第8話

 一緒に寝る⁉︎

 ご主人と従者が⁉︎


 お話にならない、とマナトは思った。


 セイラはいずれ法隆の家を継ぐ立場なのだ。

 男に接触することすら警戒すべき女性ひとなのに。


「諦めてください。セイラお嬢様の命令でも、この部屋で一緒に暮らすことは不可能です」


 マナトはピシャリと現実を叩きつけた。


 従者のくせに生意気だ。

 そう思われたかもしれない。


 むしろ本望ほんもう

 嫌われた方がマシ。


「私に逆らうというのですか?」

「主人が道を間違えそうになったとき、苦言をていするのが、従者として取るべき行動でしょう」

「なっ⁉︎」


 セイラはショックを受けたらしい。

 はぁぁぁあ〜、と長いため息をつくと、大の字になってベッドに倒れた。


 やれやれ。

 ねてしまったか。

 こう見えて、意外に幼い一面があるからな。


「どうしてもというのでしたら、寝袋を用意してください。私は床で寝ますから。それなら一線を越えずにすみます」

「……………………」

「お嬢様?」


 返事がなかったので、マナトは眉を持ち上げた。

 本格的に怒らせたかな? と反省した数秒後……。


「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ! マナのバカ! マナのバカ! マナのバカ! 私がこんなにお願いしたのに! 帰るなんて! 帰るなんて! ひどいですわ! 私のメンツは丸潰れですわ! 恥ずかしくて法隆の家に帰れませんわ!」


 手足をバタバタさせて、駄々をこね始めたのである。

 これでは高校生の制服をまとった幼稚園児だ。


「お嬢様、落ち着いてください!」


 こんな姿、誰かに見られたら恥ずかしすぎる。

 というか、声が廊下まで聞こえている。


「マナの鬼! マナの悪魔! マナの人非人ひとでなし! あなたは今、この法隆セイラを泣かせたのですよ! あなたの両親にチクってやります!」

「お願いですから……怒りをしずめてください!」


 するとバタバタが止まった。

 セイラはベッドのふちに座って前屈みになる。


「でしたら、私の頭をナデナデしてください」

「いや……それは……」

「一度ならず二度も逆らうのですか?」

「うっ……」


 大人しく従っておいた。

 1年ぶりに触れるセイラの金髪は、それはもうシルクのような指通りだった。


「懐かしいですわね、マナ。昔はよく、2人でおままごとしましたね」

「それは6歳くらいの記憶でしょう」


 セイラの口角がキュッと持ち上がる。

 怒ったり、笑ったり、忙しい人といえよう。


「いいですか、マナ。あなたは私の従者なのです」

「はい」

「この1年、どのような貢献をしてきましたか?」

「それは……」

「つまり、貢献ゼロですか?」

「なっ⁉︎」


 卑怯だぞ。

 離れていたから、手紙を書くくらいしかできない。


「あなたは1年分のマイナスがあります。これはマイナスを返済するチャンスなのです。よって、今夜から私の隣で寝なさい。そして、話の相手になりなさい」

「ですが……しかし……理由があまりにも薄弱なのでは?」


 セイラはチッチッチと指を振る。


「ここで一人暮らしをはじめてから、私は不眠に苦しんでおります。法隆の屋敷にいたときは、家の者が添い寝してくれましたが、それがなくなったせいです。マナが私に添い寝して、主人の不眠を解消しなさい」

「それ、本気でいってますか?」

「本気の本気です」


 セイラの目つきは真剣そのものであり、冗談をいっているとは思えない。

 マナトは腰に手を当てて、やれやれと首を振った。


「わかりました……が、いったんトイレへ行かせてください」

「トイレならそこにありますわよ」

「外のトイレを利用します」


 マナトは廊下に出た。

 雑念が頭の中をグルグルしている。

 そのせいでコーナーから出てくる人影に気づくのが遅れた。


 ぶつかる。

 けっこう痛い。


「おっと、ごめんなさい」

「こちらこそ……」


 バランスを崩しかけたマナトの肩に大きな手がかかった。

 男であるマナトより1.5倍は面積がある手だ。


 そこから伸びる腕。

 丸太のようにムキムキしている。

 しかも、ヒジキのような剛毛まで生えている。


 一瞬でわかる。

 圧倒的強者のオーラ。


 マナトがぶつかったのは相手の胸板だった。

 向こうの方が20cmから30cmくらい背が高いことになる。


「あら、かわいい子猫ちゃん。見ない顔ね。どこから迷い込んだのかしら」

「……⁉︎」


 女とは思えない野太い声が降ってきた。

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