第26話

 セイラが見せたかったもの。

 それはドロドロの三角関係だった。


 セイラ、マナト、チトセ。

 3人のあいだには好きの矢印が存在する。

 主人として、従者として、学友として、同じ四ツ姫として、同じ生徒会メンバーとして……。

 何より理想の女性として。


 好きだから。

 独り占めしたい。


 わかる。

 マナトだってセイラを独り占めしたい。

 叶うものなら、知らない街まで逃げてしまって、2人でひっそりと暮らしたい。


 でも、それは叶わぬ願いというやつ。

 片やご令嬢、片やその従者。


 この運命を恨んだ。

 そういう過去も正直いうとあった。

 セイラと対等な立場で出会えていれば、もしかしたら将来を約束し会える仲になったのではないかと。


 いまは違う。

 セイラの従者に生まれたから、セイラに奉仕することができる。

 その幸せには感謝している。


「1年間も一緒に過ごしてきて、この私がチトセさんの気持ちに気づかないとでも?」


 尋問じんもんと呼ぶには優しすぎる、セイラの問い詰めがスタートした。


「出会った当初のチトセさん、今日よりもずっと地味な存在だったわよね」


 昔のチトセは目立つ生徒じゃなかった。

 家柄こそ良いものの、影が薄くて、誰かの後ろに隠れている女の子だった。


 チトセは変わった。

 セイラに一目惚れした日から。


 この人と一緒に四ツ姫になりたい。

 この人と一緒に生徒会メンバーになりたい。


 ピュアすぎる野望を叶えるためには、身だしなみ、性格、勉強とスポーツ、あらゆる能力を伸ばす必要があった。


 チトセは血のにじむような努力に耐えてきた。

 先代の黒姫にも気に入られて、セイラの隣が似合う唯一のレディへと成長した。


 そんな2人の蜜月も長くは続かない。

 聖クローバー女学院へマナトがやってきたせいだ。


 物心つく前からセイラと一緒に育ってきた。

 その絆の強さはチトセが1年間かけて育んできた関係の比じゃない。


 自分の知らないセイラがいる。

 従者の前でしか見せない顔がある。

 勝てない、敵わない、しょせん自分は2番手。

 その事実をチトセは受け入れられず、嫉妬しっとの炎を燃やした。


 とはいえ、女学院のナンバーツーであるのも事実。

 ネガティブな感情を少しでも出そうものなら、周りから怪しまれるかもしれない。


 なんといっても黒姫なのだ。

 四つ葉に込められたメッセージ、希望、誠実、愛情、幸運を体現する存在でなくてはならない。


 チトセはジレンマに苦しんだ。

 シェイクスピア級の悲劇は16歳の女の子には重すぎた。


 セイラのことが好き。

 なのに愛情表現することが許されない。

 これまでの努力は一体……。


 そう思った瞬間、感情の歯車が狂いはじめた。


 セイラ本人に手出しすることはできない。

 消去法として、マナトを誘惑することを選んだ。


「私と会話する回数が減ってしまった。傷ついた一番の原因はそれでしょう」


 セイラの口から語られた推理を、チトセは肯定も否定もしなかった。


 りんとした副会長の姿はない。

 小学生みたいに涙が止まらなくなっている。


 これがチトセ本来の姿だろうか。

 シスター・ユリアの言葉が、今さらながらマナトの胸に突き刺さる。


「私、知らないうちにチトセさんを傷つけていたのね。ごめんなさい。その点は謝るわ」

「嫌だ、謝らないで。私のこと、見損なったのでしょう」

「そんなことはない」

「気持ち悪いメンヘラ女って思ったでしょう」

「それは違う」

「嘘よ!」


 チトセはヤダヤダと首を振っている。


「私とチトセさんの仲だから、はっきりいいます。あなたのことは尊敬しています。副会長を任せられるのは、チトセさんしかいないと思っています。まあ……生徒会に立候補した動機は……いささか不純ではありますが……」


 セイラは、こほん、と言葉を切った。


「楽しみも苦しみも分かち合えるのが真の親友。それはチトセさんだと思っています」

「本当に?」

「あなたに嘘はつかない。チトセさんはとても大切な人。10年後も、20年後も、大切な人であり続けてほしい」

「でも、私にはその資格が……。だって、セイラさんを裏切ってしまったわ」

「さっきも言葉にした通りよ。人間、誰だってミスするものよ」


 信じられないことが起こった。

 クローゼットから見守るしかできないマナトの視界に、チトセを押し倒すセイラの姿が映ったのだ。


 2人の体はベッドの上で重なる。

 チトセのきれいな黒髪が扇みたいに広がって、なまめかしいムードをかもしだしている。


 マナトはごくりとつばを飲んだ。

 自分がチトセの立場だったら……と良からぬ想像をした。


 セイラの指とチトセの指が絡まっている。

 2人の顔は息がかかるほど近い。


「友情の証拠に、アレをやりましょう」

「アレって?」

「いまチトセさんが想像した行為よ」

「あっ……」


 マナトの角度からだと何も見えなかったが、セイラとチトセの唇が重なったのは明らかだった。

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