第24話

「どういうことですか⁉︎ マナ⁉︎」


 バシィ〜〜〜ン!

 セイラから渾身こんしんの壁ドンをされた。


 部屋に戻ってきたあと。

 入浴前のことである。


「チトセさんと仲良くしなさい、とは命じましたが、恋人じみた関係になりなさい、とは命じておりません!」


 今回の件についてはマナトに落ち度がある。

 10枚だって20枚だって反省文を書きたいくらいだ。


「誰がマナのご主人なのか、その体にたっぷりと教える必要がありますね」


 セイラの指がブラウスのボタンを1つ外す。

 それだけの仕草しぐさなのに、びっくりするくらい色っぽい。


「お願いします、セイラお嬢様。どうか冷静になってください」

「私はいつだって冷静です! 私が冷静かどうかは私が決めます!」


 そんな言葉とは裏腹に、セイラのこめかみはピクピクと揺れている。


「でしたら、私の言葉に耳を傾けてください。私が一度でもセイラお嬢様の味方でないことがありましたか?」

「そうやって私をたらし込む作戦かしら?」

「信じる信じないは自由です。私はいつだってセイラお嬢様が最優先なのです。お嬢様のためなら火の中、水の中です」

「まあ……あなたって人は……」


 セイラが二歩三歩と後ずさりした。

 こちらの誠心に胸を打たれたようだった。


 チャンスだ。

 マナトは陶磁器とうじきのようにスベスベの手をつかみ、その甲に忠誠のキスを落とす。


「私を一番理解しているのはセイラお嬢様、そうではありませんか?」


 ぷいっ。

 セイラは顔をそらしたけれども、耳元まで真っ赤になっている事実は隠せなかった。


「もう、マナったら、女たらしみたいなことをいう」

「すみません、従者のくせに出すぎた真似を」

「いいえ、許します。マナならば許します」


 よかった。

 感情と理性の両方に訴える作戦が成功したらしい。


 セイラが椅子に腰を落ち着けた。

 淹れたてのほうじ茶を用意してあげる。


「ありがとう。では、マナの報告を聞きましょう。半日チトセさんと行動を共にしてみて、どうでしたか?」

「単刀直入にいいます。とても怪しいですよ。だって、私に求愛してきたのですから。女が女に欲情するなんて変でしょう。中身が男だとしても不思議はありません」

「うふふ……」


 クソ真面目に報告したつもりが、笑われてしまった。


「マナは百合とかGLを知らないのですか?」

「知識としては知っています。ですが、女学院にはたくさんの女子がいるのに、私に好意を寄せるのは変でしょう」

「それだけマナが魅力的、ということじゃないかしら。女性としてね」

「はぁ……」


 いくらご主人様のセリフとはいえ、納得しかねる部分はある。


「それで? お嬢様の方は何かつかめましたか?」

「ええ、もちろん」


 セイラは日中を無為むいに過ごしたわけじゃない。


 捜索していたのである、チトセの部屋を。

 シスター・ユリアと2人で、マスターキーで侵入して。


 もちろん、怪しい物証がないかチェックするため。

 避妊具が見つかるようなことがあれば、上を下への大騒ぎは避けられない。


「手がかりは出てきましたか?」

「ええ、少々は……」

「少々?」


 秘密めいた言い方が気になった。


「私はマナと違って、チトセさんは白だと思っています。それを今夜確かめます。段取りもしっかり整えております」

「さすがセイラお嬢様。して、その段取りとは?」

「それはヒ・ミ・ツ」


 かわいらしくウィンク。

 何やら物騒なことを計画しているらしい。


「私から1つ、お願いを申し上げてもいいですか?」


 セイラは長い脚をクロスさせながら、どうぞ、と続きをうながしてくる。


「チトセさんと仲直りしていただけますか? お二人は女学院のツートップ。喧嘩したままでは、全生徒に影響を及ぼすといいますか、女学院のムードを暗くすると思うのです」

「もちろん、そのつもりです。それに食堂で私が怒っていたのは、半分演技ですから。チトセさんは本気のようでしたが……」

「さすがお嬢様。すべて計算の上とは」

「当然です。私は生徒会長ですから」


 えっへん。

 セイラには胸を張るポーズがよく似合う。


「次に何をすればよいでしょうか? 私に命令をください」

「そうね……」


 セイラは携帯を取り出した。

 マナトが見ている前で、誰かをコールしている。


「チトセさん、夜分遅くにすみませんね。食堂での一件、あなたに謝りたくて。誤解があったみたい。これから会えないかしら?」


 そう伝えるセイラの電話口からは、かすかに水音がれてくる。

 チトセはこれからお風呂に入るところらしい。


「ありがとう。でしたら、私の部屋をノックしてちょうだい」


 通話が終わった。

 うふふ、という悪女っぽい笑い声とともに。


「マナ、こっちへ」


 連れていかれたのはクローゼットの前。

 背中をぐいぐい押されて、中に閉じ込められてしまう。


「あの……お嬢様、これは一体?」

「あなたはそこから、私とチトセさんのやり取りを盗み見していなさい」

「はい、お手並みを拝見いたします」


 これから起こることを想像して、マナトの胸は年甲斐としがいもなくドキドキした。

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