第45話

 この自分が⁉︎

 次の紅姫だって⁉︎


 びっくりして息が詰まるとは、このことだ。


 だって、四ツ姫というのは女生徒たちの憧れ。

 気品があって、教養もあって、清く正しい振る舞いが求められる。


 セイラと対等な立場。

 そのことが頭をよぎった。


 何をバカな。

 自分は男じゃないか。

 罪の上に罪を重ねたいのか。


 リュカの提案を断らないと。

 でも、別のルールが頭をチラついてしまう。


 断れなかったはず。

 四ツ姫の後継者指名というのは、原則、受けろというルールだったような……。


 リュカに大恥をかかせるのでは?

 この期に及んで、そんな心配をしてしまう心の甘さを、マナトは呪いたくなった。


 あるいは……。

『私はいずれ女学院から去っていく身ですので』


 秘密の事情を打ち明ければ、いくら強情なリュカであっても、マナトから手を引かざるをえない。


 自分で判断していいのか?

 セイラに相談すべきなのでは?


 けれども、忙しいご主人様は生徒会室にいる。


 困った、困った、困ったぞ。

 マナトを困らせる趣味はないらしく、リュカはさっきから苦笑いしている。


「びっくりした? マナくんは表情に出ちゃう子なんだね」

「すみません。思いっきり動揺しております」

「そっか。仕方ないよね」


 マナトを安心させるように、リュカは頭をナデナデしてきた。


「私は本気なんだ。次の紅姫はマナくんがいい。君には素質があると信じている」

「理由はそれだけでしょうか? インスピレーションが湧いたのでしょうか?」

「そうだね……」


 リュカが開けた窓から、心地いい風が吹き込んできた。


「私も占い師のはしくれだ。当然、次の紅姫は占いで選ぶ。ようやく見つけたんだよ。私の織姫星ベガを。次の紅姫は君だと、占いの神様が教えてくれたんだ」


 だから、マナくんには運命を感じると。

 リュカはそう締めくくった。


「しかし、新参者の私なんかが、周りの生徒から認められるとは思いません」

「問題ないはずだよ。そのくらい、四ツ姫の後継者指名は絶対なんだ。とにかく、何日か考えてみてよ。君のご主人様だって、こっちをにらんでいることだしね」


 本当だ。

 入り口のところに腕組みしたセイラが立っている。


「相談中のところ、失礼しますね、リュカさん。それで? うちのマナにどういったご用件でしょうか?」

「これは、これは、セイラくん。君の子猫ちゃんを勝手に借りちゃったことは謝ろう」


 そういってマナトの肩を抱いてきた。

 わざとセイラの感情を逆撫さかなでするみたいに。


「占いの結果で出ちゃったんだ。次の紅姫はマナくんだ。これは私1人の意思じゃない。宇宙の計算のようなものが働いている」

「そんなの、私とマナには関係ありませんわ。あいにく、法隆の家訓に、あやしい占い師は信じるな、の一文が入っております」

「手厳しいな。そこがセイラくんらしい」


 明らかに怒っているセイラとは対照的に、リュカはどこまでも上機嫌そう。


 手をつかまれる。

 無理やりリュカから引き離される。


「あっ……」

「帰りますよ、マナ」


 強引すぎるセイラの態度に、マナトの心臓は早鐘はやがねを打ちまくり。


「占いを信じる信じないは自由だけれども、セイラくんなら、紅月の占いが絶対であることくらい、知っているよね」


 意味ありげな笑みを送ってくるリュカに対して……。


「占い占いって、リュカさんはそればかり。自分の頭で考える、ということを放棄ほうきしたのですか?」


 セイラからも歯切れいい毒舌が飛んだ。


 ピリピリピリッ!

 四ツ姫と四ツ姫のあいだで火花が飛ぶ。

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