3話

 メイドさんに案内された食堂は、中世の映画に出て来るような上品な部屋で、長テーブルが置いてあった。灯りは3本のローソクではなかったけど……


 上座に座っているカイザー様が、


「エミ、似合うじゃないか。変な男物の服を着ないで、女性用の服を着ると良い」

「あの、カイザー様、あの服は女性用ですよ」

「何、あれは女性用なのか……」


 自分の国では、女性用の動きやすいズボンや可愛いパンツがあって、みんな自分の好きなのを着るんだと教えた。


「騎士や冒険者でもないのにズボンを着るのか……」

「ちなみに、あれはパジャマ、寝間きです」

「なんと……(色気のない……)」


 カイザー様、聞こえていますよ。



 テーブルに案内されて座ると、食事が運ばれて来た。お皿に乗っている料理の量が、凄く多いんだけど……


「エミ、お腹が空いているんじゃないか? 好きなだけ食べれば良い」


 出された物は、頑張って食べますよ。


「はい。カイザー様、いただきます」

「うむ。エミ、あちらに戻るまで好きなだけ屋敷にいると良い」


 うぅ、優しい。さっきの失言は許してあげます。カイザー様が夢の中の人じゃなければ、アプローチするのに……


「カイザー様、お言葉に甘えます。ありがとうございます」




 食事が終わって客間に戻ると、カイザー様が来て優しく声を掛けてくれる。


「エミ、この部屋から異世界に戻ったら、次はここに戻って来るのか?もしそうなら、この部屋を開けておくぞ」


「ここに戻って来るのかは分かりません。でも、それではカイザー様に迷惑を掛けてしまいます。外の馬小屋にでも……」


「フフ。エミ、今更な気がするが?」


 うぅ、それを言われると……


「そうですね。カイザー様……」


 カイザー様は、優しく微笑んで手招きする。


「エミ、おいで……伝えたいことがある」


「何ですか?」


 近寄ると、カイザー様は、私の長い髪に指を絡ませてキスをした。


「えっ、カイザー様?」


「エミ、良い匂いだ……」


「カ、カイザー様! それは、シャンプーの香りです……」


 これは危ないと思って離れようとしたけど、いつの間にか、カイザー様の腕が腰に回っていて逃げられない。えぇぇ……ドキドキして来た……。


「シャンプーとは、髪に付いている匂いか? 私が言っているのは、エミの匂いだぞ」


「私の?」


「ああ。エミ、君は、私のつがいの様だ……」


 つがい? カイザー様の顔が近付いて来た。えっ、ちょっと待って!


「ええっ! カイザー様。ダメです!」


「エミ、可愛いな……」


 ええ――! 今度はどう解釈したの? 『ダメです』って、ここではどういう意味なのよ!


「……んぐっ!」


 カイサー様の優しいキスが止まらない……心臓の音がうるさくって……壊れそう……。





 ※     ※     ※



「う~ん、はっ!」


 目が覚めた。


 うわぁ、キスされた……ダメって言ったけど、嫌じゃなかった。ううぅ、カイザー様を好きになってどうするのよ、夢から覚めてしまうのに……はぁ~、落ち込む。


 時計を見たら朝の9時だった。ヨシ! せっかくの休みなので、起きて買い物にでも行こう。


 布団から出ると、フリフリのワンピースを着ていた。夢の中でメイドさんに着せてもらったやつだ……周りを見ても、お気に入りのパジャマが無い……


 ええ! どういうこと?


 なぜ、あのワンピースを着ているの? 夢だけど、夢じゃない? えっ、どうなっているの?


 考えても分からない……そういう時は、別のことをして気を紛らわす。私の場合はね。



 トレーナーとスキニーパンツに着替えて、買い物用のリュック背負って出かけた。


 気分転換には買い物が1番ね。パジャマ・シャンプー類と化粧品。夜はサンドイッチとシチューを作って、ワインを開ける! ふふ、食材も買わないとね。


 ランチを食べた帰り道。神社の前を通ると、何となく呼ばれている気がして……お参りすることにした。


 お賽銭を投げてお祈りする。


(縁結びの神様、夢の中の人を好きになってしまいました。カイザー様は『待ち人』ですか? それとも……)


 夢の中のことなんて、神様も分からないよね……


 はぁ、帰ろう……



 参道を引き返し、鳥居をくぐると、一瞬で景色が変わった。


「!?」


 町の通りが消えて、目の前は森になっていた。


 へっ?


 立ち止まって考えるけど、これはマズイ。


 戻ろうと振り返ったら、岩山に洞窟のような穴が口を開いている。


 ええっ! 神社は?


 戻れるかなと思って、洞窟に入っても何も変わらない……神社に戻れない……。


『グアアァァ――』


 洞窟の奥からは、変な鳴き声が聞こえてきた……何の声? 怖くなって洞窟から飛び出した。


 洞窟を出ると、森の中から真っ直ぐ伸びる道があって、草原に続いている。そして、道沿いに街が見えた。


 これは神隠し? どうしよう……。



 茫然としていたら、後ろから声を掛けられた。


「うん? こんにちは。こんな所に人間がいるなんて珍しい。その服は装備?」


 洞窟から出て来たのか、10代半ばの男の子。ツンツン頭の茶色い髪でパッチリした黒い目。犬耳……獣人の男の子だ。


 人間が珍しい?


「こんにちは。いえ、普通の服よ。あの、ここは何処かな?」

「えっ? 可笑しなことを聞くね。ここは<ベレンダンジョン>だよ」


 <ベレン>聞き覚えが……あっ、カイザー様に聞いたんだ。


「もしかして、ここは<獣王国>?」

「ああ、そうだよ」


 ああ、カイザー様の世界に来てしまったのね……

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