第9話

 ここは聖クローバー女学院。

 女子率100%のサンクチュアリのはずだが……。


「なっ……⁉︎」


 マナトの心臓は凍りついた。


 プロレスラーのような大女が立っている。

 戦うことに特化したような、筋肉質なボディをしている。


 ゾッと恐怖が込み上げてきた。

 トイレに向かおうとしたら、野生のゴリラと出くわした気分だった。


 怒らせたら殺される。

 少なくとも、骨の3本や4本はやられる。

 そのシーンを想像して、背筋をツーッと冷や汗が落ちる。


「あら、意外と重いのね、子猫ちゃん」


 マナトの体が床から浮いた。

 お人形で遊ぶみたいに、上げたり下げたりしてくる。


「えらいわ。華奢きゃしゃな体つきなのに、ちゃんとインナーマッスルを鍛えているのね。感心だわ」

「すみません……気がすんだら、放していただけませんか」

「おっと、失礼」


 どうやら悪い人じゃなさそうだ。

 自由を取り戻したマナトは、乱れた制服を軽くパンパンする。


「中等部の生徒じゃないわよね。新しくやってきた高等部の生徒かしら。学年とお名前は? 私がお部屋まで案内してあげるわ」

「え〜と……」


 背後でドアの開く音がした。


「その必要はありませんわ、アケミさん」


 セイラだった。

 マナトはご主人様のところへダッシュする。


「ちょっと、お嬢様、よろしいですか」

「なんです?」


 アケミに聞こえないよう、ヒソヒソ話する。


「あいつが犯人でしょう。どっからどう考えても男でしょう」


 身長2m弱、体重90kg超はあるだろう。

 あんな女子高生、日本にいてたまるか、というのが率直な感想である。


「いいえ、あの方は間違いなく女です。筋力トレーニングのやりすぎで、いささか男性ホルモンが多めに分泌ぶんぴつされておりますが、紛れもないレディです」


 セイラの説明はこうだった。


 名前は剛田ごうだ・ウランバートル・アケミ。

 モンゴル人と日本人のハーフ。


 父はモンゴル相撲の名手として。

 母は女子レスリングの日本代表として。

 ともに大会で好成績を残した、いわばサラブレッド的存在らしい。


「マナも新聞やニュースで見たことあるでしょう。女子砲丸投げの日本代表候補として名前があがる……」

「ああ……」


 東洋の巨神タイタン

 未来のオリンピアン。

 剛田・ウランバートル・アケミ、その人だった。


「野生のゴリラとタイマンを張れそうな骨格ですが、本当に女なのですか?」

「間違いありません。というのも……」


 去年の夏。

 慰安旅行があった。

 とある有名な温泉宿を貸し切って、聖クローバー女学院の生徒が一泊したのだ。


 セイラとアケミは同室だった。

 部屋のベランダには露天風呂がついていた。


「私とアケミさん、一緒にお風呂に入りましたから。この目で確認しています。彼女は絶対に白なのです」

「ふむ」


 セイラがそういうのなら白で確定だろう。

 アケミのところへ引き返した。


「子猫ちゃんを怖がらせてしまったかしら。私、こんな体格だから、歩いているだけで周りを威圧してしまって。ごめんなさいね」


 アケミの口から、むふふ、と中年みたいな声がもれる。

 首の筋肉が発達しすぎて、声まで男に似ちゃったらしい。


「こちらこそ、失礼しました。セイラお嬢様のお友達とは知らず……」


 凛々りりしい女従者に戻ったマナトは、折り目正しく頭を下げておく。


「セイラお嬢様? ああ、あなたがうわさの……」

「そうです。私が法隆の家から連れてきたお供です」


 とセイラ。


「海馬マナと申します」

「私は剛田・ウランバートル・アケミよ。よくモンパチとか、ホーガンとか、変わったあだ名で呼ばれるけれども、普通にアケミでいいわよ。よろしくね、マナちゃん」

「はい、アケミさん」


 とりあえず握手を交わした。

 アケミの手は岩みたいにゴツゴツしており、頼もしい味方を見つけた気分になった。


「ちなみに、握力はおいくらですか?」

「いやん、出会ったばかりのレディに握力を質問するなんて、いけない子猫ちゃんね」


 茶目っ気のある言い回しがおかしくて、マナトは吹き出してしまった。

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