第15話

 この24時間くらい。

 マナトは困ってばかりだ。


 セイラといい、シスター・ユリアといい、どうしてマナトを困惑させるのが好きなのだろうか。


「できません」


 マナトはきっぱり断った。

 スカートの中身には触れられません、と。


「あら、あなたの任務を放棄しちゃうの?」


 シスター・ユリアが怪訝けげんそうな顔を向けてくる。


「たしかに犯人探しは重要です。私はそのために聖クローバー女学院へやってきました。しかし、それ以上に重要なのが……」


 セイラを裏切らないこと。

 大切な人を傷つけないこと。


「もし、この場にお嬢様がおられたら、ストップをかけるでしょう」

「ですが、肝心のセイラさんはいないわ」

「いいえ」


 マナトは首を横に振った。


「あなたが神様を信じるように、私はお嬢様を信じます。いつも真後ろで見守っていると思って行動します」

「まあっ⁉︎」


 甲高い声が響いた。


「びっくりだわ! それほどセイラさんに忠誠を誓っているの⁉︎ だって、立場としては、あなたは雇われの身でしょう!」

「そうです。そして、お嬢様の唯一の従者であることを誇りに思っています」


 笑われるだろうか。

 そう思った数秒後、やっぱり笑われた。


「おかしいわ。将軍様とその家来みたいね」

「そうかもしれません。むしろボスザルと、その子分という気がします」

「あっはっは! おもしろい!」


 笑うと少女みたいになる。

 そんなシスター・ユリアは、マナトの頭をポンポンした。


「あなたのことがますます好きになりました」

「それはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味よ」


 ガチャリ。

 温室の鍵が開けられる。

 解放してくれるとわかって、胸をなで下ろす。


「私が15歳くらい若かったら、マナさんに恋していたわ」

「その話を誰かに聞かれたら……」


 マナトの正体がバレるかもしれない。

 そんなスリルすら楽しんでいるようだ。


「セイラさんは幸せ者ね。あなたのような存在が近くにいて」

「そうでしょうか? 実際、この1年間は何の役にも立っていません。時々、自分の無力さを痛感します」

「でも、いまは一緒にいるじゃない」


 2人は森の小道を抜けていく。

 何かが木から木へジャンプしたと思ったら、野生のリスだった。


「セイラさんのような強い女性にとって、もっとも必要なのは……」

「何でしょうか?」


 シスター・ユリアの手が伸びてきた。

 頭についていた葉っぱを優しく取ってくれた。


「自分の弱さを見せてもいいと思える相手」

「自分の弱さ、ですか?」


 シスター・ユリアは昔話を聞かせてくれた。


「私がまだここの学生だったとき……」


 さかのぼること10代くらい前。

 当時の白姫をシスター・ユリアが務めていた。


「それはそれはプレッシャーのかかる立場でした」


 四ツ姫はみんなの理想でなければならない。

 勉強、スポーツ、学内行事、いかなる場面でも気は抜けない。


「知っていますか? 四ツ姫というのは指名制なのです。現在の四ツ姫が3年生になって、卒業するまでのあいだに、次の四ツ姫を決めておくのです。特別な事情がない限り、指名を断ることはできませんし、断ったという例も存在しません」


 いわばバトンのようなもの。

 理想の先輩たちが代々つないできた。


「どうしても比べちゃうのよね。自分の先輩だった四ツ姫と。たった1歳や2歳の差でも、10代の女の子からしたら、お姉様は格好よく見えてしまう」


 セイラもそう。

 伝統を汚さないよう奮闘している。


 本当は甘えん坊で、寂しがり屋で、1人の時間が苦手なのに。

 孤高のプリンセスとして振る舞っている。


「だから、マナさん、あなたが来てくれたことは、計り知れないプラスになると思うの」

「だと嬉しいのですが……」

「大丈夫よ。自信を持ちなさい。きっと、セイラさんには、弱い自分を見せられる存在が必要なのよ」


 じ〜ん。

 マナトの胸が熱くなる。

 良い大人というのは、シスター・ユリアみたいな大人だろう。


「ずっと気になっていたのだけれども……変な質問をしてもいい?」

「はい、何でしょうか?」

「マナさんって、性欲はあるのかしら?」

「はいっ⁉︎」


 マナトの声がひっくり返った。


「だって、お地蔵様みたいに無反応だから。私に女としての魅力がゼロなのか、マナさんがそういう体質なのか、気になって気になって」

「え〜とですね……」


 異性に惑わされない訓練は積んでいる。

 シスター・ユリアに魅力がないわけじゃない。

 そう返しておいた。


「よかった。安心したわ」

「はぁ……」

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