第7話

 ため息が出そうなほど広い聖クローバー女学院の敷地を、断片的にではあるが、マナトは知っていた。


 鉛筆を立てたような時計台。

 あれはセイラが写真を送ってくれたやつだ。


 ハスとスイレンが美しい池。

 こっちはセイラがスケッチを送ってきたもの。

 瓜二つの光景となっている。


 アーチ状になっている木々のトンネルを潜っていく。

 ふいに視界が開けたかと思うと、貴族の邸宅マナー・ハウスのような屋敷が目に飛び込んできた。


 5……10……15はある。

 すべて女生徒の寄宿舎というから驚きだ。


 古いものは風雨でところどころ傷んでいるが、セイラが立ち止まったのは、真新しいお屋敷……いや、お城のような建物だった。


 本日、何回目か分からないため息が出る。

 本当に場違いなところへやってきたのだ、と。


「ここで今日からマナは暮らすのです」


 セイラに続いて入り口を抜けた。


「どうです?」


 ちょっと誇らしそうな視線を向けられる。

 それもそのはず、この新寄宿舎は、おもに法隆家の寄付によって建てられた。


 1階ロビーの両脇に、聖人や天使の彫刻が並んでいる。

 ふと頭上を見れば、サラリーマンの年収くらいしそうなシャンデリアが輝いていた。


 きれいな花が四隅に活けられている。


 どれも新鮮だ。

 セイラによると、生徒たちが当番制で花を交換しているらしい。


「ここの学生は、基本、相部屋となりますが……」


 セイラが階段を上りながら説明してくれる。

 マナトはキャリーバッグを持ち上げて、ふかふかの絨毯じゅうたんに足を取られないよう、気をつけながら追いかけた。


「女学院に寄付すれば、1人部屋が割り当てられるのですか?」

「そうです。数には限りがあります」


 1年生の時は3人部屋。

 2年生の時は2人部屋。

 1人部屋をもらえるのは3年生になってから。

 これが一般の生徒のケース。


 セイラのように大口寄付している家の女子は、入学時から1人部屋を割り当てられる。


 いわばエリート中のエリート。

 毛並みのいい女生徒だけが、この一等寄宿舎に集まっている。


「例のブツが発見されたの、この寄宿舎なのですよね?」

「そうですわ。確定ではありませんが、犯人はこの中にいる可能性がもっとも大きいです」


 そんな会話をしているうちに3階についた。


「ここがマナの寝起きする部屋です。開けなさい」


 入り口のドアはシンプルな一枚板だった。

 けれども、高級な木材を使用しているのは明らか。


 ガチャリ。

 ドアを奥に押し込む。

 マナトを待っていたのは、スイートルームのような豪華客室……ではなく、シンプルなつくりのお部屋だった。


 大きなベッドが壁際に配置されている。

 勉強机が一つ、小さなテーブルが一つ、ベッドを挟むように置かれていた。


 けっして安っぽい調度品ではない。

 けれども、建物の外観には不釣り合いという気がする。


 部屋にはシャワー、湯船、トイレもついていた。

 法隆家にあるそれに比べると、半分か、さらに半分の面積しかない。


 マナトは、はぁ〜、とマヌケな声を上げる。

 お嬢様育ちのセイラが、よくこれで我慢できるな、と。


「勘違いしないでください、マナ。過ぎたる贅沢ぜいたくは毒になる。そのくらい、私も理解しております」

「さすがお嬢様です。一般的な日本の家庭に住んでいる高校生は、このサイズの風呂やトイレを毎日利用しております」


 そんなことより、とマナトは切り返した。


「ここが私の寝起きする部屋、とお嬢様はおっしゃいましたか?」

「ええ、そうです」


 何かの間違いかと思ってキョロキョロする。

 どういうわけか、すでに生活感があるのだ。


 本棚も。

 クローゼットも。

 ここが使用中の部屋であると主張している。


 戸棚を開けてみた。

 女性物のコスメアイテムがびっしり詰まっている。


 この持ち主は誰なのか?


 当てはまる人物は1人しかいない。

 いまマナトの側に立っている女性。


「ここはセイラお嬢様のお部屋ではありせんか?」

「そうです」

「それなのに、私が寝起きする場所なのですか?」

「そうなります」

「もしかして、いや、もしかしなくても、お嬢様はより大きな部屋へお引っ越しされるのですか?」

「いいえ、この部屋で引き続き生活します」


 マナトはキャリーバッグを持ち上げた。

 黙って帰ろうとしたら、襟首えりくびをつかまれた。


「どこへいくのです⁉︎」

「申し訳ありません。これから法隆のお屋敷へ帰ります」

「待ちなさい! 車はすでに出発しましたよ⁉︎」

「歩いて帰ります。3日くらい耐えれば、生きて帰れるでしょう」

「それは許しませんわ!」


 許さない?

 それはマナトのセリフだ。


「これまでの情報を総括そうかつすると、私とお嬢様は同じ部屋で生活する、ということになります」

「ええ、そうですわ。それがマナに課せられた任務ですわ」

「100歩ゆずって、同じトイレやシャワーを利用するのは良いでしょう。寝床はどうなるのです? 私に床で寝ろと? それとも、簡易ベッドを持ち込むのですか?」

「それなら心配ありませんわ」


 セイラはベッドの端っこに腰かける。


「十分な広さがあります。2人が楽に寝られます」


 大きさをアピールするように両手を広げている。


「話になりません。お嬢様と従者が同衾どうきんするなど。そこの窓から飛び降りろ、という命令の方が、まだマシです」

「なんですって⁉︎」


 セイラのブルーサファイアの目が限界まで開かれて、氷の女王のような圧を送ってきた。


「もう一度いいます。お嬢様と同室は無理です」


 転入1日目。

 マナトとセイラのあいだで火花が散った。

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