第三十七話 嫌




「来たか」


 謁見の間に入室したリートを横目で見て、アモルテスは口角を上げた。

 室の真ん中に、巨大な水晶板が浮いている。


「リート。今日が何の日か覚えているか?」


 リートは答えなかった。


「皇太子と「リート・クーヴィット」の婚約式だ」


 アモルテスがすっと手を動かすと、水晶板に映像が浮かび上がった。

 リートは息を飲んだ。

 そこに映ったのは、皇帝の前に並んで跪く、ジェラルドとライリンの姿。


「皇太子が愛する「リート・クーヴィット」はライリンが演じている。もう皇太子はお前の姿を見ることすら出来ない。見えたとしても、お前が誰なのかわからない。皇太子の周りの者もすべてだ」


 リートはジェラルドの姿を食い入るようにみつめた。


「お前は私の人形だ。私の命に従い、私の望みを叶えることが唯一の存在価値だ」


 アモルテスの言葉が、頭の中を通り過ぎていく。

 皇帝の言葉を聞いているのか、ジェラルドは目を伏せてじっと跪いている。


 気付いてほしい。

 今、隣にいるのは、リートじゃない。


 リートに贈ったドレスを着ていても、それはリートじゃない。


(私は……ここにいるのに)


 全部、創られたものだった。

 リートの存在は、生き物として産まれるためではなく、人形として暇つぶしのために創られた。


 魂を持たない、ただの人形。


 でも、それなら、どうしてこんなにも、ジェラルドのことを想うと胸がかき乱れるのだろう。


 涙がこぼれた。

 このまま、ジェラルドはライリンをリートと呼び、知らない間に魂を入れ換えられ、今のジェラルドは消えてしまう。


(そんな……そんなの)


「……いやだっ!!」


 拳を握りしめて、リートは叫んだ。

 叫んで、身を翻して走り出した。


「リート!」


 アモルテスに呼ばれても、立ち止まらずに謁見の間から飛び出した。

 どうするべきか考えて動いた訳ではない。でも、このまま、ジェラルドが消えるのをただ見ているのはどうしても嫌だった。

 廊下を走るリートに、不意に、白い煙のようなものがまとわりついてきた。


「……っ、ザルジュラック様!?」


 廊下の奥に佇むザルジュラックが、ニヤリと笑って指を鳴らした。

 すると、漂っていた白い煙が寄り集まって、雲のような形になる。


「飛び込め、リート!」


 ザルジュラックが何を企んでいるか知らない。それでも、僅かにでも、ジェラルドに会える可能性があるのなら、迷うことなど出来なかった。


 リートは歯を食いしばって、雲の塊に飛び込んでいった。



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