第5話

「さあ、触ってみなさい」


 こんな脅し、この世に存在するだろうか。


 今すぐ胸を触れという。

 じゃないと、許さないと。


 マナトの内側でドドドドドッと工事のような音が鳴った。


 知っている感覚だ。

 昨年の女装コンテストでも、舞台袖ぶたいそでのところに立って、客席のエキサイトした空気を意識したとき、心臓がオーバーヒートしそうになった。


 許してほしい、見ないでほしい。

 そんな気持ちでパニックになりそう。


「ああっ! もうっ! じれったいですわね!」


 しびれを切らしたセイラが、マナトの手首をつかんだ。

 問答無用とばかりに胸の方へ押しつけた。


 想像していた3倍くらいの弾力が返ってくる。


 けっこう硬かった。

 下着でガッチリ固定しているせいか。

 マシュマロなんかとは全然違う。


 これがセイラの胸。

 女の子としてのデリケートな部分。


「いけません……お嬢様……」

「そうはいっても、マナの体は喜んでいるじゃありませんか」

「違います、これは」


 セイラはいたずらに成功した子どもみたいに笑う。


「爆発するものじゃありませんし、触って縮むものでもありません。だから、安心しなさい」

「ですが……しかし……」

「それに心を許した女子同士なら、遊びで触ることもあります」

「なんですって⁉︎」


 これは聞き捨てならない情報だった。


 もし仮に、だ。

 マナトが他の女子と仲良くなったとしよう。

 胸を触ったり、触られたり、ということが発生しうるのか。


 平和で安全だと思っていた聖クローバー女学院。

 とても危険でおぞましい場所に思えてくる。


 車がスピードを落とした。

 つづら折りの道をくねくねと登っていく。


 赤レンガの壁がしばらく続いた。

 それが途切れた瞬間、とても田舎とは思えない、おしゃれな鉄のゲートが姿をあらわした。


「ここから先は歩きます。あそこで手荷物の検査を受ける必要があります」


 車から降りたマナトは、あらためて鉄のゲートを見上げた。


 とても大きい。

 法隆家のそれも巨大だが、こっちの方が一回り大きく、天国か地獄の入り口かと錯覚さっかくしそうになる。


 その先に広がっているのは、豪華ごうか絢爛けんらんなおとぎ話のシーン。


 植えられている木々や草花は、どれも瑞々みずみずしさに満ちている。

 ごうごうと水音を奏でる噴水も、白亜のお城のような教会も、一つ一つが芸術作品のように輝いていた。


 都会にはいない野鳥が、木から木へと渡っていった。

 その鮮やかな羽を目にした瞬間、マナトの心はダンスしたように明るくなる。


「悪くない場所でしょう。一見、刺激が足りないようでいて、その逆ですわ。古い小説に出てきそうな光景が、ここには無限に存在しています」


 パッと見た感じだと、どこにも電線は通っていない。

 すべて地中に埋められているようだ。

 地震には強い土地らしい。


 無骨な電柱が1本もない代わりに、レトロなガス灯をした街灯が並んでおり、古いヨーロッパさながらの雰囲気を味わえる。


「さあ、眺めを楽しむのは検査が終わってからですわ」


 手荷物のチェックは思ったよりも時間がかかった。


 キャリーバッグの中身は、全部テーブルの上に並べられる。

 筆箱の中から、ポーチの内ポケットに至るまで、たっぷりと調べられた。


 それが終わったらマナトの体。

 制服のポケットをチェックされる。


「彼女は法隆家で生まれ育った従者なのです。さすがにスカートの内側まで調べる必要はないと思いますが」


 セイラがそういった瞬間、検査はフィニッシュ。

 マナトの背中は冷や汗でベタベタに。


「とても厳しいのですね」


 周りに誰もいないことを確認してから、マナトは小声でいった。


「元から校則に触れるような私物の持ち込みには厳しいところです。あの事件があって以降、より一層締めつけが厳しくなりました」


 セイラがやるせなさそうに首を振る。


「いくら必要な措置そちとはいえ、生徒からの評判は良くありません。それを解消するためにも……」


 真相を究明しないといけない。

 そのためにも犯人の特定は不可欠というわけか。


「さっそくですが、理事長に初日のあいさつしにいきます。聖クローバー女学院では、理事長が、校長先生としての役割も兼ねております」


 つまり最高権力者というわけか。

 マナトの脳裏には、50がらみのおばさんの顔が浮かぶ。


「ちなみに、理事長は知っているのですか?」

「知っています。この女学院で、私以外に、マナが心を許せる唯一の相手となります」


 こういう会話をしている最中も、きれいな花壇かだんをいくつか通りすぎた。


 右手には鮮やかなこいを遊ばせている池がある。

 マナトのことを歓迎するように、足音に反応した鯉たちが寄ってくる。


「ここに理事長はおられます」


 セイラとマナトは洋館のような建物の前で足を止めた。

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