第19話 文化祭 10(2)
文化祭初日も残り1時間ちょっととなった。教室に戻ると何故かシフトの子が来ていない上、有り難いことになかなか繁盛していてヘルプを頼まれた。涼夏が「しょうがないなぁ」と言いながら、空いていたマイ浴衣に着替えたので、私も制服のまま裏方を手伝った。
文化祭初日が終わると、集まれる人だけ集まって今日の反省会をする。会計係が収支を報告すると、計画よりだいぶ多くて、みんながわぁと歓声を上げた。たくさん売れるのはいいことだ。一歩離れたところで頷いていたら、江塚君が冷静に言った。
「明日の食材は大丈夫?」
なるほど、用意した分を売り切ればいいというものではない。残らないに越したことはないが、余った食材は30人もいれば誰かしら欲しがるだろう。文化祭の最後まで店を継続できるのが第一だ。
計算してみたら、今日と同じ売れ行きだと明日の13時前には尽きることがわかった。それに、土曜日より日曜日の方がお客さんも多いだろう。急遽仕入係が食材を調達することになった。その分を差し引いたお金は先生に預かってもらう。
各自、自分たちのシフトの最中にあったトラブルの報告をしてもらうと、お客さんとのトラブルはほとんどないようだった。それよりも、予定の時間に来なかったり、そもそも休んだ仲間に対する不満が上がった。
こればかりはしょうがない。浴衣カフェに乗り気じゃない子もいたし、そもそも文化祭自体に消極的な子だっていた。実際に、今日学校に来なかった子もいる。私自身が中3の時、文化祭に行かなかったし、クラスの子にも迷惑をかけたから、彼らの気持ちはよくわかる。
大人の集まる会社ならともかく、30人以上の若い子が、全員同じ方向を向いて、同じ熱意で活動をするのは不可能だ。それなら、文化祭を楽しめる人間だけで楽しめばいい。そう思うが、そう言ったらモメるだろうか。
「どうしよう」
近くにいた川波君に、上目遣いで聞いてみた。実際には、お前がなんとかしろという圧力だが、川波君は無事に私の意図を汲み取って仲裁役を買って出てくれた。もっとも、愚痴を言っているメンバーに共感して、今ここにいない子に非難が集まる仲裁方法だったので少しモヤっとしたが、これ以上こじれるのは嫌だったので黙っていた。
難しい顔で立っていたら、涼夏がにんまりと笑って背中を叩いた。
「ドンマイ」
涼夏は、私が中3の時に文化祭に行かなかったことを知っている。当然、今私が考えていることもお見通しだろう。
「みんな、事情があるんだよ」
「その事情は、事前に解決できないからって、当日みんなに迷惑をかけていいものかい?」
涼夏が楽しそうにそう言って、私の目を覗き込んだ。確かに、本来であれば事前に相談して、解決しておくべきことである。シフトが決まった時にノーと言わなかった以上、正当な理由もなく当日来ないのはフェアではない。
ただそれは、強者の理論だ。そんな主張やコミュニケーションができる子なら、そもそもこういう事態になっていない。
「それはそうだね」
言っても平行線を辿るだけだ。適当に相槌を打って話を逸らせると、涼夏は不機嫌そうに眉根を寄せて、私の頬を両手で挟んだ。
「その、納得してないけど話を終わらせるのはやめてって言ったはずだけど」
「いや、別に私たちのことじゃないし、どうでもいいかなって」
「でも千紗都は、来なかった子に過去の自分を重ねてる」
「来なかった子が悪いよ。それでも、せめて私だけでも味方してあげたいっていう、ささやかな優しさ」
中3の文化祭の後、誰も私を責めなかった。わだかまりが生じるほど、誰とも親しくなかった。高校生になってもそういうことはあって、きっとそれはどこまで行ってもあるのだろう。
帰り道、絢音と3人で歩きながらそんな話をすると、涼夏は満足そうに頷いた。
「人がわかり合うのは難しい。せめて私たちは仲良くしよう。とにかく、思ったことは話そう。占いでもそう言われた!」
冗談めかしてそう言った涼夏に、絢音が同意するように大きく頷いた。
果たしてそれはどうなのだろう。どれだけ仲が良くても、我慢の一つくらいはある。それも全部言っていたら、どうしても埋められないところで喧嘩になりはしないか。そう聞くと、涼夏は「うーん」とわざとらしく唸った。
「私、千紗都に対して何も我慢してないや。もし千紗都が一方的に何か我慢してるなら、それはやっぱり話して欲しいって思うけど」
「いや、別に今何か我慢してるわけじゃないけど」
慌ててそう言うと、絢音がくすっと笑った。
「私も何も我慢してないかな。しいて言うと、千紗都のおっぱいを揉みしだきたくなるのを我慢してることはある」
うっとりと目を細めて、指をわきわきと動かした。私が思わず胸を抱え込むと、涼夏がいやらしい笑みを浮かべて私を見た。
「それはわかる。私ももっと1時間チャレンジがしたいけど、あんまり求めると千紗都に嫌われるんじゃないかって、すごく我慢してる」
「だよね。千紗都を部屋で飼いたい」
「千紗都って、何をしても怒らないから、逆にどこまでしていいのか怖くなるよね」
「わかる! 少しずつボディータッチを増やしてるのがバカバカしくなるくらい、何もしても怒らない」
涼夏と絢音がキャイキャイ言いながら、両手を握り合った。なんだろう、この恥ずかしい会話は。何をされても怒らないというのは語弊がある。二人が計画的にギリギリの追及をしてくれているから、少しずつ慣れていっているだけだ。
「もし4月にいきなり胸を触られてたら、怒ったっていうか、ドン引きしてたと思うけど」
呆れながらそう言うと、絢音が恍惚とした表情で私を見た。
「じゃあ、今ならいいんだ」
言うが早いか、私の胸に指をうずめる。柔らかな肉の上を、5本の指がリズミカルに踊って、私は思わず悲鳴を上げて自分の体を抱きしめた。
「そういうことじゃないから!」
「一回、千紗都に本気で怒られたい」
絢音がふふっと笑うと、涼夏がそんな絢音の手を取って、真顔で首を横に振った。
「その好奇心は危ない。私の人物評によると、千紗都は怒る前に冷める」
「それは嫌! 千紗都、お願いだからちゃんと喧嘩しようね?」
絢音が悲しそうに私にすがりついた。私は困惑した顔で首を傾けた。
「いや、私、二人が思うほど、優しくも冷たくもないと思うけど」
喧嘩もするし、いきなり冷めてフェードアウトすることもない。そう訴えたが、二人ともどこか不安そうに私を見るばかりだった。とても心外なので、今度いきなり胸を揉まれたら怒ると宣言すると、絢音は「早速揉もう」と嬉しそうに笑った。どうしても私に怒られたいらしい。
古沼に着くと、絢音がいつも通り私の体をふんわりと抱きしめた。いつもより長めにハグすると、絢音が熱っぽく息を吐いた。
「もうじき夏服が終わっちゃう。私と千紗都の間に、布なんて要らないのに」
「いや、要るから」
冷静に突っ込むと、絢音がいたずらっぽく笑って体を離した。涼夏にも同じことをして、バイバイと手を振る。
「今日、ステージの感想を話すつもりだったのに、変な話ばっかでごめんね」
私がそう言うと、絢音は明るく笑った。
「また明日聞くよ。ナツの感想も聞きたいし」
「そうだね。楽しんでたよ」
手を振って別れる。階段を下りていく絢音の背中を見つめていると、涼夏が私の手をギュッと握った。それから思い出したように小さく噴き出して、笑い声を立てて体を折り曲げた。
「私と千紗都の間に布は要らないは面白かった!」
「あの子は頭がおかしいんだよ」
私がやれやれと首を振ると、涼夏が両腕を私の背中に回して、耳元に唇を寄せた。そして、息だけで囁くように言った。
「今度、布なしで1時間チャレンジしよっか」
その甘い声と内容に、背筋がゾクッとなった。春にはもう思っていたが、この子も大概頭がおかしい。もっとも、奈都に言わせると、帰宅部は全員頭がおかしいらしい。だから私は、「いいよ」と涼夏の耳元で囁いた。
涼夏が「やった!」と子供のように声を弾ませる。この子は一体、私と何百線超えたいのだろう。今日は何気なく恋愛運を占ってもらったが、私たちの関係は友達よりももう、恋人に近いのかもしれない。
とりあえず、文化祭初日が終わった。明日も楽しい一日にしよう。
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