第7話
よく晴れた日でした。
先日の雨は嘘のよう。湿度もからりとして、実に過ごしやすい日です。
そんな日でも、太郎様と花子様は教会堂でぼうっとしています。いえ、こんな日だからこそ、でしょうか。晴れた日の光が教会堂の窓から入り込み、教会堂の中はいつも以上に青い光に満ちていました。
ため息が出るほど美しいその光景を、今は田中のご兄妹、そしてエリヤ様とヨハネスだけで独占しています。穏やかな時間でした。
エリヤ様はオルガンを弾いていて、その横でヨハネスがぽけっと立っています。エリヤ様が弾いているのはバッハのようでした。
そうして弾き終わると、エリヤ様は立って歩いてきて、田中のご兄妹の前の席に座りました。ヨハネスもついてきて、エリヤ様の横でぼうっと立っています。
「……どうだった? この前のおやすみ」
「半分よくて、半分悪かったわ」
「そう……」
エリヤ様は天使のごとく微笑みます。
「どんな様子だったの?」
「水族館はすごく良かったわ。兄様にマリモも買ってもらったし」
「まあ……」
「でもその後が悪かったわ。浮気された腹いせに、恋人を蟲の世界に落とした人がいたのよ」
「そうなの……」
と言うと、エリヤ様は聖書を開きました。
「石は重く、砂にも重みがある。しかし、愚か者の苛立ちはどちらよりも重い。憤りは残忍で、怒りはあふれ出る。しかし、ねたみの前には、だれが立ちはだかることができるだろうか」
エリヤ様はそっと聖書を閉じると、天使の微笑みを見せました。
「嫉妬は……悪いばかりじゃない。愛がないなら、嫉妬も生まれないから」
「だが、それが行きすぎると人を殺すことになりかねん」
「人間は誰もが間違い、誰もが嫉妬する。だから、愛によって赦し合わなければだめ……」
「それができれば理想だな。だが理想過ぎて、遠すぎる」
「聖書に書かれていることはね、神と人間との約束が多いの……。約束は、祝福と呪いの表裏一体でできている。従えば祝福に、背けば呪いに」
「聖書は理想が高すぎて、背く方が楽だな」
「神もそれをご存じなの……。人間は約束を守れない。だから、ご自分の御子(みこ)イエスをこの世に使わしてくださった。御子イエスに、人間が受けるべき呪いを全て背負わせて……十字架に付けてしまわれた。そうしてイエスを甦らせた。人間が約束を守れないのに、イエスを通して約束を果たしてくださったの」
「だが、それでも人間は呪われている」
「罪による呪いというのは、ある。だから、蟲の世界では人間は蟲になれない……。それでも、神は人間と世を愛してくださってる。そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛されたの……」
「そんなものか」
「そういうものよ」
太郎様とエリヤ様のお話が一通り終わると、一瞬教会堂がしんとしました。
そして、花子様が身を乗り出して言いました。
「エリヤ」
「……なあに?」
「怪しい男が、あなたのことを狙ってるわ」
「怪しい男……?」
エリヤ様は天使の笑顔のまま、首を傾げました。
「そう。柊喜久馬とかいう、気持ち悪い男」
「悪口を言っては、だめよ」
「会ってみれば分かるわ」
「それで……その人が、わたしをどうするの?」
「蟲の世界に落とすと言ってるわ」
エリヤ様はどうして自分がそうされるのか理解できなかったのでしょう、微笑んだまま、もう一度首を傾げました。
そのエリヤ様の無言の疑問に答えたのは太郎様でした。
「お前は蟲の世界から這いずるものを救出できる。それが目障りなのがいるんだ」
「それが……柊さん?」
「そういうことだ」
「どうして、わたしが目障りなの……?」
「蟲の世界へ人間を落とす、その方法を教えて回っているのが、そいつなんだ」
「そうなの……」
「未来永劫に渡って葬り去れるといううたい文句が使えなくなるから、お前が邪魔なんだそうだ」
「……そう」
エリヤ様は動じていないご様子でした。どこか、慣れている雰囲気も感じます。
エリヤ様は両手を組み合わせて目を閉じ、祈る姿勢を取りました。
「……戦うべきは、罪と
「ああ、お前はそう言うだろうな」
「神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵対できるでしょう」
エリヤ様は聖句を口にしました。
そうして目を開くと、太郎様と花子様を見て微笑みました。
「でも、知らせてくれてありがとう。このことを、主にお任せするね」
「そうしておけ」
ヨハネスは暫くぼうっとしていました。けれど、今の話が理解できたのかどうか、エリヤ様の足下にうずくまると、その膝に口づけをしました。そして、エリヤ様の膝を抱えるように乗りかかりました。
エリヤ様はそれをはねのけませんでした。ただ、ヨハネスの柔らかな人工毛を優しく撫でました。
「ありがとう、ヨハネス。だけどわたしはだいじょうぶ……」
その時、花子様のすまーとふぉんが鳴り響きました。花子様はすまーとふぉんを取り出すと、それを耳に当てました。
「ええ。ええ。そうなのね。分かったわ」
すぐに会話を終わらせてしまうと、花子様はすまーとふぉんをしまいました。
「兄様。お仕事だわ」
「そうか」
太郎様はすぐには立ち上がりませんでした。
「エリヤ」
「……うん」
「念のため、用心しておけ」
「そうだね……」
その返事を聞いて、ようやく太郎様は立ち上がりました。花子様も続いて立ち上がります。
太郎様と花子様が教会堂を出て行く瞬間、エリヤ様の歌声が聞こえました。
「神はわがやぐら、わが強き楯……苦しめるときの、近き助けぞ……」
伴奏もない、その細い青い歌声は、天上のもののようでした。
そのマンションがあるのは、大きな公園のある通りでした。公園には青々と木々が茂り、様々な花が咲いています。遊具らしい遊具はありませんが、散歩にはちょうどいいという様子でした。
そんな公園の真向かいにあるマンションは、古くはあれど高級そうな様子で、ここに住んでいる人はそれなりの収入があるのだろうと思わせました。
用があるのはここの五階です。太郎様と花子様は備え付けのエレベーターを使って五階に行くと、一番奥の部屋へ向かいました。
ここにお住まいなのは
太郎様は目的の部屋に着くと、呼び鈴を鳴らしました。呼び鈴にはカメラがついています。
ややあってから、インターフォンから声が聞こえました。若い男性の声でした。
「はい」
「田中太郎だ。こっちは花子」
いつも通りに名乗ります。それだけで相手には通じたようで、すぐに扉が開きました。
「……こんにちは」
そう言って顔を覗かせたのは、青空様でした。今はこの広いマンションの部屋にお一人でいらっしゃいます。そのことに不安がおありなのでしょう、眉根が寄っています。
「……どうぞ」
青空様はすぐに田中のご兄妹を招き入れました。玄関には中年の男女が履くような靴がそろえて置いてあります。その隅に、学生靴がありました。
青空様は広い広いリビングにお二人を通すと、慣れない手つきでコーヒーの準備を始めました。コーヒーメイカーではなく、サイフォン式の高価な機械です。
その手つきがあまりにも不慣れで危なっかしかったので、花子様は声をかけました。
「コーヒーはいらないわ」
「そ、そうですか?」
青空様は少し恥ずかしそうになさって、それから冷蔵庫からメロンを出してきました。やはり慣れない手つきでそれを切ると、いびつな形に切れたメロンを持ってきてくれました。
「すみません……。こういうこと、やったことなくて」
「上等だわ」
「……すみません」
花子様は早速メロンを一切れ食べました。太郎様はメロンには目もくれません。
青空様はその太郎様のご様子に少し不安を感じたような顔をして、お二人の向かいに腰を下ろしました。
青空様はずっと不安そうなお顔をなさっています。不安が顔に張り付いて、取れたことなどないかのような雰囲気でした。
「あの……それで」
青空様は意を決したように口を開きました。
「両親を……捜してくれるとか」
「そうだ」
「それはその……蟲を使って?」
「蟲を知っているのか」
青空様は頷きました。
「両親はそんなもの迷信だと言いますけど……」
「迷信ではない。事実存在するものだ」
「それで、その……蟲を使うと、本当に両親は見つかるんですか?」
「見つかる。それが俺たちの仕事だ」
そう言われると、青空様はいっそう不安そうなお顔をなさってうつむいてしまいました。
「両親が消えたのは……三日前なんですけど」
「そうか」
「でも正直……僕は両親が消えてくれて、何だかほっとしているんです」
青空様はそう言うと指先をいじりました。
「両親は厳しい人たちで……僕は小さい頃から、いわゆる英才教育を受けてきました。習い事もたくさんしました。ピアノ、スイミング、習字、そろばん、絵画教室、リトミック……。僕は小さい頃からいっぱいいっぱいでした。それでも頑張って、それなりの成績を残してきたつもりです。でも両親は評価してくれませんでした。僕の成績を見ると、出来が悪い、どうしていつも満点じゃないんだと言って不愉快そうにしていました」
そのご両親の顔を思い出したのでしょう、青空様はいっそう眉を寄せました。
「両親は常に完璧を求めてきました。そして、お前は将来医者になるんだからと小さい頃から言い聞かせられてきました。小さい頃は、純粋に、そうしなくちゃ、言うことを聞いて両親を喜ばせなくちゃと思っていたんです……けど……中学生になった頃でした。僕は自分が何をしたいのか、分からなくなりました」
青空様はまた指先をいじりました。
「両親の言うことばかり聞く人形役に徹しすぎて、自分というものが分からなくなったんです。それでも、言うことを聞かないと出来損ないだと罵られる。僕はなかなか、両親に自分が分からなくなったことを言い出せませんでした。でも本当に……自分というものが分からなくなったんです。僕は一体何なのか。両親の言いなりになるだけの存在。そしてどんなに言いなりになっても両親は満足しない。もっと完璧を、もっと完璧をと求められる。両親にとって理想の子どもとは一体どんなものだったんでしょう? 僕はいまだにそれにはなれていないまま、三日前……ついに言ってしまったんです」
「何を言ったの?」
花子様が問いかけます。
青空様は一瞬苦しそうになさいました。
「……父さんと母さんにとって、僕は何なのって」
苦しそうにそう言うと、青空様はははっと乾いた笑いを漏らしました。
「なんて返ってきたと思います?」
「分からないわ」
「そうですよね……」
青空様は自嘲気味に笑いました。
「言うことをこなせもしないのに、何を言う。子どもは親の言うことを聞いていれば幸せなんだ。……そう言われました」
青空様は顔を覆いました。あまりに苦しく、耐えられないとでも言っているようでした。
「……質問の答えにもなってない。言うことを聞いていればって……でも僕の幸せは……。……その時でした。頭の中に、医者になった自分が閃いたんです。医者になったら、患者を殺して回れる。不意にそう思ったんです。……どうしてでしょうね。一瞬そのためだけに医者になりたいと思ったんです」
青空様は両手を顔からはなしました。その顔は笑っていました。でも眉根は寄ったままです。
「……そうすれば僕は幸せだ。強烈にそう思いました」
青空様の眉根は不安そうに寄ったままでした。笑顔ではあっても、本気で笑ったことなどない人のように、その頬は引きつっています。
青空様は両手を下ろして、また指をいじり始めました。
「僕は存在なんてなかった。でも三日前のあの時、初めて僕は自分が存在していることを感じたような気がしました。人を殺せる。そうすれば幸せだ。そう思うと……何か知らない感情が燃え上がるのを感じました。それまでに感じたことのない感情。それがどうしようもなく僕の頭を支配しました。両親は立ち尽くしている僕を見て、ばかにするように怒ったんです。いいから部屋に戻って勉強しろと」
青空様はずっと指先をいじっておられます。癖なのでしょう。長年染みついた癖。その仕草は不安を表しているように見えました。
「僕は部屋に戻りました。そしてノートを開いて……落書きを始めました」
「落書き?」
花子様が問います。
青空様は席を立ちました。
「……持ってきます」
そう言って、青空様は奥の部屋へ姿を消しました。ややあって戻ってくると、鉛筆でぐちゃぐちゃの線が描かれたノートを持ってきました。
そして無言でそれを差し出してきます。太郎様はそれを受け取って、中を開いてみました。
そこには、鉛筆や、ボールペンや、赤鉛筆で描かれたぐちゃぐちゃの線が、目一杯に描き込まれていました。
いくらめくってもその描き込みでいっぱいです。
そうしてめくっていった最後のページには、唯一違うものが描き込まれていました。三体の棒人間。それの上に、まるで血しぶきのようにぐちゃぐちゃと赤い線が踊っています。
太郎様と花子様は黙ってその落書きを見終えると、そっと閉じて青空様に返しました。
席に座って下を向いていた青空様は、ノートが返ってくるとそれをそっとテーブルの隅に置きました。
「……医者になって人を殺す夢を抱いたほんの一瞬の間に、僕は壊れてしまいました。燃え上がる何か分からない感情。言葉にできませんでした」
「それでその感情は、ノートに向かったのね」
「……はい。でも全く落ち着くことができず、僕はその晩眠れませんでした。そしてこう思ったんです。医者になったら、一番最初に両親を殺してやるって。その思いがぐるぐる、朝になるまで回っていました。眠れたのは日が昇ってから……。家の中は静かでした。いつもなら、朝の早い父のために、母が起き出してくる時間だったのに」
「問題は、その三日前の晩に何があったかだな」
太郎様が言います。
青空様はそれに対して、首を振りました。
「……捜してくれようとするのは、有り難いですが……でも僕は、さっきも言いましたけど……」
「両親が消えて、ほっとしていると言ったな」
「……はい」
青空様は不安そうな顔で頷きました。
「どうして両親が消えてしまったのか……いつ消えてしまったのか……僕には分からないんです。でもこれは、神さまからのプレゼントだと思いました。朝起きて、完全に遅刻でしたけど……そろそろと部屋から出て誰もいないことに気付いたときは、両親は仕事に行ったんだと思いました。でもそうじゃないと気付いたのは、家に両親の職場から電話があったときでした。来ていないが、どうしたのかと。どうしたのかと言われても……僕には分かりませんでした。でも思ったことは……両親が消えてくれて、ほっとした、っていうことです……」
「嘘ではないな」
太郎様は言いました。
わたくしも、青空様のお話の全ての部分について、正直であると感じます。青空様は嘘は言っていません。本当に、青空様が眠っている間にご両親は消えてしまったのです。
「警察には届けていないそうだが」
「……はい」
青空様は眉を寄せて頷きました。
「両親の職場の人からは……早く届けるように言われているんですけど。でも届け方も分からないですし……それに、何だか疲れてしまって」
「そうか」
「……あの」
「何だ」
「……それでも……両親を捜さないと駄目ですか」
「ああ」
「……そ、そうですか……」
「お前の両親を見つけることが俺たちの金になる。それだけの話だが」
「あ……そうですよね……」
青空様は暫く悩んでいるご様子でしたが、やがてまだ悩んでいるようなお顔をして頷きました。
「……分かりました。僕にできることがあれば、何でも協力します」
「あなたは特に何もしなくていいの」
そう言うと、花子様は虫眼鏡を取り出しました。そうして虫眼鏡にご自分の目を映すと、ホウリを呼び出しました。
青空様はホウリを興味津々の様子で見つめました。
「うわあ……それが蟲?」
「そうよ」
「かっこいいなあ」
「ホウリ。蟲の世界の入り口を探して」
命令されると、ホウリはふよりと漂っていきました。
「ムスビ」
「はい」
呼ばれて、わたくしも眼帯の下から這い出します。すると、それまで分からなかったことが分かりました。
この家の中には、狂気的な怒りが渦巻いています。しかしそれは刹那的なものであったようで、今は残滓しかありません。それでも、刺すような、飲み込まれそうなこの怒りは、正気の沙汰ではありません。
ホウリを追って、太郎様と花子様は立ち上がります。青空様もついてきました。青空様はホウリとわたくしを交互に見ながら、ほうと息をついています。純粋にわたくしとホウリに好奇心を抱いている様子でした。
そうして着いたのは、立派な扉の前でした。
「あ……そこ、両親の寝室です」
ホウリはその扉をじっと見つめました。扉は独りでに開いて、中の様子を見せてくれました。
すると、そこには床一面に羽毛が広がっていました。
奥のベッドはずたずたに裂けて、そこからあふれ出た羽毛が床中を埋め尽くしているのです。
「両親が消えたときのままにしてあります……。僕も、両親の部屋にはあまり入ったことがないんですけど」
「すごい羽毛ね」
「そうですね……」
青空様も困惑気味です。
「ホウリ。何があったか見せてちょうだい」
花子様に命じられて、ホウリが映像を映し出します。
明かりの消えた暗い寝室。ベッドには青空様のご両親が眠っています。その寝顔は安らかです。
しかし次の瞬間、部屋に飛び込んでくる人がありました。
青空様でした。
手には台所から持ってきたと思われる包丁を握っていて、ベッドに駆け上ると、眠っているご両親めがけて包丁を振り下ろしました。ご両親はすぐに目を覚まし、抵抗する様子を見せましたが、ぶすぶすと刺されていってはどんな抵抗も空しいもの。そうして刺していると、ベッドの裂け目から血があふれてきました。そのあふれ出てきた血はご両親をあっという間に飲み込んで、ベッドの中に吸い込まれていきました。
ご両親が血と共に消えてしまうと、青空様は肩で息をついて、部屋を出て行きました。その目は閉じられていて、眠っている様子でした。
映像はそこで終わりました。
今の過去の映像を見て、青空様は暫く呆然となさっていました。けれどすぐに、笑い声を漏らし始めました。
「はは……あはは……あははは」
湿っぽい笑い声でした。
「あはははは、僕が、僕がやったんだ」
その時です。羽毛のあふれ出たベッドから、血があふれ出てきました。青空様の笑い声に呼応するように、どんどんあふれてきます。世界はあっという間に、血と絶望の世界へ変わっていました。
そしてベッドの上に、二体の這いずるものがいました。口が肥大化しています。
「ムスビ」
「ホウリ」
いつもの合図があって、わたくしとホウリはそれぞれ這いずるものたちをむさぼり始めました。それを見ている青空様は、ずっと笑っています。
自分に命令ばかりしてきたもの。愛情を教えてくれなかったもの。どんなに言いなりになっても可愛がってはくれなかったもの。そういうものが食われていきます。
やがて這いずるものたちを食ってしまうと、わたくしとホウリは元の場所に戻りました。花子様も虫眼鏡をしまいます。
ベッドの裂け目から、人間の世界が戻ってきます。それはあっという間でした。人間の世界が戻ってきてもなお、青空様は笑い続けていました。
「あは……あははは、僕が、僕が」
太郎様も花子様もそれを見ません。
「これで全て終わりだ。お前は自由になった。これからは自分の人生を生きるといい」
太郎様からそう言われても、青空様は反応しません。本当に壊れてしまった人のように、ずっと笑い続けていました。
花子様は太郎様の顔を覗き込みました。
「兄様。行きましょ」
「ああ」
太郎様と花子様はマンションを後にしました。すると、向かいの公園に蝶が飛んでいます。その蝶のそばには、夜船様がいらっしゃいました。
「お疲れさま」
夜船様は近付いてきてそうおっしゃいました。
「今回はどうでしたかしら」
「別にどうということもない」
「そうなの。……どれどれ……」
夜船様はマンションの五階にフクを構えます。
「フクちゃん。撮って」
パシャリと音がして、写真が出てきます。そこには、狂ったようにご両親を包丁で刺している、青空様の姿がありました。その顔は眠っているようでした。
「うふふ……」
夜船様は満足そうに笑うと、袖から封筒を取り出してきました。
「今回は特殊なケースでしたね。いいものが見られましたから、ボーナスです」
「そうか」
太郎様は表情一つ動かさずに受け取ります。
「それでは、次の仕事はおいおい。今回もありがとうございました」
そう言うと、夜船様は行ってしまいました。
「ボーナスって?」
と言うと、花子様は封筒を取り上げて中を数えました。
「三十五万! 普通なら五万の案件なのに」
上乗せされた三十万を指で撫でて、封筒にお金を戻します。そして封筒を太郎様の懐に挟むと、花子様は上目遣いに太郎様を見つめました。
「兄様。お茶をしに行きましょ?」
「ああ」
お二人はそろって公園を通り、マンションから離れていきました。緑のいいにおいがしました。
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