第46話

 胸のドキドキが止まらない。

 長いあいだ自分の中で眠っていた熾火おきびがぱあっと燃え上がっていた。


 知っている。

 これは恋心だ。

 ずっと隠していた感情なのに、外へ出ようと暴れている。


 リュカに迫られたことで、そこからセイラが救い出してくれたことで、たがが外れてしまった。


 心配するな、マナト。

 こんなの一晩寝れば消えてしまう。

 そうすれば明日から忠実な従者に戻れる。


 でも、運命はそれを許してくれなかった。


「あの……お嬢様……」

「話は部屋に戻ってから聞きます。疲れているでしょう、マナ。今日は早めに休みましょう」

「……はい」


 マナトの心がシュンとなる。


「もしかして、怒っていますか?」

「はい、怒っていますよ」


 寄宿舎の前でセイラは足を止めた。


「生徒会の忙しさにかまけて、あなた1人をリュカさんのところへ向かわせてしまった、私自身に腹を立てています」


 そんな目を向けないでほしい。

 セイラの優しさがマナトを苦しめるというのに。


「お嬢様は優しすぎます」

「マナに質問です。マナは誰の物ですか?」

「私はお嬢様の物です」

「だったら……」


 苦しい、痛い、逃げ出したい。

 それらが『好き』感情から生まれていることが、ひたすら辛い。


「所有物の責任は、所有者にあります。あなたは誰にも渡さない。シスター・ユリアにも、リュカさんにも。あなたは私が守り抜きます」

「やめてください。ご主人様をお守りするのが従者の役目です」

「違います。ともに手を取り合うのが、本当の主従でしょう」


 セイラはにっこり笑った。

 その優しさは、10年前と何ら変わらなくて、マナトの心をポカポカさせる


「1年間離れていたせいか、マナへの愛がますます膨らんでしまったわ。あなたは違うの?」

「私も同じ気持ちです」

「ありがとう」


 部屋まで戻ってきた。

 ケトルでお湯を沸かして、2人分のハーブティーを淹れる。


「では、お嬢様にご報告します」

「ちょっと待って、その前に……」


 体をクンクンされる。


「この香水の匂い……リュカさんね」


 思いっきり抱きしめられた。

 セイラが自分の匂いで上書きしていく。

 猫のマーキングみたいに。


「報告を続けて」

「はい、お嬢様にお知らせすることは2点あります」


 1つ目は、リュカから次の紅姫に指名されたこと。

 その理由が、占いの結果だったということ。


「リュカさんは自分の占いに絶対の自信を持っております。そして、次の紅姫は私と出たそうです。そう簡単には諦めてくれなさそうです」

「なるほど。それは厄介ね。紅月家の占いの評判は、私も痛いほど知っています。それで、2つ目は?」

「こちらの方が重大なのですが……」


 マナトが大きな秘密を抱えている。

 そのことにリュカは勘づいている。


 秘密とは、おそらく、マナト=男。

 外部にバレてしまえば、セイラにとっても致命傷。


「なるほど……」


 言葉こそ冷静だったが、セイラの表情はいきどおりでゆがんでいた。


「あまり信じたくありませんが、占いパワーで私が男だと見抜かれている可能性があります。いえ、リュカさんの占いが宇宙の神秘にリンクする秘術なら、隠す方が無理といえます」

「そうきましたか。マナが後継者指名を受けないのなら、秘密をバラすと?」

「おそらく」


 数秒後、信じられないことが起こった。

 セイラに唇をふさがれたのである。


「ッ……⁉︎ お嬢様⁉︎」

「あなたは誰にも渡しません」


 主従にとって1回目となる唇と唇のキスは、ハーブティーの味がした。

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