第四話 皇太子との出会い




 三日間は隙あらば化粧や着せかえをしようと狙うアリーテとモリシャをかわしつつ、皇族と貴族の名前やこの国の歴史と文化を学ぶことに費やした。ある程度は「病弱で世間知らず」で誤魔化すとはいえ、あまりに物を知らなくては皇太子の婚約者になどひっくり返ってもなれはしない。


 皇太子の名前はジェラルド・イルデュークス。十五歳。

 皇帝グスタフと皇妃アナスタシアの一人息子。極めて優秀で臣下からの信頼は厚いものの、ご令嬢達からは毛嫌いされており婚約者はいない。あのろくでなしが本当にごめん。


 皇太子の資料を確認しながら、リートは心の中で謝った。


「リート様、制服もお似合いです!」

「本当、お可愛らしい!」


 アリーテとモリシャはリートが何を着てもいちいち褒めてくれるので、三日間ではいはいと流す癖がついてしまった。ちなみに一日の報告のために水晶板で会話するアモルテスにドレス姿を絶賛され、天界に戻ってもその格好で働けと言われた時は壮絶に嫌そうな顔で舌打ちしてしまった。


「リートお嬢様。馬車の用意ができましたよ」


 御者役の青年ポドロがにこやかに手を振るのに応え、父親役のバーダルベルトと共に馬車に乗り込んでイルデュークス帝国学園へと向かった。


 入学式というから講堂に集まって教師の話を聞くのかと思いきや、この学園の入学式は広い庭に入学する子供が両親と共に集まり銘々自由に挨拶回りしたりするという、飲食物の出ないパーティー形式のものだった。


「お久しぶりです、マーシャル侯爵夫人」

「まあ、大きくなりましたね。プリシラ嬢」

「よう、それが息子か」

「おお。そっちも三男が入学か」

「うちの娘と仲良くしてちょうだいね」

「こちらこそ」


 顔見知り同士、或いはすり寄りたい相手に挨拶をする人々の中に、バーダルベルトと共にリートも足を踏み入れた。


「あら?どちらのお家の方かしら?」

「お見かけしたことがないわ」

「可愛らしいお嬢さんね」


 あちこちから視線が注がれる。リートは居心地が悪くてもぞもぞした。


 そこへ、学園長らしき男が教師陣を引き連れてやってきて、皇帝夫妻が見えられたと告げる。すると、庭の貴族達は速やかに爵位順に並び始めた。バーダルベルトも何食わぬ顔で伯爵位の貴族に混じった。


 庭の中央に設えられた席に着いた皇帝夫妻に、公爵家から順番に挨拶と子供の紹介をし、お言葉を戴く。

 リートは皇太子の姿を探した。


(皇太子は参加しないのか?)


 姿の見えない皇太子に首を傾げているうちに、リート達の番が来た。


「クーヴィット伯爵家のバーダルベルトにございます。皇帝陛下及び皇妃陛下へ我が娘、リートをお目にかける喜びに打ち震えております」


 バーダルベルトが朗々と口上を述べる。


「おお。クーヴィット伯爵か。久しいな」


 四十代の若々しい皇帝が溌剌と笑みを浮かべる。

 存在しない伯爵家をどうやって捩じ込んだのか知らないが、運命を司る命天宮の天主はアモルテスの悪友なので、おそらくなんらかの賄賂を贈ってこの世界の人々の認識をいじくったのだろう。なんとかして悪事の証拠を掴んで諸共に断罪してやりたいものだとリートは思った。


「クーヴィット伯爵には娘がいたのか」

「はい。生まれつき病弱でして、外に出られずに領地で静かに過ごしていたのですが、近頃は見違えるように元気になりまして、これならば学園に通うことも可能かと考え連れて参りました」


 バーダルベルトに視線を向けられて、リートはたどたどしくカーテシーをした。


「リート・クーヴィットと申します。恥ずかしながら、目にする物すべて初めてで、己れの無知を思い知っております。無知故に御無礼を致しました際は、どうぞ厳しくお引き回しのほどをお願い申し上げます」


 周りで聞いている貴族達も興味深げにリートを見ている。


「あら、可愛らしい。では、お友達もいないのね」


 皇妃が微笑ましそうにリートを見る。


「はい。私の妻もこの子の幼い頃に亡くなっておりますので、令嬢の教育も出来ておらず、不作法な娘ですが……」


 病弱な上に母を亡くしているといえば、多少の不作法は大目に見てもらえるだろうというイヤラシイ設定を考えたのは天界のろくでなしことアモルテスである。


「なに、作法などすぐに身につく。このような愛らしい令嬢ならばすぐに友人も出来るだろう。リート嬢、学園生活を楽しむといい」


「ありがとうございます」


 お言葉を戴いて、ほっと息を吐いて皇帝夫妻の前を辞した時だった。


 列のずっと後方で、悲鳴が上がった。


「頼む!!頼む!!お願いだ!!」

「きゃあああっ!」

「まずはお友達からっ!!」


 金髪の少年が、列の最後尾に並ぶ少女にひざまずいて何かを懇願していた。


「友達でいいんだ!たまに会話するぐらいで!!」

「いやです!絶対に!!」


 帝国の皇太子が、並んでいる位置からしておそらく平民の特待生であろう少女に友達になって欲しいと頼み込んで、遠慮なく拒絶されている。


 リートは頭を抱えたくなった。本当、うちのろくでなしがすみません。


「何をしているの!?」


 皇妃がさっと立ち上がったかと思うと、ドレスの裾をさばいて軽やかに走り抜け、息子の脇腹に畳んだ扇を華麗に突き刺した。


「げふぅっ……は、母上?」

「女の子に近寄るんじゃありません!!可哀想でしょう!!」


 リートは唖然とした。まさか、実の母親であっても女の子の方に同情してしまうほどだとは。

 聞きしに勝るモテないぶりだ。


「だって、貴族の女子には全員に振られてるんですよっ!!他国の貴族からもお見合いすらお断りの返事が来るし!!女の子の友達をつくって俺のどこが駄目なのか教えてもらいたいんですけど!!別に結婚してくれとか婚約してくれとか言ってる訳じゃないのになんで断られるんですかね!?俺、帝国の皇太子だぞ!!友達にぐらいなってくれたっていいだろうがっ!!」


 皇太子の渾身の叫びに、周囲の女子達が引いている。


「落ち着きなさい!私もお前のあまりのモテなさに魔女の呪いを疑い国中から祈祷師を呼び寄せたこともありますが、何をしても無駄だったのです」


 酷い話だな。呪いを疑うほどモテなかったのか。


「うう……なんで声をかけただけで嫌がられるんだ……?俺は皇太子だぞ?何故、地位や金目当ての女性すら寄ってこないんだ……?」


 本当にごめん。

 リートは心の底から謝りたくなり、ついつい打ちひしがれる皇太子へ歩み寄ってしまった。


「くそぉ……どうせ、俺なんて……」

「あの」


 声をかけて、そっと手を伸ばして肩に触れた。


「大丈夫、ですか?」


 皇太子が、ゆっくりと顔を上げた。

 琥珀色の瞳と目が合い、リートは安心させるように微笑んだ。魂を抜くためには、心を開いて貰わなければならないのだ。


(本当にうちのろくでなしが申し訳ない……出来るだけ早く魂を抜いて、ちゃんと高潔で敬愛される魂を入れ直してあげますからね)


 心の中で語りかけ、リートは皇太子の顔を覗き込んだ。


「はえ?」


 皇太子は、ぽかりと口を開けて間抜け面でリートをみつめ、


「はえええええええ!?」


――突然奇声を上げて庭の隅まで遠ざかっていった。



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