第2話

 セイラたちの家族会議は、屋敷の南に位置している、朱雀すざくの間にておこなわれた。


 テーブルの奥まったところにセイラの父。

 それを挟むようにセイラの母、マナトの父が腰かける。


 一方、セイラは父からもっとも遠い位置に座った。

 マナトは影のように後ろで起立しておく。


 これから何が話し合われるのか。

 従者であるマナトは、まったく予想できない。

 セイラのピリピリした様子から察するに、嬉しい報告ではなさそう。


「お父様、お母様、ご健勝で何よりです」


 まずは当たりさわりのないあいさつが交わされた。

 セイラの学業のこととか、屋敷で飼っている犬の成長とか、一般家庭と変わらない会話が続く。


「時にお父様」


 セイラが声のトーンを落とす。


「聖クローバー女学院において、よからぬ事件が起こったこと、学園に多大なる寄付をおこなっているお父様なら、ご存知でしょうか?」


 セイラの父は、妻の方をチラ見して、バツが悪そうな顔をした。


「そう……だな。真相を究明中とは、理事長から報告を受けている。どうなのだ? 誰かのイタズラではないのか?」

「イタズラ?」


 セイラは信じられないという風に首を振る。

 本気で怒っているんだな、というのがマナトには伝わってきた。


「聖クローバー女学院の管理レベルは、本邦においてトップレベルです。都会から離れた山奥で、美しい自然に囲まれて、理想の婦女子教育をおこなう。そのために、教師、守衛、その他スタッフ、出入りする業者まで、すべて女性に限定している、女子率100%の絶対的サンクチュアリなのです。よりによって……そのような聖域で……」


 セイラは電子デバイスをタカタカと操作した。

 プロジェクターに接続して、とある画像を映し出す。


「なっ⁉︎」

「まあ⁉︎」

「これは⁉︎」


 セイラの父、セイラの母、マナトの口から三者三様の声がもれた。

 マナトの父だけが、眉間にシワを寄せて、怜悧れいりな執事の仮面をキープしている。


「おぞましいです。まさに悪魔的です。清き乙女を受け入れて、清き乙女のまま送り出す。それをスローガンとする聖クローバー女学院において……このようなけがらわしい……こ……こ……こ……こ……こ……こん……こん……こんこんこん……こんこんこんこん……」


 動揺のあまり、セイラがキツネになっていたので、


「まさかの避妊具ですか」


 マナトの父がフォローした。

 セイラの美顔は2つの意味で真っ赤っかに。


 ようやく状況が理解できた。

 うら若き乙女を集めた空間で、あってはならない物が発見された。


 何のための避妊具なのかは、あえて想像しないでおこう。


 持ち込んだ人物がいる。

 この瞬間も敷地内で生活している。


 セイラはこほんと咳払いして、おぞましい画像をクローズした。


「見つかってしまったものは仕方ありません。物証は学院内の金庫に保管して、生徒会メンバー、理事会メンバーが、それぞれ鍵を持っております。両者の合意抜きに、金庫を開けることも、動かすこともできません。むしろ、問題なのは、誰が犯人なのかという一点ですが……」


 真っ先に疑われたのは、出入りしている業者。

 そして女学院が雇っているスタッフたち。


 本人たちに事情を説明した上、同意書にサインしてもらい、本当に女かどうかの身体検査をおこなった。


 結果はすべて白。

 男はいなかった。


「ちょっと待て、セイラ。その避妊具はどこで見つかったのだ?」

「私たちが寝起きしている寄宿舎の中ですわ」

「なんと……」


 セイラの両親が顔を見合わせている。


 寄宿舎には、たくさんの令嬢がいる。

 名だたる企業の経営者、有名な政治家を父母に持つ。


『お前たちが怪しいから身体検査させろ』


 そんな命令を出した日には、山のようなクレームが届く。

 それは、元女学院生だった教師陣にもいえること。


「私が調査したいのは山々です。しかし、生徒会の仕事があり、満足に動ける立場にありません。そこでマナト……」


 それまで影だったマナトに全員の視線が集中する。

 まさか……この流れは……。


「あなた、明日から私のお供として、聖クローバー女学院に入学しなさい! 私と一緒に犯人を突き止めるのです! 通っている高校には、法隆家から連絡を入れておきますので、新天地でのミッションに専念しなさい!」


 寝耳に水とはこのことだ。

 いくらセイラが主人とはいえ、この要求は死ねの一歩手前くらいに重い。


「それがいい。もし、男が潜んでいるのが本当なら、誰かがセイラの身を守らなければならない。護身術に長けているマナトが適任だと思うのだが……」


 セイラの父は、頼れる執事に視線を向ける。


「仰せのままに」


 マナトの父がいう。


「なら、決まりね。頼りにしているわ」


 セイラの母は嬉しそうに手を合わせる。


「ちょっと待ってください! 女学院ですよね! 私は生まれも育ちも男なのですが!」


 マナトは抗議してみたものの、それが何の意味もなさないことは、火を見るよりも明らかだった。

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