第33話

 朝食を食べたあと。


「今日もアリアさんのところへ出向くのですか?」

「はい、その予定ですが……」


 マナトが出発の準備を整えていると、セイラが寄ってきて、手櫛てぐしで髪をとかしてくれた。


「アリアさんはどのような様子なのです?」

「はい、次第に私に心を開いてくれております」

「そう……それで犯人がアリアさんである可能性は?」

「まだ、わかりません」


 マナトは素直に報告しておいた。


「アリアさんが男かもしれない根拠は2つあります。1つは、一人称が僕である点です。もちろん、単なるボクっ娘である可能性が大きいです。あと、体つきが華奢きゃしゃな点です。男が女子の制服をかぶっている可能性も、ゼロとは言い切れません」

「そう」


 なぜかセイラはつまらなそうな表情をしており、マナトを困惑させた。


「なにかご不満でしょうか?」

「もっと、こう、手っ取り早く確かめられないのかしら。良いムードになったとき、キスまで持ち込んで、体をまさぐるとか」

「私のテクニックなら、可能かもしれませんが……。もしアリアさんが女性だったとき……というより、その可能性が大きいですが……私がお嬢様以外のレディとキスしたことになります」

「うっ……」


 今度は赤面している。

 どうしちゃったんだ、今日のセイラは。


「それはダメね。アリアさんはキス未経験の可能性があります。はじめての相手がマナというのは、いろいろと問題よね」

「はい、私も同感です。やっぱり、ファーストキスは好きな殿方と済ませるべきだと思います」


 こほん、こほん。

 セイラは咳払いすると、きれいな金髪を手の甲にのせて、風でなびかせるように滑らせた。


「ん? なにか?」

「いえ、髪をなびかせる仕草しぐさ、お嬢様のお母様に似ております」

「まあっ⁉︎ 私が歳を取っちゃったってこと⁉︎」

「そういう意味では……」


 マナトは頭をフル回転させて言葉を探した。


「お嬢様も大人の気品を身につけられたと。嬉しく思った次第です」

「まあ、あなたったら」


 優しく包むように抱きしめられた。


「いけません、お嬢様」

「本当は嬉しいくせに……」

「ええ、嬉しいです。ですが、禁じられた嬉しさなのです」

「もう! 素直じゃないのですから!」


 セイラの体が離れた。

 ちょっと悲しい、けれども、これが正解なのだ。


「それでは、私は先に出発します」

「気をつけていってらっしゃい」


 ぺこりと頭を下げてから部屋を後にする。


 アリアとは泉で会うことになっている。

 長居して小腹が空いたときのために、紅茶入りのタンブラーと、クッキーやチョコ菓子を持ってきている。


 アリアが喜んでくれると嬉しいな。

 そう考えて、1人で笑ったとき、不思議な感覚にとらわれた。


 マナトも女に生まれていたら良かったのに。

 そうしたら、セイラと一緒に聖クローバー女学院へ入学して、一緒に卒業できただろう。


 セイラが女学院へ入れられた理由。

 男の気配をシャットアウトするため。

 マナトだって例外ではない。


 だからこそ……。

 自分も女に生まれていれば……。


 ぶんぶんと首を振った。

 センチメンタルなことを考えるヒマがあるなら、事件の解決に力を注がないと。

 そして一刻も早くここから立ち去るべき。


 ふうと深呼吸してから、樹のトンネルを抜けた。


「おはようございます、アリアさん」

「うん、おはよう」


 アリアの横にはランスロットがおり、今日もおいしそうに草を食べていた。


「表情が明るいですね。なにか嬉しいことがあったのですか?」

「えっ? そう思う?」

「はい、お目々がいつもより開いています」

「やだ……恥ずかしい」


 アリアは顔を隠してしまった。


「理由はよくわからないの。でも、マナさんと出会ってから、寝付きがよくて、変な夢を見ることもないの」

「そうですか。不思議ですね」

「うん……とっても」


 熱っぽい視線を向けられたので、背中のあたりがヒリヒリした。


 しばらく他愛たあいのないおしゃべりをした。

 アリアに質問されたときだけ、マナトは長々としゃべった。


「マナさんとセイラさんは、仲のいい姉妹みたいね」

「そう見えますか? でしたら、素直に嬉しいです」

「うん、2人の仲がうらやましい」


 アリアには、兄と姉がいるらしい。

 けれども、10歳くらい離れているから、兄妹というより親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんみたいな感覚らしい。


「ねえ、マナさん、少し変なお願いをしてもいい?」

「はい、何でしょうか」

膝枕ひざまくら……してほしいな」


 胸がドキッとした。

 けれども、減るものはないと考えて、要望に応えることにした。


「マナさんの膝、とても落ち着く」

「そういってもらえると光栄です」


 気持ちのいい風が2人の周りを通り抜ける。


「いいな〜、僕にもマナさんみたいなお姉さんがいたらな」

「何をおっしゃっているのです。アリアさんには、先代の蒼姫様という、ご立派なお姉さんがいるではありませんか」

「そうね。たしかに」


 うっとりと目を細めるアリアの横で、ランスロットが満足そうに寝転がっていた。

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