第三十六話 痛み




 すべては神々の遊び――暇つぶしだったと聞かされ、リートは燃えるような憤りを感じた。

 だが、怒りはすぐに絶望に取って代わられ、リートから立ち上がる力を奪った。

 創天宮の中の自室にこもり、茫然としたまま時間が過ぎていく。


 魂とは、生き物ならば誰もが持っているもので、運命を司る神ザルジュラックが定めた運命にふさわしい魂を、生命を司る神であるアモルテスが創って器に入れる。地上で生を全うした魂は浄天宮で浄化され、新たな魂の原料となる。稀に、地上で磨かれた魂が天界に引き上げられた場合、天界人の魂として使われる。


 下界の者も天界の者も、皆、魂を持っている。


(私には、魂がない……ただの、人形……)


 器を与えられ、設定された記憶の通りに動いていただけの、作り物。

 ザルジュラックの話を聞いた後でも、信じたくない想いでリートは胸を押さえた。

 鼓動は打つのに、ここに、魂がないというのだ。

 考えたり感じたり、泣いたり怒ったりも出来るのに、それでも、リートは魂を持たない人形だというのだ。


「うっ……」


 ぼろぼろと涙を流して、リートは床にうずくまって拳を握りしめた。


(創天宮に来る前の記憶がないことも、親の記憶すらないことも、一度も気にしたことがなかった……気にならなかった……そういう風に、創られていたからだ)


 両親から産まれる生き物として創られたのではなく、人形として、初めからこの姿で創られたのだ。


「……ジェ……ラ、ルド……」


 口から漏れた名前に、リートは自分で驚いた。


(ジェラルド……)


 神々の暇つぶしの犠牲になった少年。それでも、彼は自分の世界で立派に生きていた。優しい少年だった。


「……ハンカチ……持ってこれなかった……」


 今頃、彼の隣にはライリンが寄り添っているのか。ジェラルドはライリンに向かって「リート」と呼びかけて、優しく微笑んでいるのか。

 胸がきりきりと痛んで、息が苦しくなった。


「ジェラルドっ……」


 もう一度、名前を呼んだ。

 その時、部屋の扉が静かに開けられ、創天宮の職員が姿を現した。


「リート様。アモルテス様がお呼びです」


 リートは涙に濡れた顔を上げた。




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