣替えだ。
「今度こそ、私の9月は全部終わった!」
涼夏が腕を突き上げて、勝利宣言のように言い放った。先週の誕生日会が、遥か昔のことのように思える。毎日が充実しているのはとてもいいことだ。ただ、幸せな時間が続くと、いつかそれが失われるのではないかという怖さに駆られる。そんなことを口にすると、涼夏が明るく笑った。
「幸せに慣れて」
「おっ、名言か?」
「私たちは、標準の状態が幸せであるべきなんだ」
涼夏がまるで自分に言い聞かせるようにそう言って、意味もなく空を見上げた。絢音がいつものように私たちの手を握って、うっとりと微笑む。
「涼夏、カッコイイ。惚れそう」
「でしょ? 毎日は楽しいものなんだって、せめて学生の内くらいはそう思いたいね」
相変わらず涼夏はポジティブだ。ただ、涼夏も家庭の不和で少なからず心に闇を抱えている一人である。口にしている言葉のすべてを、心の底からそう思っているわけではないだろう。私も絢音もそれを理解しているし、私たちが理解していることを涼夏もわかっている。
さっき、江塚君が打ち上げの話をしていた。明日は文化祭の代休で休みなので、友情を深めようと提案すると、涼夏があっけらかんと笑った。
「明日はバイトだ」
「私も、莉絵とさぎりんと打ち上げする約束してて……」
絢音が申し訳なさそうにキュッと目をつむった。二人とも元気だ。
「儚い友情だったな……」
私はため息をついて首を振った。涼夏はバイト先に遊びに来いと言い、絢音は良かったら一緒にと言ってくれたが、さすがに断った。ひと月も慣れないことを続けて、疲労困憊だ。明日は死ぬほど寝よう。
秋が始まる。まずは来月、体育祭。そして11月に入るとすぐに、涼夏の誕生日だ。
私たちの楽しい毎日は、これからも続いていく。
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