第19話 文化祭 7
たこ焼きパーティーは実に楽しく、そしてたこ焼きはとても美味しかった。ただ、若干量が物足りなくて、分量を間違えたのかと聞いたら、涼夏はそんなバカなと笑った。
「元々全部で50個くらいの予定だった。ここでお腹いっぱい食べたら、夜が食べれないでしょ?」
「あー、豪勢な食事?」
「ステーキ焼くだけだよ」
そういえば、前にホームパーティーでステーキを食べさせてくれたら、涼夏と結婚するみたいなことを言った気がする。私は一体、何回涼夏と結婚しているのだろう。
「涼夏のステーキか」
ぽそりと呟くと、涼夏が怯えたように自分の体を抱きしめた。
「私じゃない! 牛肉!」
「そういう意味じゃないから!」
「今日の千紗都は、油断すると私を食べようとする」
「してない。でも、涼夏が美味しそうなのは否定しない」
なんとなく涼夏の腕を取って、肘の内側の柔らかい部分を噛んだ。少し強めに犬歯を突き立てると、涼夏が痛がりながら私の頭を押し退けた。見るとくっきりと歯型がついていて、涼夏が涙目で腕をさすった。
「これ、絶対に月曜日まで跡が残るヤツだ」
「自分で噛んだって言っておいて」
「自傷癖か?」
しくしくと涼夏が嘘泣きを始めて、絢音がよしよしと頭を撫でた。そしておもむろに涼夏の腕を取って、私の噛んだ場所を舐める。涼夏が何事もないように「ありがとう」と礼を言って、奈都がそんな二人を見ながら静かに首を振った。
「みんな頭がおかしい」
果たしてそうだろうか。この光景を見ても何の違和感も覚えないが、そう言ったらさらに頭がおかしい認定をされそうなのでやめておいた。
涼夏が少し片付けをすると言って、私たち3人は先に涼夏の部屋に戻った。手伝うと言ったが丁重に断られたので、お喋りしながら涼夏の部屋を物色していると、その内涼夏が戻ってきて腰に手を当てた。
「何をしている?」
「涼夏の秘密を探ってた」
「何かあった?」
「引き出しに綺麗に洗ったチキンの骨がたくさん入ってたけど、何かの呪術に使うの?」
いきなり奈都がそう言って、ピタッと時が止まった。私は息を止めて涼夏を見て、絢音は同じような顔で奈都を見た。涼夏が目を丸くして立ち尽くし、奈都が困ったように手を振った。
「いや、冗談だけど」
一瞬の静寂の後、絢音が見たこともないほど大笑いしながら私に抱き付いて、バシバシ背中を叩いた。
「もうダメ! 今のは面白い!」
「絢音、痛いから!」
私もさすがにちょっと笑いながら、絢音を抱きしめる。涼夏が長い息を吐いて椅子に腰掛けた。
「私の知らない間に骨が入ってたら、自分で集めてるより怖いから」
「帰宅部的ジョークだと思ったんだけど」
奈都が困ったように眉尻を下げる。私は絢音の背中を撫でながら大きく頷いた。
「帰宅部的ジョークだったよ。ただ、奈都がそんなこと言うとは思わなかったからびっくりした。しかも、呪術……」
思い出したら笑いが込み上げてきて、絢音と二人でしばらく笑い転げた。お腹が痛くなるまで笑うと、涙を拭ってテーブルを囲んだ。
「ゲームをしよう」
涼夏がそう言いながら、緑色の小さなケースをテーブルに置いた。ナンジャモンジャというゲームで、カードに描かれた変な生き物に名前を付けるゲームらしい。涼夏がカードを切りながらルールの説明を始めた。
「山札から1枚めくって、初めて見るヤツだったら、名前を付ける。前に誰かが名前を付けたヤツだったら、その名前を言う。早く言った人がそれまでのカードをもらえる。お手付きしたら、取ったカードを1枚戻す。ルールはそれだけ」
なるほど、ルールはとても簡単だ。やったことがあるのか聞いたら、今日のために買って、初めてやるという。持ち主のアドバンテージはなさそうだ。
とりあえず持ち主の涼夏が1枚めくる。最初は当然名前がついていないので、ピンクの丸い生き物は「ピータ君」と名付けられた。
「ピンクだからピータ君」
私がぶつぶつ呟いて覚えていると、絢音が2枚目のカードをめくった。そして、青色の四角い生き物を「大納言」と名付けて、涼夏が驚いたように身を乗り出した。
「これのどこが大納言?」
「慈愛に満ちた眼差しが」
「そもそも大納言ってなんだっけ?」
奈都が私を見て聞いてきたが、上手く説明できなかったのでスルーした。
ドキドキしながらカードをめくると、また新キャラだった。それに「アフロみどり」と名付けて、奈都が4枚目をめくる。見覚えのあるピンクの生き物が場に置かれた瞬間、涼夏が「ピータ君!」と叫んで、それまでの4枚のカードを持って行った。
私が思わず「早っ!」と口走ると、涼夏は「名付け親だからね」と得意気に笑った。確かに、自分で命名したキャラなら取れるかもと思ったが、それから2周ほどして出てきた「アフロみどり」を、奈都にあっさりとかっさらわれた。名付け親でも全然カードが取れない。
「もう私は全神経を、奈都の『あしながおじさん』に集中させる」
じっとカードの山を見つめながらそう言うと、名付け親は「どいつだっけ?」と軽やかに笑った。確かに、脚が長い生き物は3種類くらいいたが、どれだっただろう。見たら思い出すに違いない。
ゲームを進めると、後半になって初めての生き物が出て来たり、同じような丸い生き物に翻弄されたりして、大いに盛り上がって終了した。1回目は絢音が25枚取って1位になり、涼夏がカードをまとめてシャッフルする。
「じゃあ、2回目ね」
にんまりと笑う涼夏の顔を見て、私はこのゲームの醍醐味を理解した。2回目はまたすべての生き物がまったく別の名前になるのだ。この世界にはもう、「アフロみどり」も「ピータ君」も「大納言」もいない。
2回目は絢音がいきなり、先程とは別の生き物を「あしながおじさん」と名付け、涼夏ももう「ピータ君」みたいな可愛い名前ではなく、「春の踊り子」や「さすらう豆腐」など、まったく意味のわからない名前を付け始めた。
3回目になると、とうとう4人とも思い出せない事態になったり、1回目で付けた名前を叫んだり、場は混沌となった。一体どこで見つけたのか知らないが、これは面白い。
結局6回ほど続けてやって、どうにか最後の最後で初勝利を収めた。
「やっと勝てた」
ぐったりとテーブルに突っ伏すと、3回勝った絢音が髪を撫でて慰めてくれた。予想はしていたが、やはり記憶系のゲームは絢音が強かった。
次のゲームをしようと言って、涼夏が今度は抽象的なイラストが描かれた大きなカードの束をテーブルに置いた。ディクシットという有名なゲームらしいが、私はもちろん、奈都も絢音も知らなかった。
「まあ、私も初めて知ったけどね。今日のために、色んなパーティーゲームを調べた」
これもルールは簡単で、一人6枚カードを配り、親はその中から1枚、自分のカードにタイトルをつける。それぞれがそのタイトルにふさわしいと思うカードを裏向きに出して、親が自分の選んだカードと一緒にシャッフルして表にする。その4枚の中から、どれが親の選んだカードかを当てるゲームだ。
ただ、簡単なタイトルをつけて、全員に当てられたら得点が入らない。逆に、誰にも当てられなくてもやはり得点がもらえない。適度に当てられるタイトルをつけなくてはいけないというわけだ。
「とりあえずやってみよう」
涼夏がカードを配った後、『寂しい夜』と言ってカードを1枚裏向きに置いた。私は配られたカードから、一番『寂しい夜』っぽいカードを裏向きに出す。涼夏が4枚のカードをよく切って表向きに並べると、場になんとなく『寂しい夜』のような暗いカードが並んだ。
「この月のヤツは、いかにもそれっぽいから違うと思うな」
「このロウソクのだったら、私は涼夏のネーミングセンスに惚れる」
「この女の子のとか、寂しそう」
「千紗都っぽいね」
皆が思い思いに喋るのを、涼夏がにこにこしながら見つめる。私たちも、自分が出したカードは違うとわかっているから、それぞれ3枚から涼夏の選んだカードを推測する。
結局、ロウソクに2票、女の子に1票入り、涼夏が残念そうに首を振った。涼夏の選んだのは月のカードだった。
このゲームもまた、ナンジャモンジャに負けず劣らず面白かった。絢音が「旅の思い出」と名付けたら、どれも旅っぽくなかったり、奈都が「大地の怒り」と名付けたら、錨のカードが出されて爆笑したり、大いに盛り上がった。
ゲームを2つやっただけで早くも夕方になり、涼夏が「そろそろ肉を焼くか」と言って立ち上がった。ここでもやはり、手伝いの申し出は断られたので、リビングでナンジャモンジャをもう1戦やって肉を待つ。
ディナーはサラダとステーキ、付け合わせにジャガイモとニンジン、そして白いご飯にコーンポタージュ。ステーキだけだと言っていたが、十分豪勢だ。
「チサが涼夏と結婚したいの、わかるな」
奈都が並べられた料理の写真を撮りながら、しみじみとそう言った。涼夏が「正妻はナッちゃんだから」と笑うと、奈都は慌てて手を振った。
「いや、別に嫉妬の類じゃなくて。私も涼夏と結婚したくなっただけ」
「待って。奈都には私がいるでしょ?」
私が慌てて奈都の腕を掴むと、奈都は「昔の女だ」と切ない瞳で俯いた。
「おかしいから! 子宮にジンと来る台詞だったでしょ?」
「私の子宮には響かなかった」
「おかしいって。検診が必要なんじゃない?」
身を乗り出して奈都の下腹部を撫でると、奈都が変な声を上げて顔を赤くした。可愛らしい反応だ。
ステーキは抜群に美味しかった。涼夏は高い肉だからと謙遜したが、焼き方にもコツがあるに違いない。私なら焦がす自信がある。スープも絶賛したら、それは市販品を温めただけだと白い目で見られた。さすがに知っていた。
「包丁なんて、もう何年も持ってない」
奈都が肉を頬張りながらそう言うと、絢音が静かに頷いた。
「私も。涼夏みたいに、包丁と一緒に寝たら料理が上手になるかな?」
絢音が可愛らしい笑顔を向けたが、涼夏は冷静に手を振った。
「寝てないから。危ないから。野菜を切るところから始めて」
「私も涼夏と結婚するから、料理は任せたい」
「ダメだこいつ。千紗都は私が風邪で倒れたら、何か作ってね?」
涼夏が泣き付くので、とりあえず頷いておいた。夏休みに何度か涼夏の料理教室に通った結果、私は料理に向いていないという結論に至ったが、確かに涼夏一人に押し付けるわけにはいかないので、継続して練習したいと思う。
それにしても、涼夏は自然とみんなで一緒に暮らすイメージがあるらしい。否定されるのが怖くて言葉にしたことはないが、私もずっとその夢を持っている。涼夏とは具体的な話をしてもいいかもしれない。
食事の終わりがけに噂の妹が帰ってきた。案の定、涼夏に似た可愛い子だったが、向こうも「お姉ちゃんの友達は美人ばっかりだな」とよく出来たことを言った。口調も似ていて思わず笑うと、涼夏が恥ずかしそうに妹を追いやった。
食事を終えて部屋に戻ると、さすがにそろそろお暇する時間だった。涼夏がベッドにごろんと寝転がって、満足した顔で言った。
「今日は楽しかった。これで私の9月は全部終わった」
「いや、まだ文化祭があるから」
冷静に突っ込むと、涼夏が静かに首を振った。
「そのイベントは、まあいいや」
「良くないし!」
思わず声を上げると、絢音がくすっと笑った。文化祭の準備は極めて順調だが、当日自分たちがどう楽しむかはまったく決めていない。涼夏と絢音とはもちろん、奈都とも一緒に回れたらと思うが、4人で行動するのは多すぎる。それぞれシフトもあるし、また考えようと言うと、涼夏が面倒くさそうに「任せたー」と投げてきた。私は小さく息を吐いて涼夏の寝転がる隣に腰を下ろした。
「手伝ってよ? 私は涼夏がいないと何も出来ない」
なんとなくお腹を撫でると、滑らかな膨らみにドキドキした。子宮にジンと来る台詞を言ったつもりだったが、涼夏は「嘘つけ」と気のない返事をした。私が驚いて目を丸くすると、絢音と奈都がくすくす笑った。まあ、今日はいいだろう。何だかんだと涼夏は手伝ってくれる。
私も今日は楽しかった。次は文化祭だ。短い高校生活に、休んでいる暇なんてない。
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