2話

 ジリジリジリ――!ジリジリジリ――!



 腕を伸ばして、目覚ましのベルを止める。


「ハッ! 夢? 良かった……」


 男前の獣人さんに迫られる夢とか、何て夢を見たの……私、欲求不満なのかな……。


 枕元にある、御守りを持ったクマのぬいぐるみと目が合った。


 まさか、君があのカイザー様じゃないよね? はぁ~、気を取り直してシャワーでも浴びよう。


 シャ――

 

 あれ? 夢で転んだ所が青アザになっている。足の裏にも傷が……寝ている間にどこかにぶつけた?



 お店がオープンすると、目の回るような忙しさで碌に休憩も取れない。夢のことなんて直ぐに忘れてしまった。


「店長、そろそろお休み下さ~い」

「しかたないな~。じゃぁ、広瀬、明日休め」

「やった! ありがとうございます」



 あぁ~、明日やっと休みが貰えた。明日は何をしようかな~。ふふ、考えるだけで、チョット嬉しかったりする。


 この後、仕事が終わったらコンビニに寄ってお酒と摘まみを買い込む。そして、先にお風呂に入ってから、録画していたTVドラマを見ながらビールを飲むぞ~!





 両親は、私が高校生の時に交通事故で亡くなった。進学をあきらめて働くことにしたのは、両親が残してくれた遺産に手を付けたくなかったから。いざという時の為に残しておきたい。


 付き合った人は何人かいたけど、今はフリー。早く、家族が欲しいな~と思っているうちに、もうすぐ26歳が終わるのよね~。



 ゴクゴク……プッハ~、ビールが美味しい!


 最近の冷凍食品は、お惣菜より美味しいのがあって、お弁当用に小分けにしてあるのが嬉しい。料理は好きだけど、休みの日しか作らないのよね。2本目はチューハイ! これも色々と美味しいのが出ていて、買う時に迷うのよね~。ふふ。


 明日は、買い物に行ってランチをしよう。そして、近所を探索しないとね。ふふ、新しい町に来たんだから楽しむわよ~!


 さて、そろそろ寝ようかな。ベッドに入ると、直ぐに睡魔が襲って来て、そのまま瞼を閉じた。




 ※   ※    ※



 また、森の中だ……


 焚火をした後がある……


 えっ、もしかして、あの夢の続き? だとしたら、魔物がいるって言っていたよね……やばいな、森を抜けないと。確か、あっちから来たから……


 自分の服を見ると、パジャマにしているロゴ入りスウェットの上下だ。冷え性だから靴下を履いているけど、靴を履いていない。マジデスカ……このままでは痛くて歩けないから、そこらに生えている草を丸めて、靴下に突っ込んで分厚く中敷きにした。


 これで痛みはマシね、目が覚めるまでの我慢。前も思ったけど、なぜ痛くて目が覚めないのかな? 夢なのに不思議……まぁ、いつも目覚ましが鳴るまで起きないんだけどね。


 この前は、日が暮れた後にベルが鳴ったはず。空を見たけど、まだ太陽が高いなぁ。あっ、明日休みだから目覚ましを掛けてない……うわ~、目が覚めるまで、だいぶ時間がありそうね。



 焚火の跡から続いている獣道を歩く。


 取りあえず、魔物が出ない所に移動しないとね。しばらく歩いていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。


「エミ……エミか?」


 えっ? 振り向くと、黒い馬に乗ったカイザー様だった。マッチョな男前なのに、丸い耳がたまらない……やっぱり、どストライクよ。


「カイザー様?」

「エミ、また来たのか?」


 えっと……この夢の話は進んでいるの? 私だけ、この前の場所から?


 カイザー様が言うには、あの時、私は霧に包まれて消えたそうです。始めは、精霊に悪戯をされて夢を見たのかと思ったそうだけど、私の足跡が残っていたから別の世界に帰ったと思ったそう……カイザー様、当たっていますよ。


「私は狩りを終えて屋敷に戻るのだが、エミはどうするのだ?」

「森の中は、魔物がいると教えて貰ったので、森から出ようと思っています……」


 カイザー様はジッと私の足元を見て言う。


「その足だと、辛そうだな……」



 カイザー様に、森の外まで乗せてもらうことになったけど、『カイザー様、匂いを嗅がないで下さいね』と、念を押す。カイザー様は笑っているけど、私の世界ではセクハラですからね!


 カイザー様に、『何故、靴を履いてないのだ?』と聞かれるけど、『寝ている時に見ている夢だから?』としか答えられない。たわいもない話をしながら、森の中を進んで行く。



 この黒い馬は、艶があってとても綺麗ね、思わず撫でてしまう。こういう黒を漆黒って言うんだろうな~。


『ブルルッ』


 あっ、くすぐったかった? ごめんね。


 森を抜けると広い草原だった。そこから始まる街道を道なりに行くと、カイザー様の屋敷がある<レジナ>の街がある。その先は道が二手に分かれていて、東に行くと小さなダンジョンの街<ベレン>があって、南に行くと<獣王都>があるそう。


「エミ、<レジナ>に一緒に行くか?」


 カイザー様が優しく誘ってくれる。


 良く分からない異世界人に優しいですね。私が何処かのスパイや悪人だったらどうするんですか。


「カイザー様に、これ以上迷惑を掛ける訳にはいきません。私、また消えると思うんです。だから、目が覚めるまでの間どこかに隠れています」


 異世界の街も見てみたいけど、いつ目が覚めるか分からないしね。どこか、隠れる場所を探そうと思う。


「それなら、街の中の方が安全だと思うが?」

「でも……」


 街の人が、カイザー様みたいに良い人ばかりとは限らないし、お金を持っていないしね。一人の方が良いと思うのよ。悩んでいると、


「ふむ、好きにしろ。私は屋敷に帰る……」


 馬から降ろされてしまった。カイザー様、ちょっと怒っています? 呆れた?


「すみません。カイザー様、ありがとうございました」

「ああ。エミ、気を付けて行け……」


 振り返るカイザー様を見送って、ゆっくり街道を歩き出した。日が暮れたら目が覚めるかな。



『ワオォォッ――ン!』


 遠吠えが聞こえた……


『ガルルルル! ガァァ――ッ!』


 まだ明るいのに狼?逃げなきゃ。慌てて走り出したけど、森の方から聞こえる狼の声が、だんだん近くに聞こえて来た。うわっ、追い付かれる! お願い、噛みつかれる前に目が覚めて!


『ガウッ! ガウッ! ガルルルル!』

『ガルル! ガァァ――ッ!』


 目の前から漆黒の馬が現れた。カイザー様が馬から飛び降りて、2匹いた狼をあっという間に倒してしまった。


『ギャン!』


 シュッ! シュッ! ザンッ!


『ガアッ……』


 カイザー様……カッコ良過ぎ……


「カイザー様、ありがとうございます」


 戻って来てくれたんだ……。


「足から血が出ているではないか、血の匂いで魔物が寄って来るんだ。エミ、反論は聞かない、屋敷に連れて帰るからな」

「えっ」


 ドキッとした。やばい、ちょっと強引なカイザー様……好きかも。あぁ~、顔が赤くなっていませんように……。



 黒馬に乗せられて、<レジナ>に向かう。大きな門をぬけると、大通りになっていて、大勢の人が行き交う大きな街だった。建物は、木と石造りの家で中世のヨーロッパみたいな街並み。


「カイザー様、凄く賑わっていますね」

「そうだな、エミの住んでいる街は大きくないのか?」

「大きいですけど、こんなに活気はないかも……」


 赤や緑の髪の人がいて、それより、色んな耳の獣人さんがいる! うわ~、凄いよ。斑模様の猫耳や犬耳かな? あっちの耳は何の獣人さんだろう……良く見ると、獣顔の獣人さんや、人間顔の美形の獣人さんがいる。異世界の夢は凄いわ!


 貴族街にある、カイザー様の屋敷に着いた。そこは、広い庭があって、大きな石造りの建物だった。


 敷地に入り、屋敷の前まで行くと、使用人さん達が並んでカイザー様を出迎えていた。勿論、みんな耳があるよ。


 馬から降ろされたけど、カイザー様が私をお姫様抱っこする。


「えっ、カイザー様、歩けますから下ろしてください」

「エミ、足に怪我をしているだろう?」

「うぅ、すみません」


 使用人さん達が『あれは誰?』って、見ていますよ。


 カイザー様に抱きかかえられ、客間かな? 上品な部屋のソファーに座らされた。そして、メイドさんが、薬箱みたいなのを持って来て、足の傷を手当てしてくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ、足の他に痛む所はないですか?」


 垂れた犬耳の可愛いメイドさんが、優しく声を掛けてくれる。耳があるだけで、可愛いが倍増するよね。


 その間、カイザー様は、ピンとした犬耳? の執事のような服を着たおじいちゃんと、何やらナイショ話をしている。


「エミ、傷の手当てが終わったら、食堂に来ると良い」


 そう言って、カイザー様は部屋から出て行った。


 私は、メイドさんにお風呂に入れられ、簡素な服しかありませんがと、フリフリのワンピースを着せられた……何故?


 メイドさんに、あの服では食事の席に案内出来ないと言われてしまった。あれ、お気に入りのジャージなんだけど……。

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