第13話

 聖クローバー女学院の朝食は、マナトの目から見ても、ほぼ100点のクオリティだった。


 こんがり焼いたベーグル。

 表面にゴマをまぶしている。

 バターとジャム付き。


 ハムとタマゴのサラダ。

 焼き野菜が3種類、ナス、アスパラ、ズッキーニ。


 ミニハンバーグ。

 具沢山のコンソメスープ。

 どちらも食欲をそそる匂いがしている。


 カットフルーツ。

 女の子でも食べやすいよう小さめのサイズ。

 5種類あって、いずれも国産らしい。


 けっして豪勢というわけではない。

 けれども、10代の女子の成長を考えると、これ以上の栄養バランスはない気がする。


「いただきます」


 セイラが手をつけるのを見届けてから、マナトもナイフとフォークを握った。


 背中がヒリヒリしている。

 嫉妬しっとをたっぷり含んだ視線が矢みたいに突き刺さってくる。


 無理もない。

 アイドル的存在であるセイラとチトセ。

 その2人が代わる代わる声をかけてくるのだから。


「マナさんは苦手な食べ物とかあるの?」

「いえ、基本的に何でも食べます。昔はアレルギーがありましたが、全部克服しました」

「まあ⁉︎ 食べ物アレルギーを克服したの⁉︎ すごいのね!」


 チトセが大声で話すものだから、周りにいる生徒たちの耳がダンボになっている。


「マナは法隆自慢の従者、いえ、騎士シュバリエなのです。かわいい顔をしておりますが、暴漢から私を守ってくれたこともありましてよ」


 セイラがご機嫌そうに笑っている。


「へぇ〜、武道の心得があるのかしら?」

「はい、少々ですが……」

「さすがね」


 これは良くない。

 あまりにも目立ちすぎている。


 なんで新入りが?

 セイラ様ならまだしも……。

 チトセ様まで親しそうに話すなんて⁉︎


 たくさんの怨嗟えんさがテレパシーのように伝わってくる。


 はぁ……。

 マナトは声にならないため息をついた。


 注目されている。

 しかも悪い方の意味で。

 会話したことのない生徒から。

 まるで罪人になった気分といえよう。


 女学院がグチャグチャした場所ということは、それとなく本の知識で知っていた。

 ここにはお嬢様が在籍しているから、他にはないヒエラルキーが存在していることも。


 セイラは頂点。

 マナトはその腰巾着こしぎんちゃく

 周りからしたら、知らない星からやってきた宇宙人みたい、というのが本音であろう。


 とはいえ、全員が全員、マナトに敵愾心てきがいしんを燃やしているわけじゃない。

 おそらく2割か3割くらい。


 気をつけよう。

 なるべく刺激しないようにしないと。


「今日のフルーツ、とっても甘くておいしいわ〜」

「アケミさん、私のぶんを半分食べてくださらない?」

「あら、いつも悪いわね、チトセさん」


 アケミはこんなキャラだから、セイラ&チトセと仲良くしても、ねたみの対象にはならないらしい。


 息苦しさのようなものを感じたマナトは、


「四ツ姫ということは、あと2人いるということでしょうか?」


 当たり障りのない質問をしておいた。


「そうよ。蒼姫あおひめ紅姫あかひめよ。この寄宿舎で暮らしておりますが……」


 セイラはそういって、食堂をぐるりと見渡す。


「今日もいないみたいね。自室でゆっくり食事中じゃないかしら」


 どうやら、蒼姫と紅姫はグループで行動するタイプの人間じゃないらしい。


「いずれ会えるでしょう。そして、一目見ただけで、四ツ姫の一員と分かるはずよ」

「一目見ただけで……ですか?」

「そうよ。オーラみたいなものが他の生徒とは違いますから」


 たしかに、セイラもチトセも、50人の中では浮いている。

 呼吸しているだけなのにキラキラと輝いている。


 はぁ……。

 二度目のため息。

 セイラと24時間一緒なんて。

 ゴールドチケットを独り占めしちゃったらしい。


「あら、マナ、浮かない顔ね。心配なことでも?」

「え〜と……女学院のルールや作法を知りませんから。そのせいで緊張しているだけです」

「大丈夫ですよ。今日は私が案内しますから」


 セイラがにっこりと笑う。

 その瞬間、マナトに向けられる殺気のオーラが倍加した。


「その必要はありませんよ、法隆セイラさん」


 いつの間にか、マナトの真後ろに人が立っていた。

 この優しいエンジェルボイスの持ち主は……。


「シスター・ユリア⁉︎」


 いきなりの理事長の登場にセイラが驚く。


「あなたは生徒会の仕事で忙しいでしょう」

「なっ⁉︎」

「よって、海馬マナさんの学校案内は私が引き受けましょう」

「にっ⁉︎」


 セイラの目尻がつり上がった。

 この泥棒猫め! と顔には書いてある。


「いいえ、シスター・ユリア、あなたの手をわずらわせるわけには……」

「今日、来客予定だったクライアントが、急遽きゅうきょキャンセルになったのよ。だから、日中は暇なの。ちょうどいいと思ってね」

「そんな⁉︎」


 あろうことか、シスター・ユリアはマナトの体に腕を回して、もぎゅっと抱きしめてきた。

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