第25話

 部屋のクローゼットは鎧戸よろいどになっていた。

 ほんのわずかであるが、扉の向こう側をのぞくことができる。


 胸のドキドキが止まらない。

 セイラは一体、何を見せてくれるのだろうか。


「ん?」


 マナトの手にツルツルしたものが触れた。

 一瞬ハンカチかと思った布切れは、なんと女性物の下着だった。


 もちろん、洗濯済みのやつである。

 そこに男の手垢を付けてしまうなんて……。


 お嬢様の下着に触れちゃいましたと素直に報告すべきか、それとも黙っておくべきか、マナトは真剣に悩んでしまった。


 部屋を2回ノックする音が聞こえたので、下着を元の位置に戻しておいた。

 セイラはクローゼットの前を横切ると、ドアを開け閉めして、チトセをともなって帰ってきた。


「夜分遅くに呼び出して、申し訳ありません。とりあえず、お掛けになって」

「いえ、こちらこそ……。本来であれば私の方からご連絡を差し上げるべきところを……」


 そういうチトセの声には反省の色がたっぷりと含まれており、ケンカの原因となったマナトを温かい気持ちにさせた。


「まず私からチトセさんに謝ります。食堂での一件は、私の態度に非がありました」

「それをいうなら私も。みんなが見ている前なのに、不親切なことをいってしまい、ごめんなさい」

「ありがとう。本当は少し傷ついていたの。優しいチトセさんの顔が見られたから、今夜は気持ちよく寝られそう」

「まあっ⁉︎ 本当にごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「それ以上は謝らないで。私が余計にみじめになる」


 チトセは周囲をキョロキョロした。

 マナトの姿を探しているのだと分かった。


「マナならお散歩してくるよう命じています。40分は帰ってこないでしょう」

「あら、そう」


 チトセが安心したようにブラウスの胸元に触れる。

 その頬っぺたが赤らんでいるのが気になった。


「今回の口論、みんなの目にはどう映ったかしら?」


 チトセがいう。


「イメージは良くなかったわね。私たちは生徒会の会長と副会長なのですから」

「はぁ……。副会長として情けなく思います。本来であれば、セイラさんを支えるべき立場なのに」

「人間、誰だってミスするものよ。それが今日だったというだけ。今回の反省をかてにして、私たちは前に進みましょう。2人が一緒なら、乗り越えられない問題じゃないわ」


 セイラが右手を差し出した。


「明日はごく自然に談笑する。私とセイラさんの仲の良さをアピールする。そういうシナリオでいいかしら?」


 チトセも同じく右手を差し出す。


「もちろん」

「なら、決まりね」


 No.1とNo.2が和解する。

 ここまでは予想していた展開なのだが、数秒後、ちょっと雲行きが怪しくなった。


「あら? セイラさん?」


 何が起こったのか確かめるべく、マナトは鎧戸に顔をぴたりと近づけた。


 2人の手は結ばれたままだ。

 チトセがほどこうとして、セイラがそれを許さない。


「いけません、セイラさん。こんなおたわむれを。もし誰かに見られたら」


 チトセがまた周囲を警戒する。


「安心して。誰も見ていないわ」

「お願いですから手を離してください」

「すぐに離すわ。あなたが私の質問に答えてくれたらね」


 マナトは呼吸することを忘れて、2人の会話を追うことに注力した。


 さっきからチトセの様子がおかしい。

 素肌が触れているだけなのに、呼吸がはぁはぁと荒くなっている。

 頬っぺたの赤みが、耳元を経由して首筋まで降りてきた。


「今日、おもしろい物を発見したわ。チトセさんが知っていることを、洗いざらい聞かせてくれないかしら?」

「ッ……⁉︎」


 セイラが取り出したのは、一冊のアルバムだった。

 マナトの位置からだとよく見えないが、シルバーに近い金髪の女性が写っている。


 1枚だけじゃない。

 10枚とか100枚とか、写真が収められている。


 なんだ、これ⁉︎

 セイラの写真集じゃないか⁉︎


 しかもアルバムは一冊じゃなかった。

 しめて五冊、そっちにもセイラばかり写っている。


「チトセさんの部屋の金庫から発見したわ。これを見つけたときは驚いたわ」

「いけません! セイラさん!」

「そう……チトセさんは私のことを、ずっとそういう目で見ていたのね。いやらしい、官能的な目つきで」

「ああっ……」


 追い詰められた犯罪者みたいに、チトセが口元を押さえる。


「金庫の暗証番号、うかつだったわね。私とチトセさんのお誕生日8桁でした。愛情の深さゆえに墓穴を掘ったようね」

「それ以上はいわないで!」


 チトセの目からポロポロと涙が落ちてくる。

 好きな人に嫌われたくないという、乙女らしい涙だった。


 はっ⁉︎

 どういうことだ⁉︎

 チトセは昼間、マナトを誘惑してきたのでは⁉︎


 そんな謎も、セイラの次の一言で氷解ひょうかいする。


「私の隣のポジションをマナに奪われたから焦ったのでしょう。そこであなたは、マナに猛アタックして、主人と従者のあいだに隙間風すきまかぜを吹かそうとした。すべては私の気を引きたいがために。もっと私を見て! という嫉妬しっとに染まった理由で」


 なんか濃すぎる展開になった⁉︎

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