第19話 文化祭 9(1)

 ユナ高の文化祭は土日2日間に渡って行われ、両日とも10時から15時まで一般客を迎え入れる。隣の仁町などは女子高ということもあってチケット制らしいが、ユナ高では誰でも参加することができるし、むしろウェルカムで人を呼び込んでいる。活気こそ正義。生徒会室に行った時、先輩がそんなことを言っていた。

 朝の8時に一度先生も含めて全員集まり、注意事項も含めて点呼を取ることになっていたが、私は7時過ぎには学校に着いていた。江塚君と川波君は私より先に来ていて、少ししてから涼夏もやってきた。他にも何人か、搬入担当や家の近い子、楽しみにしている子、部活がある子たちがいて、段取りを確認したり、文化祭がいかに楽しみかという雑談を交わした。

 私は今日はほとんど涼夏と一緒にいる予定になっている。午前中はカフェの宣伝をぶら提げながら外をウロウロして、カフェが一番忙しくなりそうな昼の時間帯に浴衣で店番をする。私は接客には向いていないと強く訴えたが、可愛さこそ正義という謎の理屈で押し切られた。

 絢音のステージは14時からなので、奈都と合流して3人で見に行くことにしている。ちなみに今日は奈都は午前中は模擬店にいて、バトン部の演技は明日の午前になっている。それは絢音と涼夏と3人で行けるよう、シフトを組んである。

 私がドーナツを準備していると、すぐそこで涼夏が川波君と不穏な会話をしていた。

「そういえば、昨日の千紗都のレンタル代をもらってないや。3千円ね」

「何それ!」

「前夜祭、一緒に見たんでしょ? 川波君は友達だけど、お金のことはきっちりしなくちゃね」

「美人局かよ!」

「難しい言葉を知ってるね。そういうのは、ちゃんと事務所を通してもらわないと困るんだよね」

 涼夏がお金を要求するように、手の平を上にして指を動かす。口調も表情も笑っているので冗談だろうが、若干牽制の意図もあるのかもしれない。私にも分け前があるかと期待して見ていたが、残念ながらお金の受け渡しは行われなかった。

 8時からの点呼が終わると、私は段ボールとビニール紐で作ったカフェの呼び込みボードを首から提げた。前にも後ろにも宣伝が書いてある優れ物だ。よく文化祭や学園祭の写真で見るので、秘かに楽しみにしていたのだが、喜んでいる私を見て絢音が残念そうにため息をついた。

「千紗都の可視部分が減った。可愛くない」

「午前中はこれをつけて練り歩くから」

「胸部を隠すなんて、戦闘力の半分を放棄したようなものだよ」

 今日も絢音は頭がおかしい。昼からステージがあるが、全然緊張していないようで何よりである。

 涼夏は教室に作った簡易更衣室でマイ浴衣に着替えると、袖を広げて微笑んだ。超絶に可愛い。足元は歩きやすいようにスニーカーを履いている。

「涼夏と野阪さんが宣伝してくれたらもう、繁盛間違いなしだね」

「でも、呼び込みの女の子は可愛かったのに、店に入ったら微妙とか思われたら」

「それだ! 二人とも、自分たちのシフトを言いながら宣伝してね」

 クラスの女子が好き勝手言うのを、涼夏が軽やかにいなす。このひと月でたくさんクラスメイトと話したが、まだこういう振りには上手く返せない。とりあえず曖昧に笑っておいた。

 一般開放は10時からだが、文化祭は9時から始まる。その前から校舎にも校庭にも声が溢れて賑やかだったが、お金のやりとりは9時から16時と決められている。

 涼夏と二人でグラウンドに出ると、日差しの眩しさに思わず目を細めた。天気には恵まれて、両日とも快晴の予報。暑くなるそうだから、みんな疲れてカフェに来てくれたらと思う。

「とりあえず敵情視察だ」

 涼夏が嬉しそうにそう言って、模擬店のテントを眺めながら歩き始めた。バトン部のテントにも寄ってみたが、奈都はいなかった。クラスの方を手伝っているのかもしれない。

 ちなみに奈都のクラスは、射的と輪投げをやるらしい。せっかくなので奈都のいる時間に行って挑戦したいと思う。

 9時になったのか、スピーカーから音楽が流れて、文化祭の開催のアナウンスとともに拍手が起きた。ステージの方から早速声が聴こえてきて、模擬店もにわかに活気づく。

 一般開放が始まる前にと言って、涼夏が校舎に戻って2年生がやっている占いの館にやってきた。涼夏との付き合いももう半年になるが、涼夏の口から占いの類の話題を聞いたことがない。好きなのだろうか。

 1回300円。中に案内されると、各ブース、暗幕で仕切られていて、少しアロマの香りがした。ヒーリングミュージックが流れ、机2つ分のテーブルには暗い色の布が敷かれて、ほの暗い照明が灯っている。真っ黒な服を着た女子の先輩に促されるまま椅子に座ると、涼夏が明るい笑顔を浮かべて言った。

「この子との相性を占ってください」

「友情的な?」

「愛情的な」

「なるほど」

 何がなるほどなのかわからないが、占い師の先輩は深く頷いてタロットカードをテーブルに広げた。黙って見つめていると、先輩はぽそりと「名前は?」と尋ねた。

「私は涼夏です。この子は千紗都」

「涼夏さんと千紗都さん。1年生ね。今日はカフェをやってる」

「わかりますか」

「書いてあるからね」

 先輩がからかうようにそう言ってから、カードをまとめて3つの山を作った。そして、ゆっくりとそれぞれの山から1枚ずつ表向きに並べる。カードには文字が書かれていたので、目で読むと、1枚目はTHE LOVERS、2枚目はQUEEN of WANDS、そして3枚目はTHE MOONだった。先輩は「大アルカナ2枚にワンドクイーンか」と呟いてから、静かに呼吸してじっとカードを見つめた。

 カードのことはまるでわからないが、なんとなくとても明るい結果に思える。恋人のカードなど、いかにも良さそうだ。チラリと隣を窺うと、涼夏も先輩と同じようにじっとカードを見つめていた。占いというものを初めてやるが、なかなか雰囲気がある。

「カードから、何を感じますか?」

 不意に先輩がそう言って顔を上げた。涼夏がカードを見つめたまま答えた。

「この月のカードのザリガニがなんか怖いのと、このこっちを見てる黒猫が不吉な感じ。恋人のカードのおっぱいがエッチ」

 言われてみると、確かに黒猫がこっちを見ている。存在すら気付かなかった。私も聞かれたので、それぞれのカードの印象を話した。

「全体的に黄色くて明るい感じがするのと、この向日葵がいいと思います。月のカードも、よく見ると確かに不吉な感じはしますけど、第一印象は静かな感じでした」

「同じカードなのに、随分印象が違うねぇ」

 涼夏がふふんと笑う。先輩はもう一度カードに視線を戻して、指で軽くカードに触れた。

「今持った印象は大事にしてもらいながら、カードの持つ意味と私の解釈を話すと、二人の相性はいいと考えます。恋人もワンドクイーンも恋愛的にポジティブなカードです。ただ、月は不安や迷い、不信や裏切りの意味があります。スプレッドはシンプルに時系列にしています。ですから、これまでの安定から、少し迷いが生じていくことを示唆しています」

 先輩の言葉に涼夏が大きく頷く。カードの意味自体はあまりいい兆候ではないが、先輩は私の解釈やインスピレーションは、不安を感じるに値しないと言った。逆に涼夏は、何かしらの不安を今抱いている状態だが、相手、つまり私の心の動きを考えると、素直にそれを話すことが問題の解決に繋がるとアドバイスした。

 その他にもいくつか解釈を聞かせてもらって、お礼を言って廊下に出た。一気に賑やかで明るい文化祭に引き戻されたが、心には不思議な静けさと高揚感がある。

「占いって初めてしたけど、結構面白かったね」

 そう言って笑いかけると、涼夏は私を見て、「うん」と大人しく頷いた。何やらぼんやりした顔をしている。まだスピリチュアルな世界から戻らないのか、占いの結果に何か思うところがあるのか。

「涼夏、私との恋愛に何か不安があるの?」

 面白おかしくそう聞いてみた。そもそも、私たちはいつから恋愛しているのかわからないが、とりあえず今はそういう設定にしておこう。前提を否定したら占い自体に意味がなくなってしまう。

 涼夏は私の顔を見て何やら得意気に笑うと、ギュッと手を握った。

「まあ、男子と二人で前夜祭とか行くし、危なっかしい子だとは思うよ」

「だからそれは、一人よりはましかなって程度の話で」

「私なら男子と行くくらいなら、一人で見に行く」

「もう、わかったから。ごめんって」

 私が謝ると、涼夏は曖昧に微笑んだ。何かしら不安を抱いているのが真実だとしたら、私の昨日みたいな言動が涼夏を不安にさせているのか。それとも、それは冗談で言っているだけでまったく気にしておらず、もっと別のことで不安を抱いているのか。

「千紗都の方は、特に私との恋愛に不安を抱いてないみたいで安心した。占いによると」

 涼夏がそう言って、満足そうに頷く。私は慌てて首を振った。

「いや、このままでいいのかなとか、私も色々考えてるよ。二人と違って、私って何もないし」

「それは恋愛の悩みとは違う」

「何もないから、愛想を尽かされないかなとか」

「私は千紗都が何もないとは思ってないし、もしそうだとしても、今大丈夫なんだから何も問題ない」

 涼夏はきっぱりとそう言って笑った。そう言ってもらえるのは嬉しいが、その言葉に甘えていいのだろうか。私自身が変わりたい気持ちもある。逆に二人は、私が変わることを望んでいないかもしれない。

 またそういうことも相談していこう。占いの先輩が言っていた通り、私たちは素直に話すのが一番だ。ひとまず今は文化祭だ。悩んでいる暇はない。

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