この女学院の中に不埒者(♂)が1人いる⁉︎

ゆで魂

第1話

 ふいに目の前が真っ暗になった。


「だ〜れだ?」


 甘ったるい猫なで声に、心臓のあたりが熱くなる。

 驚きのあまりよろけてしまい、背中にふくよかな胸が触れた。


 マナトが一番よく知る人。

 そして、ここにいるはずがない女性の声だった。


「セイラお嬢様……ですか?」

「あったり〜」


 手に持っていたほうきを落としそうになった。


 シルバーに近い金髪が1年前より伸びている。

 背は最後に会った時とほとんど変わらないが、大人の色気のようなものが増していた。


 マナトが仕えるべき人。

 いずれ法隆ほうりゅう家の当主となるレディ。

 法隆セイラは、ブルーサファイアの瞳に、大いなる海のような優しさを宿していた。


 セイラは日本人である。

 その両親も同じく日本人である。


 なぜセイラが北欧人のような見た目をしているかというと、隔世かくせい遺伝いでん、俗にいう先祖返りというやつだ。


 祖父の祖父が、ヨーロッパへ留学中、向こうのご令嬢と結ばれた。

 100年くらいの歳月を経て、セイラに海外の血が濃く現れたのである。


 まるで王女様のように品がある。


 日本人にしては高い身長も。

 スラッと伸びた手足も。

 宝石のような瞳も。

 ひとたび街を歩けば老弱男女の心を奪ってしまうだろう。


 実際、パーティー用ドレスを着たセイラの立ち姿は、それはそれは妖精のように美しい。


「本当にセイラお嬢様なのですか? 幽霊ではありませんよね?」

「私はちゃんと生きているわ。ほら、足だって生えているでしょう」


 セイラはおどけたように笑って、自分の足元を指さした。


 もう一度、セイラを見つめる。

 聖クローバー女学院の制服を着ている。

 チェック柄のプリーツスカートに、ブラウスとキャラメル色のカーディガンという、25年前から変わらないスタイルだが、少しも古い感じはしなかった。


 胸元のところに校章……四つ葉のクローバーが光っている。

 それぞれの葉が、希望、誠実、愛情、幸運を意味するのだ。


 いけない! とマナトは空想を振り払った。

 こうしてセイラが帰ってきたということは、急用に違いない。


「本日はどのようなご用件で?」

「私の学園のことでね。お父様たちにご相談が。もちろん、マナトにもお話があります」

「わかりました、お嬢様。話し合いが終わるまで、私は部屋の外で待機しております」


 マナトの言い方が気に入らないのか、セイラは頬っぺたを膨らませ、胸の下で腕を組んだ。


「あなた、昔は俺といっていませんでしたか?」

「そうです。今でも高校では俺をつかっています」

「あと、お嬢様はやめなさい。2人きりなのですから。昔のようにセイラでいいです」


 マナトは首を横に振った。


「それは無理です」

「私のお父様の命令かしら?」

「はい、あと私の父からもくぎを刺されています。をわきまえろと」

「まったく、明治時代じゃないのですから。旧態依然きゅうたいいぜんですわ」


 ここにいない大人に向かって、セイラは文句を垂れている。

 その言い方がおかしかったので、マナトはアハハと笑った。


「これからの家族会議、マナトも出席しなさい」

「ご命令とあらば同席します。何か発言する必要はありますか?」

「いいえ、黙って耳を傾けているだけで十分ですわ」


 白魚しらうおのようなセイラの指が、マナトのあごに触れてきた。

 品定めするみたいにクイっと持ち上げる。


「ちょっと……お嬢様」


 いきなりの顎クイに心拍数が跳ねてしまう。


「あなた、肌の美しさは相変わらずね。とても男とは思えないわ」

「お嬢様にいわれましても、嫌味にしか聞こえませんが……」

「いえいえ、重要よ。これから話し合われるのは……」


 セイラはいったん言葉を切った。

 視線を転じた先に立っていたのは、白髪しらが混じりの髪をオールバックにした人物。


「セイラお嬢様、お待たせしました。先ほど、ご当主様がお戻りになられました」


 この屋敷の執事バトラー

 海馬かいばマナトの父だった。


「掃除は後回しでいい。マナトも着いてきなさい」


 上司のようなプレッシャーに負けて、マナトはごくりとつばを飲んだ。

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