第14話

 ハグ魔だな、と思った。

 シスター・ユリアのことである。


 隙あらばマナトのことを抱きしめてくるのだ。

 ラブラブの恋人みたいに、スキンシップが止まらない。


 セイラに見つかったら殺されるかも。

 従者のくせに浮気しましたね⁉︎ と。


「こら、マナさん。私の話をちゃんと聞いていますか?」

「うっ……すみません」

「まったく。お仕置きが必要ですね」

「あぅ」


 本日20回目のハグを食らう。

 静まり返った美術室であり、目撃者がいないのは幸いだった。


「うふふ……」

「あれ? 私の顔に何かついていますか?」

「いいえ、とても眠そうだな、と思いまして。昨夜は夜更かししたのですか?」

「ベッドに入ったのは早かったのですが……」


 どこまで打ち明けるべきか迷った。

 セイラが犬みたいに甘えてきて……という話は伏せておきたい。


「初日なので、緊張していたみたいです。夜中に何度か目が覚めてしまい……」

「あらあら、それは可哀想に」


 21回目のハグをもらう。


「ヒーリングです。私の体でいやしてあげます。よしよし、いい子、いい子」

「シスター・ユリア、このへんで許していただけませんか?」

「あら、胸のサイズなら、セイラさんより私の方が上よ」

「そういう問題では……」


 まいったな。

 マナトの全身にシスター・ユリアの匂いが染みついてしまった。


 セイラにバレる。

 絶対に問い詰められる。

 シスター・ユリアと2人きりで何を楽しんでいたのですか? と。


 そのシーンを想像しただけで、頭の奥がチクチクと痛んだ。


「マナさんが寝不足なのは、セイラさんのせいでしょう。どうせ東の空が白むまで語り明かしたのでしょう」

「それは……」


 マナトはゴニョゴニョと言いよどむ。

 結果として、何よりも雄弁な肯定のサインになってしまった。


図星ずぼしね」


 ペナルティはもちろん22回目のハグ。

 ずっとこんな調子だ。


「わかりません。私を困らせて、何が狙いなのですか?」

「あら、人聞きが悪いわね。純粋にあなたが私のタイプなのよ。食べちゃいたいくらいチャーミングだわ」

「いや……それは……何も聞かなかったことにしておきます」

「うふふ、困った顔もかわいいのね」


 シスター・ユリアの声には魅力がある。

 聞いていると、なぜか耳の奥が幸せになるのだ。


 大人しくしていれば、天使のような人なのに。

 悪魔、いや、淫魔サキュバスと呼ぶべきか。


「マナさんが眠くならないように、真面目な話をしましょうか」


 美術室を出て、中庭へと通じるスロープを降りていった。


「犯人探しは、さっそくスタートしましたか?」

「はい、集めた情報を忘れないよう、日記をつけていこうと思います」

「それはナイスアイディアね」


 現在のところ、白が確定しているのはセイラとアケミだけ。

 そのことも包み隠さず告げておいた。


「あら? 佐々木チトセさんと話していましたよね? 彼女のことも疑っているのかしら?」

「はい、99%白だと思いますが。まだ確証はありません」

「彼女は四ツ姫の一員なのに?」

「例外はないです」


 チュチュチュチュ、と鳴き声のような音がした。

 何かと思えば散水のスプリンクラーだった。


「こっちよ」


 ドームの形をした温室を案内される。

 背の高い植物たちが、バリケードのように外部からの視線をさえぎっている。


 天井には一面のガラス。

 光が複雑に反射・拡散しているから、ドームの中央に立っていると影ができない。


 ガチャリ!

 シスター・ユリアは中から施錠せじょうした。

 これから秘密めいた儀式を始めるみたいに。


「例外がない、という言葉、気に入りました。つまり、理事長である私も例外ではないと?」

「え〜と……それは……シスター・ユリアはここの卒業生ですから、限りなく白に近いグレーだと思いますが……」

「じゃあ、確認してくださらない? マナさんの気がすむまで」


 シスター・ユリアの手が修道服チュニックの裾をつまむ。

 ゆっくり持ち上げると、まずはタイツに包まれたふくらはぎが、それから肉感のある太ももが露出してくる。


 黒のガーターベルトだ。

 ファッション誌で見るより何倍も色っぽい。


 これから起こることを理解して、マナトの心臓がオーバーヒートしそうになった。


 いけない!

 視線をらさないと!


 頭では理解していても、金縛りにあったみたいに、1ミリも動けなくなってしまう。


「ほら、例外はないのでしょう? 私も100%の仲間に加えてくださらない?」


 マナトの言葉でマナトを責めてくる。

 シスター・ユリアはやり手の女だった。

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