第32話

 一人称が僕の女の子。

 蒼空アリアは、ウサギのことが大好きで、シャイな性格の持ち主だった。


 こずえがさわさわと揺れている。

 自然のBGMしかないから、この世で2人と2匹きりになったような錯覚さっかくをおぼえる。


 言葉なんて必要なかった。

 ランスロットとアリスが、ウサギ同士で互いの頬っぺたをツンツンして遊ぶのを、ただ見守っているだけで楽しかった。


「うふふ」


 アリアが笑った。

 アンニュイな表情が似合う女の子だけれども、いったん微笑むと、人好きのするオーラを振りまく。


 マナトは黙っていた。

 向こうから話しかけてくるのを待った。

 結果からいうと、あれこれ詮索せんさくしない作戦は成功だった。


「このランスロットはね……僕がお姉様から引き継いだ子で……」


 お姉様というのは、先代の蒼姫のことだろう。


「ちょうどこの場所でお姉様と出会ったの。もう1年近く前になるかな」


 聖クローバー女学院へ入学して1ヶ月か2ヶ月過ぎたころ。

 いまだに新生活に馴染なじめないアリアがいた。


 自分から友だちの輪を広げるなんて無理。

 かといって、声をかけてもらっても、あ〜、とか、う〜、とかどもるばかりで、気の利いた返しができない。


 ボヤボヤしているうちに周囲の友だちグループが完成してしまった。


 アリアは独りぼっち。

 暗い3年間が頭をチラつく。


 セイラのように時々声をかけてくれる同級生はいたが、みんなに優しいから、アリア1人に構ってくれるわけじゃない。


 うぅ〜。

 どうしよう……。

 ここから逃げ出したい!


 そんな時に出会ったのが、先代の蒼姫だった。


 その日、アリアは授業を仮病でサボって、小道を散歩していた。

 樹のトンネルのようなところで、ぴょこぴょこ跳ねるウサギを見つけて、追いかけてみると泉にたどり着いた。


「不思議の国のアリスのワンシーンを追体験している気分だったわ」


 そういって手元の本に視線を落とす。


 ウサギは泉のほとりで立ち止まった。

 そこで居眠りしていたのが、先代の蒼姫というわけだ。


「お姉様は、とても美しい人だった。お姉様がいうには、この場所を見つけた後輩は、私が初めてなんだって」


 それから時々やってきては、お手入れしたり、秘密のお茶会みたいなことをやった。

 お姉様も授業をサボる常習犯だったらしく、2人はたちまち意気投合した。


「でもね、お姉様と僕は違うの。似ても似つかないの。お姉様はとても社交的な性格をしていた。そして、自由を愛している人だった。鳥ですら空にとらわれている、なんてことをいう、教養あふれる女性だったの」


 そういうアリアの声はちょっぴり寂しそう。


「お姉様が僕を次の蒼姫に指名した日は、かなり驚いた。僕は泣きながら、他の人を指名してください、と懇願こんがんしたのだけれども……」


 けっきょくお姉様に押し切られた。

 うつむくアリアの表情からは、後悔の念しか伝わってこない。


 四ツ姫は全生徒の模範。

 明るくて、礼儀正しくて、接しやすい。

 絵に描いたような優等生であらねばならない。


「僕は違う。話すのは下手だし、スポーツは苦手だし……勉強だって、四ツ姫に指名されてから本腰を入れたくらいだし……」


 アリアは今にも泣きそうな表情をしており、マナトの胸を痛くさせた。


「僕は、四ツ姫として失格なんだ。ただ、ランスロットが僕に懐いたから、四ツ姫に指名されたんだ」


 風が吹いて、一房だけ長い髪をゆらゆらさせる。


「ごめん……僕ばかり一方的にしゃべっちゃって……退屈だったよね?」


 マナトは首を横に振った。

 いったん立ち上がり、アリアの前で正座する。


「アリアさんは、しゃべるのが下手なんかじゃありません」

「えっ?」

「ただ、慣れていないだけです。現に、先ほどはちゃんとしゃべっていました」

「本当? そんなことをいわれたのは初めて」

「私が思うに……」


 きっと多人数での会話に慣れていないのだ。

 1対1ならちゃんと話せるはず。


「私だって、多人数での会話は苦手です。1対1の場合より、処理しないといけない情報が、3倍にも5倍にも増えますから。ですから、簡単なレベルから慣らしていけばいいのです」

「でも、どうやって?」

「私でよければ、いくらでも話し相手になりましょう」

「まあっ⁉︎」


 驚きのあまりアリアが口元を押さえる。


「でも、あなたはセイラさんの従者さんでしょう。僕なんかの相手をしているヒマは……」

「いいのです。お嬢様は理解してくれます。それが法隆セイラという人です」

「うふふ、とても強い信頼関係で結ばれているのね。ステキ」


 アリアの笑顔がまぶしいのと、少し気恥ずかしいのとで、マナトは顔を赤らめた。


「あなた、不思議ね。女の子なのに格好いいのね。そういうところ、私のお姉様に似ているわ」

「はぁ……」


 このようにして、秘密の交流がスタートしたのである。

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