第五話 気絶
リートは目を丸くしてきょとん、と遠ざかっていった皇太子をみつめた。
「あの……?」
「は!?え?え?は?お、お、」
皇太子は顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉した。
「お、お、」
「お?」
「お、女の子が俺に話しかけてきたーっ!?」
皇太子の絶叫が庭に響き渡った。
(えーっと……)
モテなさすぎて女の子に話しかけられただけで動揺している皇太子に、リートもどうすればいいかわからず硬直した。
「あの……」
「ひぃっ」
声をかけようとすると、何故か怯えられる。
すると、皇太子が何か気づいたようにハッと顔を青ざめさせて、自らの肩に触れた。
「あ、あ……」
「ジェラルド!」
わなわなと震え出した皇太子の元に、周りの貴族達の中から二人の少年が飛び出した。
「しっかりしろ!」
「気を確かに!!」
「アレス……オスカー……お、俺はもう駄目だ……か、肩に、女の子に肩に触れられた……」
「なんだって!?」
「おのれ!貴様、何が目的だ!?」
二人の少年に睨みつけられて、リートは戸惑った。
ついでに、背後から「皇太子殿下に触れたですって!?」「あの子、大丈夫なの!?」「ああっ、めまいがっ……」と何故か騒然とするご令嬢達の声が聞こえてくるのにもリートは戸惑った。
(いや、肩に触れただけ!!)
それだけで何故こんな騒ぎが起きるんだ。
「も、申し訳ありません。御無礼を……」
とりあえずこの場を収めたいので謝っておいた。
気を取り直して、皇太子に向けてにっこり笑った。とにかく好印象を与えておかねば。
「クーヴィット伯爵の娘リートと申します。皇太子殿下にお会いできて嬉しいです……」
「うわああああっ!お、俺に向けて笑いかけてる!?夢か!?それとも俺は死んだのか!?天使のお迎えか!?」
笑顔で自己紹介しただけで皇太子が恐慌状態に陥るんだが、この状況でどうやって心を開かせて魂を抜けと言うんだ。リートは内心でアモルテスに向かって呪詛を吐いた。
「あの……」
「うわああ!やめろ!話しかけるな!声が可愛い!!これ以上話しかけたら好きになるぞ!!ていうか、既にちょっと好きだから!!」
皇太子はばたばたと友人達の背中に隠れた。
「はあはあ……し、心臓が痛い……」
「おい、大丈夫かジェラルド」
「無理……」
話しかけて肩に触れて笑顔を見せただけで皇太子が息も絶え絶えである。大丈夫かこの国。いや、大丈夫じゃないからリートが派遣されたのか。
「いやはや、申し訳ありません。皇太子殿下」
バーダルベルトが歩み寄ってきてリートの肩に手を置いた。
「我が娘は貴族の皆様とお会いするのも今日が初めてでして、皇太子殿下に是非ともご挨拶がしたかったようです」
バーダルベルトとリートはこっそり目を見交わした。今日のところはこれ以上押さない方がよさそうだ。あまりにガツガツ押すと怪しまれる。
リートは大人しく身を引いた。
「大変申し訳ありません。御無礼をお許しください」
「い、いや、無礼などでは……というか」
皇太子がごくりと息を飲む音が聞こえた。
「キミは、なんで平気なんだ……?」
「はい?」
リートが首を傾げると、皇太子は琥珀色の瞳をきっと強めて意を決したように言った。
「我慢して、俺に話しかける必要はない。無理するな」
「え?してませんけど」
リートはきょとん、とした。
(あれ?そういえば、「女の子に毛嫌いされる」に私は含まれないのか。私はこの世界の人間じゃないからか、天界人だからか。別に、全然嫌な感じはしないんだけどな)
婚約者になって魂を抜くのが目標なのだから、嫌悪を感じないのはありがたい。
そう思ったので、リートは正直に言った。
「全然、嫌じゃないですよ。私は皇太子殿下のこと、嫌いじゃないです」
ばったーんっ
庭中に音が鳴り響いた。気絶した皇太子が倒れた音である。
イルデュークス帝国皇太子ジェラルドとの、これが初めての出会いであった。
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