第11話

 お風呂上がり。

 セイラの部屋には、セクシーかつ甘いムスクの香りが充満していた。


「あ〜、とっても気持ちいいですわ〜。もうちょっと上を……ああ、そこです、そこ! もっと強く刺激してください!」


 色っぽい声がひっきりなしに鼓膜こまくを刺してくる。

 強くなったり、弱くなったり、ときどきあえぎも混じっている。


「私の体がとろけてしまいそうですわ〜。実家からマナを呼んで正解でしたわ〜」

「お嬢様、あまり変な声は出さないでください。誰かに聞かれたら、誤解されますよ」


 マナトはご主人の体に馬乗りになっていた。

 それだけでも十分な背徳感があるのに、セイラから指示されたポイントを刺激して、高貴なる体に快楽を与えていた。


 マッサージである。

 資格を持っているわけではないが、プロから指導を受けたことならある。


「だってぇ〜、マナのテクニックが、しゅごいのですから〜」

「私をおちょくっていますよね?」

「天国にいるみたいだわ〜」


 セイラの胸は女性平均よりはるかに大きい。

 ゆえに肩とか腰がりやすいのである。


 その点は同情する。

 のだが……。


「マナのその格好も、ステキですわ〜」

「バカにするのは、1時間に3回までにしてくれませんかね?」


 神経が密集しているポイントを指圧してみた。

 エビ反りになったセイラの口から、イタタタタタッ! とうめき声がもれる。


 たまには反撃したくもなる。

 それほど、男としての自尊心は傷ついていた。


「はぁはぁ……今夜のマナは攻撃的ね……微Sな従者もステキですわ」


 もう一度、痛みのツボを刺激しておいた。

 しかし、セイラを喜ばすだけの効果しかなかった。


 マナトが怒っている理由。

 それは服装にある。


 お風呂から上がったら、ワンピースタイプのネグリジェが用意されていたのだ。

 よりによって、フリルがついた淡いピンク色のやつ。


 これでは、お姫様⁉︎

 いや、玩具おもちゃじゃないか⁉︎


 セイラは色違いのブルーを着ていた。

『私とマナは、今夜からおそろっちよ!』

『一緒のネグリジェで寝られるのよ!』


 おそろっち?

 そんな俗世の言葉を覚えたなんて。

 聖クローバー女学院は、マナトが思っているほど、奥ゆかしい場所ではないのかもしれない。


「かわいいわ、私のマナ! もっと近くでその姿を見せてちょうだい!」


 セイラはくるりと仰向けになると、赤ちゃんみたいに手を伸ばして、マナトのことを求めてくる。


「恥ずかしいのです。こんなお人形みたいな格好」

「ごめんなさいね。新しい趣味に目覚めてしまったみたいです。マナにかわいい格好をさせてみたいという欲求が、ムクムクと湧いてきますわ」


 セイラはお人形遊びが大好きだった。

 家がお金持ちだから、服から小物から食器に至るまで、有名ブランドのドールハウスを集めまくっていた。


 もう何年も昔の記憶であるが……。


 当然、マナトは遊び相手に任命されるわけである。

 まさか、自分がお人形にされる日がやってくるなんて。


「大しゅき!」

「はぅ……」


 抱きしめられる。

 セイラの胸で窒息ちっそくしそうになる。


 これは屈辱だ。

 従順で、顔がきれいで、女性の服が似合うなら誰でも好きというのか。


「いい加減にしてください!」


 とうとう我慢の限界だった。

 セイラの体を突き飛ばしたのである。


 やってしまった!

 すぐに血の気が引くほど後悔した。


 これは立派な暴力。

 法隆の家にチクられたら、マナト1人の問題で片付くかどうか。


 ところが、セイラの口から返ってきたのは、キャッキャという笑い声だった。


「マナのさっきの表情、とってもそそりますわ。もう1回やりなさい。いい加減にしてください! と私を突き飛ばしなさい」

「うっ……」


 セイラが犬みたいに寄ってきて、ほらほら、と催促さいそくしてくる。


 これほど従いたくない命令もない。

 暴言を吐いて、突き飛ばすなんて。


「いい加減にしてください……」


 ちょこん。

 猫がなでるくらいのパワーで押してみた。


「あぅ!」


 セイラは大げさにひっくり返る。

 小学生みたいに足をバタバタさせて笑っている。


「あはは、昔を思い出しますね。お人形遊びのとき、よくケンカしましたね」

「あれはお嬢様が私の忠告を無視するから」

「そうでしたっけ?」

「たまには雨の日がないと楽しくない、といって、じょうろの水でお部屋をずぶ濡れにしてですね……」


 大変だった。

 セイラの両親に怒られて、2人で片付けをやらされた。


「私が変なことを思いついて、その都度、あなたを巻き込んでいたと?」

「そうです。今回の件も同じです」


 セイラはひどいな、と思う。

 せっかく1年ぶりに会えたのに、こんな服装をさせて、1人だけ楽しんでいる。


「ありがとう」


 チュッと。

 マナトの頬っぺたにキスが落ちてきた。

 セイラは母親みたいな優しさで頭をナデナデしてくる。


「感謝していますよ。昔も、今も。あまり伝えてきませんでしたね」

「いや……別に……感謝の言葉が欲しいわけでは……」

「まったく。素直じゃないところが愛らしい」

「あのですね……」


 この日、何回目か分からない大好きのハグを食らった。

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