第19話 文化祭 9(2)

 それからいくつか展示を見て、一度自分たちの教室を覗くと、客が3組ほど入っていて胸を撫で下ろした。まったく誰もいなかったらどうしようと、少し心配していた。丁度店番をしていた絢音に手を振ってから、奈都のクラスに行く。こちらも丁度奈都がいたので、挨拶をしがてらゲームを楽しんだ。

 また後でと言って別れてから、自分たちの教室に戻る。そろそろ店番をしなくてはいけない。絢音に聞いたら、客の入りは上々とのこと。入れ替わりで浴衣を着ると、絢音の温もりが残っていた。

「占い、面白かったよ。明日、絢音も千紗都と行ってくるといいよ」

 涼夏が笑いながら、私にエプロンを渡した。涼夏は自分の浴衣なのでそのままだが、人のを借りる時は汚さないようにエプロンをつけることになっている。

「何を占ってもらったの?」

 絢音がワクワクした顔で聞くと、涼夏がにんまりと笑って答えた。

「恋愛。まあまあ良かったよ。恋人たちっていう、いかにもいいカードとか出たし」

「面白そうだね。私も明日行ってみようかな」

 そう言いながら、制服に着替えた絢音がギターを背負う。次に会うのはステージでと、軽くハイタッチして背中を見送ると、すぐにフロアに入った。

 接客は得意ではないが、夏にカラオケでバイトしたおかげで、多少は初対面や丁寧な口調のやり取りにも慣れた。もっとも、涼夏と比べるとやはりぎこちない。

 丁度お昼時でお客さんもたくさん入り、慌ただしくドーナツを運んでいたら、あっという間に1時間が過ぎた。シフトは1時間ずつ5人体制で回している。自分で作っておいて何だが、全員が両日やるよりも、2時間ずつ、どちらかの日にした方が良かったかもしれない。同じシフトの子に意見を聞くと、「2時間もやったら死ぬ」とげんなりした顔で言われた。

 後から涼夏にも聞くと、「私は慣れてるから」と笑って、2時間制をプッシュした。確かに、バイト経験の有無によって差が出そうだ。

 涼夏が先程更衣室で撮った浴衣のツーショット写真を壁紙にして、自慢するように私に見せてきた。今日は私もメイクしてきているので、釣り合いは取れている。そうは思いつつ、敢えて「顔面処刑だ」と肩を落とすと、涼夏が「どっちが?」と首を傾げた。

「私に決まってるでしょ?」

 冷静に突っ込むと、涼夏はじっとスマホに視線を落としてから、困ったように顔を上げた。

「目が悪いの?」

「いやいや!」

 大袈裟な動きで手を振ると、涼夏はくすっと笑って私の手を取った。

 教室を出てグラウンドに向かう。私は、絢音の言うところの胸の戦闘力も回復したし、涼夏も制服に着替えた。涼夏の浴衣は、今頃クラスの子が着ているだろう。

「千紗都が制服でメイクしてるの珍しいから、今日はたくさん写真を撮っておこう」

 そう言って、涼夏が校舎の入口のアーチの前で記念写真を撮った。浴衣のとどっちがいいか聞かれたので、浴衣をプッシュした。私はともかく、制服姿の涼夏はレア度が低い。

 バトン部の屋台で奈都と合流して、せっかくなのでポテトを買った。文化祭はどうかと聞くと、いくつか回ったところを教えてくれた。涼夏が一番初めに投げやり気味に提案していた謎解きを実際にやっているクラスが2つほどあって、友達と挑戦しているらしい。2日かけてのんびりやると言って、用紙を見せてくれた。厚手の紙に雰囲気のあるイラストが描かれていて、なかなか凝っている。

「そっちは?」

 奈都が爽やかに微笑む。涼夏が特段隠すこともなく占いの館で恋愛運を見てもらったと言って、奈都にも勧めた。あまり顔に出していないが、よほど楽しかったらしい。私も楽しかったから、タロットでも始めてみようかと呟くと、涼夏は「似合うよ」と微笑んだ。奈都は曖昧に笑って、心配そうに私を見た。

「占いはハマると依存しちゃって、自分で決められなくなるって聞くから、たまにやるくらいの方がいいよ」

「それはそうかも知れんね」

 涼夏がなるほどと頷く。確かに、迷うたびにタロットカードに頼っていたら、判断力を失いそうだ。趣味としては面白そうだったが、少し考えよう。

 タロットの話をしながらステージに移動する。もうじき10月だというのに、今日は灼熱の炎天下だ。ステージ上では、絢音たちのひと組前のバンドが演奏している。ドラムを共用で使うため、今日は終了時間までずっとバンドタイムだ。

 絢音の出番まで残り10分。シフトを終えて着替えて、写真を撮りながら校舎を出て、奈都と合流してポテトを食べて、少しお喋りしたらもうこんな時間だ。

「文化祭、慌ただしいなぁ」

 小さく息を吐くと、「充実してる証拠だねぇ」と涼夏が陽気に笑った。1分1秒が鉛のように重たく感じた中2の文化祭とは大違いだ。中2の時も中3の時も、奈都は私の相手をしてくれなかった。恨みがましい目で見ると、奈都が慌てた様子で手を振った。

「な、何? なんで急に睨まれた?」

「奈都は私への愛情が足りない」

「待って! 今、どういう経路を辿ってそうなったの!?」

 奈都が悲鳴を上げる。それを見て、涼夏が可笑しそうにお腹を押さえた。

「千紗都の謎思考は、ナッちゃんに対してもなんだね」

 バンドの演奏が終わって、パラパラと拍手が起こる。絢音たち目当ての観客は多くないが、絢音はきっと、私たち3人がいれば満足だろう。

 絢音の演奏を初めて聴く奈都が、ハラハラした様子でステージを見つめている。奈都が少しでも楽しんでくれたら嬉しい。そう願いながら、私も期待の眼差しで顔を上げた。

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