第三十八話 王宮へ




 一瞬の衝撃の後、目を開けたリートは自分が木の床の上に倒れていることに気付いた。

 はっと顔を上げれば、目の前には雲の形の移動装置と、見慣れた水晶板。


「ここは……」


 リートは慌てて身を起こした。

 間違いない。ここは、クーヴィット伯爵家の地下だ。


「……ジェラルドっ」


 立ち上がり、地下から出ようと階段に駆け寄った。

 だが、その前に、扉が開き、アリーテが階段の上からリートを見下ろして目を丸くした。


(見つかった……っ)


 リートは歯噛みした。このまま、アリーテが声を上げれば、リートはすぐに捕まって天界に送り返されてしまうだろう。

 リートとアリーテは、しばし、無言でみつめあった。


「アリーテ、地下から何か音がしなかったか?」


 他の者の声が聞こえた。リートは冷たい汗を流して、喉を鳴らした。


(アリーテの横をすり抜けて、逃げられるか?)


 どうあっても、捕まる訳にはいかない。


(ジェラルドに、会わなくちゃ)


 リートが覚悟を固めた時だった。

 アリーテが、くるりと踵を返した。


「なんでもないわ~。ネズミよネズミ!」

「ああ。いやになるなぁ、下界は。さっさと天界に帰りたいよ」

「きっと、すぐに帰れるわよ」


 扉の向こうで、アリーテが話す声が聞こえる。声と足音は徐々に遠ざかっていき、やがて完全に聞こえなくなった。


 リートは階段を駆け上がって、誰もいないことを確かめて外に出た。

 考えている暇はない。ジェラルドのところに、行かなくては。


(行っても、ジェラルドには私が見えないけれども……)


 それでも、


(このまま終わるのは、嫌だっ!)


 王宮を目指して、リートは走り出した。


 足がもつれそうになって転びそうになっても、決して立ち止まらず、リートは走った。

 ジェラルドがいるところへ、早く駆けつけたかった。

 走り出してしばらく経ったところで、後ろから馬車の音が聞こえてきた。


「リート様!」


 名を呼ばれて、リートは走りながら振り向いた。

 迫ってくる馬車の御者台から、ポドロが叫んでいた。

 一瞬、自分を捕まえに来たのだと思ったが、次の瞬間、ポドロはこう叫んだ。


「リート様! 載ってください!」

「!?」


 ポドロはリートの真横で馬車を止めた。


「早く! 婚約式が終わっちゃいますよ!」


 馬車とポドロの顔を眺めて、リートは戸惑った。

 ポドロがリートに協力するいわれなどない。むしろ、リートを捕まえて連れ帰らねばならない立場だ。

 逡巡するリートを、ポドロは怒鳴りつける。


「早く!」


 リートはぐっと唇を噛んで、馬車に乗り込んだ。


「飛ばしますよ!」


 馬車は走り出した。王宮へ向かって。




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