夢の中の住人

Rapu

待ち人は夢の中の住人

1話

『ガウッ! ガウッ! ガルルルル!』


 後ろから唸り声が聞こえた。ハァッ、ハァッ、


 森の中を必死に走る。ハァッ、ハァッ、


 早く、逃げないと! ハァッ、ハァッ、



 ※    ※     ※


 ジリジリ――!ジリジリジリ――!



 腕を伸ばして目覚まし時計のベルを止める……


(う~ん、何か変な夢……見ていた? 起きなきゃ)



 私、郊外の某ファミレス店で働いていたんだけど、この春、新しくオープンする店舗に転勤になった。そこから通勤するには時間が掛かるので、お店の近くに引っ越すことにした。


 どうせなら、恋の聖地と言われている神社に近いマンションを選んだの。ここの神社は、恋愛成就のパワースポットとして有名で、新しい店で良い出会いがあったらなぁと……引っ越して早々、神社にお参りに行った。


 周りは賑やかなのに、境内に入るとこじんまりした佇まいで、空気がピンッ! と張り詰めている……そのせいで自然と背筋が伸びてしまう。


 お賽銭を入れてお祈りした。


(縁結びの神様、近くに越して来た広瀬ひろせ恵美えみ26歳です。家族が欲しいです。お金持ちとかイケメンとか望みません。普通に、真面目に働いている人と出会えますように……)


 おみくじを引くと『大吉』だった。


『待ち人現れる』


 珍しい~、大吉なんていつ以来だろう。でも、おみくじの『待ち人』は恋人の意味じゃないのよね。たしか、導く人・運命を変える人だったかな~。まぁ、良いことはありそうね。そうだ、御守りも買って帰ろう。


 『えんむすびの御守り』は、ペアになっていたので1つは自分、もう1つは、ベッドの枕元に置いている、お気に入りのクマのぬいぐるみに持たせた。ふふ、クマちゃん可愛いよ。


 それから、新店舗のオープンに向けて、準備で忙しい日々が続いた。部屋に帰ると、先にシャワーを浴び、食べるのも適当に目覚ましを掛けて寝る準備をする。


 今日も疲れた……休みが欲しいな、店長休みくれないかな~。



 ※   ※    ※


 ハァッ、ハァッ、ハァッ、ドタッ!


 森の中を必死に走って、転んでしまった。ハァ、ハァ、


 早く、逃げないと! ハァ、ハァ、(何から?)


 野犬? イノシシだったかな? (何だった?)


 あれ? 前も同じことがあった気がする……


 立ち上がって走り出そうとしたら、後ろから唸り声が聞こえた。


 『ガウッ! ガウッ! ガルルルル!』


 振り向くと大きな野犬だった。逃げようとしたけど、回り込まれてしまった。ど、どうしよう……


 『ガルルルル! ガァァ――ッ!』


 あっ、噛みつかれる!


 野犬が跳びかかってきて、目を閉じる瞬間……誰かが野犬に突っ込むのが見えた……


 目を閉じるまでの一瞬の出来事なのに、スローモーションのように見えたよ。


 私、助かったのかな? 恐る恐る目を開けると、野犬が横たわっているのが見えた。力が抜けて、その場で座り込んでしまった。


「大丈夫か?」


 声の主を見上げると、剣を持った騎士のような格好をした、大柄の男の人がいた。


 ええっ、マッチョのコスプレイヤー?


「は、はい。ありがとうございます」


 180㎝以上あるかな~、筋肉ムキムキで大きいな人。年齢は30前後?顔立ちは西洋人みたいだけど、黒髪で赤い目……男前だ……よ。えっ! 頭に丸い耳がある……何のコスプレ?


 綺麗な赤い目。だけど、頭についている丸い耳に釘付けになる……可愛い……あっ、不躾に見てしまった。


「立てるか? どうして、こんな森の中にいるんだ?」

「えっと、野犬に追いかけられて?」


 私は、何故こんな森の中にいるんだろう?


 立ち上がって泥をパタパタと落とす。あれ? パジャマのロゴ入りスウェットを着ている。これは夢? でも、転んでぶつけた所が痛い。足も痛い……足元を見ると、靴下は履いているけど靴を履いてない……どうして?


「野犬? あれは狼だぞ」

「えっ」

「記憶が無いのか? それとも、逃げて来たのか?」


 あれは、狼だったのね。


「記憶はあるんですけど、何故ここにいるのか、分からないんです……」


「ふむ、行く当てがないなら街まで付いて来ると良い。私はカイザー、屋敷に戻る途中だ。森の中には魔物がいるから危ないぞ。それに……その足では、まともに歩くことも出来ないだろう?」


 えっ? 魔物がいるの? それは夢の中でも怖いな。このまま森にいるのは怖いので、森を抜けるまでカイザーさんに付いて行くことにした。


 カイザー様の黒い馬に乗せられて、森の中を進む。


 マッチョのカイザーさんは、<獣王国>侯爵家の当主で、王国騎士団の第一隊長だそうです。侯爵家って、確か……王族・公爵家・次が侯爵家だったよね。カイザーさんは身分の高い人なのか、じゃぁ、『様』を付けないとね。


 そうすると、カイザー様はコスプレイヤーじゃないのよね……あの付け耳は何かしら? 何かの道具? しかし、凄い夢を見ているよね~、私。


「お前の名は何と言う?」

「私の名前は広瀬恵美、エミと言います。えっと、日本に住んでいます」

「日本とは何処にあるのだ?」

「えっ、何処って……地球?」


 カイザー様との話はちぐはぐで、まるで別世界に来たみたい。まさか!私、死んで転生したとか? いつの間に? 忙しかったけど、過労死するほど働いていないよ……ここは、夢の中だよね?



 森の中を進んでいくと、だんだん太陽が傾いてきた。


「ここで野営をする」


 カイザー様は、馬から降りて野営の準備を始めた。


「はい、カイザー様。えっと、何も分からないので教えてください」

「そのようだな……」


 すみません。カイザー様に言われて、私は焚き木をする為の枯れ木を集めた。そして、カイザー様は、集めた枯れ木に手をかざして火をつけた。


 魔法? ここは、魔法が使える世界なの?


 焚き火の側に座って、カイザー様が用意してくれた料理をご馳走になった。薄い味のスープと硬いビーフジャーキー、干し肉というヤツかな? 塩分が濃いめ……夢じゃないみたい。


「カイザー様、ここはどこですか?」


 食事をしながら、この世界のことを聞いた。ここは、大陸の南にある<獣王国>で獣人の王が治めている国だそうです。この世界には魔法があって、魔物とかダンジョンもあるそうです。


 <獣王国>……もしかして、カイザー様の付け耳は本物? 気になって仕方がない。


 恐る恐る聞いてみた。


「カイザー様、失礼なことを聞いても良いですか?」

「うん? 何だ?」

「カイザー様の頭にある……付け耳は何の道具ですか? もしかして、本物ですか?」


 カイザー様は、私の質問に呆気にとられたような顔をする。そして、頭にある丸い耳を触って、


「うん? エミは獣人を見たことがないのか? これは私の耳だ」

「えっ、獣人……カイザー様、私の住む世界に獣人さんはいないんですよ……」


 やっぱり、本物の耳……触ってみたい……。


「獣人さん? ハハハ! 私は、熊獣人だ。エミにとって初めて見る獣人か、光栄だな」


 カイザー様はクマの獣人さん。だから丸い耳なのね。


 疑問が解けたので、今度は私の住んでいる日本の話をした。


「ほお、エミの世界は魔法がないのか」

「はい、魔物もいないですし、ダンジョンもないですよ。野良ネコはいますけどね。ふふ」


 その言葉に、カイザー様が目を見開く。


「魔物もダンジョンもないのか!」

「はい」


 私はにっこりと答える。普通にベッドで寝て、気が付いたらここにいた……だから、ここは夢の中だと思っていることを伝えた。


「ここは夢の中ではないぞ。エミは、別の世界から来たと言うことだな?」

「そうなのかな……?」


 確かに、この夢の世界と日本は違う世界だけど、夢の中だと思うけどな~。


「そうか……」


 カイザー様が、何か言いたそうに私を見ている。


「ところで、エミ。さっきから思っていたのだが……君は、何故こんなに匂いがするんだ?」

「えっ! 私、臭います?」


 それは、恥ずかしすぎる! カイザー様と距離を取ろうとしたら、腰をグイッと抱き寄せられた。えっ? カイザー様は、私の長い髪を一房取り匂いを嗅いでいる。


「ええ――! カイザー様、匂いを嗅がないでください!」


 やめて!


「エミ、とても良い匂いだよ……」

「えっ!? 良い匂い? 臭いんじゃないの?」


 ああ~、シャンプーの香りかな? 良かった……ん? 良くない! これも、ヤバいんじゃないの?


「あぁ、良い匂いだ……まさか、君は……」

「ちょ、ちょっと! カイザー様、困ります」


 カイサー様は、一瞬離れて嬉しそうに言った。


「エミ、『イヤ』じゃなくて『困る』んだな。ありがとう」

「えっ?」


 首を傾げてしまう。どういう意味? 困るのよ?


 もしかして……『困る』=『イヤじゃないよ』って解釈したの? ええ――! この世界って、日本人のやんわりとした断り方は通じない? 心臓がバクバクしてきた……


※   ※   ※


ジリジリジリ――!ジリジリジリ――!



 

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