第19話 文化祭 8(1)
文化祭まで一週間を切ると、いよいよ校内の空気も文化祭一色になってきた。ここに来てクラスの団結力も増し、私が率先してすることもなくなってきた。結局サイドメニューはドーナツを売ることにしたが、こちらはもう買ってあるし、賞味期限の短いドリンク類の手配も済んでいる。浴衣もすでに持ってきてもらい、サイズがないものは女子用に2着だけ安い浴衣を購入した。装飾の類も物は買ってあり、後は前日に飾り付けをするだけだ。
そんなわけで、男子二人の許可も得た上で、一度絢音の練習を覗きに行くことにした。ドラムがないので、いつも古沼にあるスタジオを借りるか、ドラムなしでカラオケで練習しているらしい。豊山さんとは面識があるが、牧島さんは初めてだったので、引き合わされてすぐに挨拶を交わす。
「絢音の友達の野阪千紗都です。よろしく」
余所行きの笑顔でペコリと会釈する。自分で友達だと言うのはいささか気が引けるが、絢音ならさすがに大丈夫だろう。牧島さんは私より拳2つほど高い位置から、元気な声で名前を言った。
「牧島さぎりです。野阪さん、噂はかねがね……」
「絢音が何か言ったの?」
「ううん。3組にすっごい可愛い子がいるって、春の時から話題になってた」
そう言って、牧島さんがうっとりと目を細める。絢音がくすっと笑う横で、豊山さんが「さぎりもそっちか?」と肘でつついた。そっちとはどっちだろう。
「猪谷涼夏の間違いでは?」
「涼夏も可愛いね。うちの男子が二人くらい告白して轟沈したって」
一体あの子は、高校に入ってから何人振ったのだろう。うちのクラスだけでも3人に告白されたと話していた。
それにしても、牧島さんは涼夏とは呼び捨てで呼べる仲らしい。羨ましいとは思わないが、涼夏の交友関係の広さにただただ驚く。
「私は、もしかしたら女子ウケする顔なのかもしれない」
上ノ水までの道を歩きながら、そんなことを言ってみる。高校に入ってから告白されたことがないというのは、聞く人によっては嫌味になるかもしれないのでやめておいた。私の言葉に絢音がいつもの顔で笑った。
「私は世界で一番好きだし、涼夏も同じことを言ってるね」
「野阪さんは近寄りがたさを感じる。あっ、とっつきにくいって意味じゃなくて!」
豊山さんがそう言って、慌てて手を振った。近寄りがたいのはそう感じてくれて構わない。中学時代のトラウマもあって、私自身が意図的に他人と距離を置いている。
「うちのクラスだと男子にも人気があるけどね。野阪さんに近付く目的で奈都に話しかけた男子が、バトン部から総スカン食らってた」
「そっか。牧島さん、奈都と同じクラスだね」
「そう。1学期の時、席が近かったからすぐに仲良くなったよ」
「私と絢音と同じだ」
言われてみると、奈都の口から牧島さんの名前が出るのを何度か聞いたことがある。ただ、私から話題を振らないこともあって、奈都はあまり私の知らない友達の話をしない。私に友達が少ないから、気を遣ってくれているのだろう。
「千紗都は莉絵の他にできた、私のユナ高で最初の友達だし、千紗都も私が、ナツ以外にできた最初の友達なんじゃないかな」
絢音がにこにこしながらそう付け加えた。ずっと隣にいるが、さすがに今日は手は繋いでいない。絢音とも涼夏ともいつも手を繋いで歩いているので、なんだかとても落ち着かない。
豊山さんと牧島さんは、LemonPoundのステージをきっかけに友達になったと聞いた。その時の話を聞きながら駅まで歩いて、イエローラインで古沼に移動する。スタジオは部屋料金だったので、私も払おうとしたら断られた。元より長居するつもりはなかったので、少ししたら帰ると言うと、絢音が「退屈じゃなかったらいつまででもいいよ」と微笑んだ。絢音は友達だからそうかもしれないが、後の二人がどうかはわからない。
ドラムとキーボードはレンタルで、絢音はずっと背負っていたギターを下ろしてアンプに繋いだ。
「本番はリハーサルとかないわけだし、本番のつもりでいきなり演奏しよう」
絢音が軽いタッチでそう言うと、後の二人が神妙な顔で頷いた。自然と絢音がリーダーになっている。随分前に絢音が、私のことを自然と他人に合わせられると言っていたが、絢音こそこうして強いリーダーシップを発揮できる。あの時はまだ、絢音がバンドをしていたことなど知らなかった。
軽快なギターとキーボードのメロディーで始まった曲を私は知らなかったが、明るくて爽やかなサウンドだった。歌は可愛らしくて、絢音が聴いたこともない媚びた声で歌う。色んな声の出せる子だ。
終わった後、何の曲か聞いたら、一昔前に流行った軽音部を舞台にしたアニメの劇中曲だという。私はそっち方面に疎いので素直に感心していると、牧島さんが意外そうに眉を上げた。
「野阪さん、奈都の友達だから、アニメとか好きなのかと思った」
そう言う牧島さんは割とオタク寄りらしく、それもあって奈都と意気投合したらしい。私は単に中学の時に部活が同じだっただけで、趣味が被っているわけではない。そんなことを話すと、牧島さんは「そうなんだね」と綺麗な相槌を打った。
「今日はこのままリハのつもりで、全曲通そうか」
絢音が笑いながらそう言って、メンバー二人が悲鳴を上げた。なかなか厳しいリーダーのようだ。私は部屋の壁にもたれて3人の演奏に耳を傾けた。曲が終わるごとに意見を求められるが、専門的なことは何もわからない。ただ、絢音のギターも豊山さんのドラムも、サマセミで見た時同様、上手だし、牧島さんのキーボードもどうやって指が動いているのか不思議なほど軽やかだ。
4曲通して聴いてから、私は練習の邪魔になるといけないので帰ることにした。絢音も引き止めずに「また明日」と手を振った。スタジオを出て顔を上げると、まだ空が青かった。日の入りまで1時間以上ある。学校に戻る手もあるが、最近ずっと忙しかったので、家に帰ってのんびりすることにした。
電車に乗って、先程の絢音の演奏を思い出す。涼夏の料理もそうだが、みんな何かしら特技と呼べるものを持っている。私も好きなことくらいあるが、他人に披露できるようなものはない。別にそれでもいいと思っているが、誇れるものも自分らしさもないと、絢音や涼夏と対等でいられなくなるのではないかと不安になる。友達とはそういうものではないと二人は言うだろうが、実際のところ意識や容姿、学力や経済状況に大きな開きがあると、友情を継続するのは難しい。
高校生の内はいい。大学に入った時、もし離れ離れになっても友達でいられるだろうか。それよりも、来年クラス替えで別のクラスになってしまったら、それでも二人は私と一緒に帰ってくれるだろうか。豊山さんも牧島さんも帰宅部である。もし絢音がバンドを続けて、二人と同じクラスになったら、もう私と一緒に帰ることもなくなってしまうのではないか。
電車の窓に映る自分が、憂鬱そうにため息をつく。クラス替え、進学、就職。少しずつそういうことも考えていかなくてはいけない。二人には気が早いと笑われるかもしれない。ただ私には、環境以外に二人を繋ぎ止められる自信が何もないのだ。
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