第12話
それはそれは、ひどい目覚めだった。
2時間か3時間しか寝付けなかった。
セイラのせいだ。
抱き枕みたいにギュウギュウしてくるから。
肝心の本人はというと、
「すばらしい目覚めですわ。ここまで快眠できたの、課外活動のハイキングでクタクタになって以来ですわ」
ふわぁ〜、と気持ちよさそうな
「おはようございます、セイラお嬢様」
「おはよう、マナ」
頬っぺたにチュッとキスされた。
マナトが動揺していると、セイラは自分の頬っぺたを向けてくる。
「ほらほら、マナもおはようのキスをしてください」
「いや……しかし……従者の分際でキスなどと……」
「これは命令です。それに従者としてではなく、同級生として振る舞いなさい」
そんな無茶な、矛盾している、と思いつつ、拒否権のないマナトは従うより他にない。
ネグリジェの袖で唇をゴシゴシ。
それから慣れないキスをプレゼントした。
「ステキですわ。こうして誰かの存在を肌で感じられるのは。心が落ち着きます」
「いくらでもご学友がおりますよね? ここは寄宿舎なので」
「分かっていませんね、マナは」
「???」
セイラの言葉の意味はすぐに理解できた。
身支度を整えてから食堂へ向かったとき……。
ピタッ!
場が一瞬、水を打ったようになる。
「セイラ様だわ」
「生徒会長様だわ」
「今日もおうつくしい」
「後ろに控えているのは見ない顔ね」
「ほら……あの人よ……例の……」
「ああ、ご実家から連れてくると噂の……」
「さすが法隆家ね、従者も凛々しいのね」
「なんとお似合いの2人かしら」
ざわざわざわ。
セイラに対する称賛があちこちから飛んできた。
なるほど。
女学院のスターのような扱い。
学友というよりは、芸能人とファンのような距離感がある。
「おはようございます、
女生徒が1人、わざわざ進み出てきて、女王様に向かってするように礼をした。
「今日も
時代劇のワンシーンみたいだな。
マナトは笑いたいのを必死に我慢する。
「ありがとう。あなたも元気そうね」
「はい、先日、私の父が経営する会社へ、法隆グループが出資してくれることが決まりました。おかげさまで、従業員とその家族の暮らしを守れます。白姫様にもお礼を、と思いまして」
「なるほど。ですが、父たちが決めたこと。私は礼をいわれる立場にありませんわ」
「ですが……しかし……」
セイラは彼女の髪をすくって、髪留めを1つ外した。
「この髪飾り、かわいいわね。あなたのご実家の会社が製造したものでしょう。お礼ということでしたら、いただいてもよろしいかしら?」
「はい、もちろん! 1つとはいわず、10本でも、100本でも差し上げます!」
「ありがとう。1つで十分よ。大切にするわ」
愛犬みたいにニコニコしている少女に向かって、セイラは柔らかい笑顔を返す。
さすが、お嬢様。
マナトは内心で拍手しておく。
「相変わらずの人気者ね」
「朝からモテモテじゃない」
セイラのことを
1人はアケミだったが、もう1人は初めて見る顔だった。
「あら、チトセさん。もう風邪は治ったの?」
「おかげさまで。今日から生徒会の仕事に復帰できるわ」
「あなたが不在のあいだ、とっても大変でしたよ」
「大げさな……買い被りが上手いのですから」
きれいな黒髪ロングの女性だった。
くりっとした目つきと、花弁なような唇が愛らしい。
女性にしては背が高い。
おそらくセイラと同等、165cmから170cmはあるだろう。
腰はシュッと締まっているのに、膨らむべき部分は膨らんでいる。
姿勢もうつくしいから、着物が似合うと思われる。
ハッとするような美人さん。
まさしく
「はじめまして、セイラさんの従者さん。私は
「はじめまして、海馬マナと申します」
笑うと人好きのする顔立ちになる。
たとえるなら、1秒で好きになりそうな。
「マナさんは、この学園に伝わる
チトセの口から興味深い話を聞かされた。
「初耳ですが……先ほど耳にした、白姫様、というキーワードがそれですか?」
「ご名答よ。さすが従者さん。お利口ね」
パチパチパチと拍手される。
「四ツ姫というのは……そうね……手短にいえば聖クローバー女学院のTOP4……教養、振る舞い、気品、人格、学業すべてにおいて秀でた生徒が選ばれるの。そして、歴代の四ツ姫の中でも、もっとも優れていると呼び声が高いのが……」
チトセが指さした先には、むくれ顔のセイラがいる。
「持ち上げすぎですわ、チトセさん。私が歴代の四ツ姫を超えているなんて……。そもそも、皆さんは歴代の四ツ姫をご存知ないでしょう」
「いいのよ。あなたに夢を託しているのよ。歴代最高の四ツ姫と同級生だなんて、ロマンチックじゃない」
セイラはジト目になった。
それをマナトの方へスライドさせた。
「ちなみに、食堂内に四ツ姫がもう1人います。
「え〜と……」
困ったぞ。
この空間には50人くらいいる。
教養があって、気品もあって、立ち振る舞いがきれいで。
なおかつ、人望もあるとなると……。
チトセと目が合った。
うふふ、と笑い声が聞こえた。
「まさか?」
「はい、私が現黒姫にして、生徒会の副会長を務めております、佐々木チトセです」
1個のテーブルに女学院のNo.1とNo.2がそろっていた。
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