第27話

 マナトの体のしんがピリピリした。


 がたいような、今すぐ大声を上げたいような、狂おしい感情が、小さい箱に閉じ込められた犬みたいにバタバタと暴れていた。


 これは嫉妬だ。

 チトセに対していている。


 どうして?

 嫉妬しているのはチトセの方なのでは?


 頭の中がごちゃごちゃになる。

 けれども、マナトの心は間違いなく、セイラに組み敷かれているチトセに対してヤキモチを焼いていた。


 うらやましいと思ってしまう。

 無二の親友という意味では、セイラとチトセは完全に対等なのだから。


 手のひらが痛かった。

 爪が食い込むほどキツく握っていた。


 自分らしくない。

 もっと冷静にならないと。

 もっと、もっと、本当の気持ちを押し殺さないと。


「ごめんなさい、急に押し倒しちゃって」

「いえ、平気……」


 そんな会話が聞こえた。

 キスシーンがあったとは思えないほど、セイラの様子は淡々としていた。


「さあ、私が部屋まで送っていきますから。涙をぬぐいなさい」


 長話してくるのかと思いきや、セイラは1分くらいで帰ってきた。

 クローゼットの扉をコンコンと叩く音がする。


「出てきなさい、マナ」


 ゆっくりと扉を開けた。

 マナトが黙っていると、セイラは腰に手を当てて、いつものように優しい微笑ほほえみをくれた。


「すみません、クローゼットの中は狭くて窮屈きゅうくつだったでしょう。思ったよりも長引いて、あなたに迷惑をかけちゃいましたね」

「迷惑だなんて……そんな……」


 緊張から安心へのギャップが激しすぎて、とんでもない失言を吐いてしまう。


「クローゼットの中は、お嬢様の匂いがたっぷり充満しており、イケナイことをやっている気分でした」

「まあっ⁉︎」


 セイラが目を丸くした。

 これは怒られる⁉︎ と思いきや……。


「かわいいのね、マナ。そんなに私の匂いが好きなの⁉︎」

「あうっ……」


 抱きしめられてしまった。

 いまは入浴前、つまりセイラの匂いが一番濃い時間帯であって……。


「いけません、お嬢様。それに苦しいです」

「あらあら、ごめんなさい。嬉しくて、つい」


 でも、よかった。

 セイラの表情は晴れ晴れしている。

 チトセときれいに和解できたらしい。


「申し上げにくいのですが、先ほど、チトセさんと接吻せっぷんなさいましたか?」

「ええ、そうよ」


 キスのあいだ、セイラはスカートの上からこっそりまたに触れたらしい。

 チトセが女であることを物理的に確かめるために。


 結果は白。

 チトセも犯人じゃなかった。


「チトセさんの潔白が証明されて、私も一安心です」

「ええ、まったくよ」


 セイラはふくよかな胸の下で腕組みした。


 マナトの頭をよぎったのは謎の手紙だった。

 犯人は四ツ姫の中にいる、という容疑者Xからのメッセージ。


 手紙の存在はセイラに打ち明けていない。

 余計な心配をかけたくない、という判断からだ。


 本当に隠しておくのが正しいのだろうか?

 ここで打ち明けると、なぜ今日まで黙っていたのか、叱られるだろうか?


 いやいや。

 あの手紙はマナトの課題。

 セイラはセイラの課題に集中してほしい。


 残るは蒼姫と紅姫の2人。

 手紙の存在を打ち明けるのは、2人の白を確認してからでも遅くない。


「ん? どうしたのです?」

「いえ、何でもありません」

「う〜ん、怪しい……」


 セイラがぐいっと顔を近づけてくる。

 何か隠していますね? と。


 マナトは気圧けおされたように後ずさりした。

 そして、セイラにバレないよう、後ろ手で下着を引っかけた。


「実は……知らないうちにお嬢様の下着がポケットに入っていたみたいで……」

「まあっ⁉︎」


 セイラはふたたび目を丸くしたあと、鳥が歌うようにクスクスと笑った。


「マナったら、意外にドジなところがあるのね」

「すみません、故意ではありません」

「いいの、気にしないで」


 セイラが下着を取り上げる。

 その頬っぺたは心なしか赤らんでいる。


「でも、犯人探しというのは悲しいわね。チトセさんが白と判明して、私は喜んじゃいましたが、いつかは本当の犯人を突き止めなければなりません。きっと、誰が犯人でも悲しいでしょうね」

「いけません、お嬢様。そのような辛いことを想像されては」

「でも、事実よ。女学院のみんなが気まずい思いをするわ」


 セイラが弱気そうな表情を見せるから、この場で抱きしめてあげたい! という欲求がムクムクと湧いてきた。


「チトセさんの無実が確認できて安心した。こんな私は生徒会長失格ね」

「ああ、お嬢様……」


 この人は優しすぎる。

 優しさゆえに苦しんでいる。

 それもセイラの美徳なのかと思うと、胸の奥がキュッと痛んだ。


 自分が支えてあげないと。

 マナトはその認識を強くする。


「それで? マナの感想は?」

「感想といわれましても……」

「一連のシーン、クローゼットの中から見ていたでしょう?」

「まあ……」

「だったら、何か感想があるでしょう」

「そうですね……」


 まいったな。

 感想を求められるという当たり前のことを失念していた。


「チトセさんが無罪でよかった。それに尽きます。私も安心しました」

「本当にそれだけ?」

「もちろん」

「う〜ん……」

「ご不満でしょうか?」

「いえ、期待した私がバカでした」

「はい?」


 セイラはつまらなそうに唇を尖らせる。


「ほら、お風呂の時間よ。今日も背中を流してちょうだい」

「かしこまりました」


 マナトはいつものように新しい寝巻きとバスタオルを用意して、セイラの入浴を手伝った。


 ……。

 …………。


 そして翌日。

 マナトはとある人物のもとを訪ねた。

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