第6話
雨が降っていました。
教会堂の青い光も、雨の影響で薄暗くなっています。窓に雨粒が当たる音、世界に雨が降る音が、静謐な世界を演出します。
そんな教会堂の後ろの席で、太郎様と花子様はそれぞれ天井を見たり十字架を見たりしていました。実に静かな時間です。
そうしていると、教会堂の扉が不意に開いて、外から誰か入ってきました。エリヤ様とヨハネスでした。ヨハネスはエリヤ様のために傘を差してあげていて、自分はしっとりと濡れていました。
エリヤ様はヨハネスから傘を受け取ると、それを教会堂入り口の傘立てに立てました。
そして田中のご兄妹の前の席にヨハネスを座らせると、鞄からハンカチを取り出して、ヨハネスの柔らかい短髪を拭いてあげました。
「……今日は、雨ね」
ヨハネスを拭いてあげながら、エリヤ様が囁きます。
「そうだな」
「最近は、どう?」
「雇い主は不満だったらしいな」
「そうなの……」
一通りヨハネスを拭き終えると、エリヤ様はハンカチをしまいました。
「どんな様子だったの?」
「内縁の妻の息子がモンスター化したので、妻と自分を守るために蟲の世界に落としたんだろう」
「……そう」
と言うと、エリヤ様はヨハネスの隣に腰を下ろしました。そして聖書を開き、それを読み始めます。
「『私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。』もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しになりません」
聖書を閉じると、エリヤ様はそっと目を閉じました。そして、またそっと目を開きます。
「……わたしたちにとって大事なことは、負い目や過ちを赦し合うこと」
「だがそれこそ難しい。たいていの場合、自分が過ちだとは認めないものだからな」
「だからこそ、へりくだって悔い改めることが大事なの……。自分には罪がある、決してぬぐい去れない罪が……。へりくだってそれを理解するの」
「自分が正義だと思っている人間には、できまいよ」
「正義……義とは神が与えてくださるもの。自分で自称することはできないの」
「多くの人間がそれを自称する。正義になることは、気持ちがいいからな」
「快楽に溺れるように正義に溺れることは、むさぼりの罪。だからこそ、人には愛が必要なの……。いつまでも残るものはたったの三つ。信仰と希望と愛だけ……。中でも最も優れているのは、愛なの」
「そんなものか」
「そういうものよ」
ぽつぽつと雨の音がします。雨のせいで薄暗い教会堂の中では、ヨハネスの青い瞳が色濃く見えます。深く沈んだ海のような色をしていました。
実はヨハネスの髪も瞳も皮膚も、人工のものです。ヨハネスは蟲の世界に落ちたときに、それらを全て失ってしまいました。つまりほとんど這いずるものとなっていたのです。エリヤ様はそれを助け、髪と瞳と皮膚を与えました。
しかし、ヨハネスは蟲の世界から帰る代償として、命を失っています。言わば動く死体です。
それでもエリヤ様がヨハネスを嫌わないのは、まさに愛の成せるわざということでしょう。
エリヤ様はヨハネスの頬を包み、その温度を確かめました。
「すこし……冷えてしまったね」
ヨハネスは応えません。それでもエリヤ様は不満を漏らしませんでした。エリヤ様のヨハネスに対する態度は明確に愛の態度ですが、ヨハネスから愛が返ってこなくともいいのです。愛とは与えるもの。受けるものではない。それがエリヤ様の信条のようなものですから。
もしくは、虚空を見つめ、心がないように動くだけのヨハネスにも、エリヤ様を愛する気持ちがあるのでしょうか。その気持ちが理解できるから、エリヤ様はヨハネスがついて回るのを邪険になさらないのかも知れません。それも愛の態度の一つです。
そうしてわたくしがエリヤ様とヨハネスを観察していると、花子様のすまーとふぉんが鳴り出しました。花子様はすまーとふぉんを耳に当て、ゆっくりとした仕草で話し始めます。
「ええ。ええ。そう。分かったわ」
簡単に会話を終わらせてしまうと、花子様はすまーとふぉんをしまって太郎様の顔を見ました。
「めぼしい案件がなくなったそうよ。今日はお休みだわ」
「そうか」
休暇に興味がないのか、太郎様は淡泊に返事をなさいました。
「……今日は、おやすみ?」
エリヤ様が天使のように微笑みます。
「お休みだわ」
「そう……」
「お休みなのに、雨だわ」
「雨も、いいものよ」
「私は晴れが好きよ」
「まあ……ふふ」
エリヤ様はおかしそうに笑いました。
「案件がなくなったって、どんな案件だったのかな……」
ふと、エリヤ様が呟きます。
「知らないわ。おおかた、落とした側の人間も蟲の世界に落ちたんでしょ。もしくは、別の同業者がすでにやっつけちゃったかだわ」
「そうなの……」
「時々あるのだわ。落とした側の人間のうっかりや、同業者が先にやってしまうこと」
「大変だね……」
「そうよ。蟲引きは私達だけじゃないのだもの」
「そうだね……」
エリヤ様は始終穏やかな顔をしていました。
花子様は不意にうんと背伸びをしました。
「あーあ、どこかにないかな。雨でも楽しめるところ」
「あると思うよ」
エリヤ様がそうおっしゃったので、花子様はエリヤ様を見ました。
「本当?」
「うん。……水族館。どう?」
「水族館」
エリヤ様の提案に、花子様は機嫌をよくしたようでした。太郎様の腕にしなだれかかって、上目遣いにその顔を見つめます。
「兄様。水族館に行きたいわ」
「そうか」
太郎様は拒絶なさいませんでした。どこに行こうと、どうでもいいのでしょう。
「それなら、行くか」
「水の綺麗なところにしてよ」
「分かった」
太郎様と花子様が立ち上がります。
それを見上げて、エリヤ様は微笑みます。
「楽しんでね。……主の平安がありますように」
「ああ」
ヨハネスは相変わらず、空っぽの表情をしていました。
太郎様と花子様が来たのは、できたばかりの新しい水族館でした。駅に直結のビルの中にあって、小さな規模ながら美しい展示が用意されています。
駅からは屋根のあるところを通れるので、太郎様も花子様も傘を差さずに水族館に来ることができました。入り口に傘用のビニール袋が用意されていましたが、傘があまり濡れていなかったので、お二人はそれを無視しました。
水族館の中に入ると、花子様はわあと声を上げました。
「素敵」
「うるさくするなよ」
「分かってるわ」
屋内の水族館ということもあって、明かりは全て照明でまかなわれていて、雨の影響はありません。こだわり抜かれた照明に照らされた水槽が、青く、何とも美しい情景を作っています。
「兄様、どうしてここを選んだの?」
「できたばかりだ。なら、水も綺麗だろう」
「そういう理由なのね」
納得したように言うと、花子様は近くの水槽に張り付きました。
「魚がいるわ」
「それはいるだろう」
「なんていう魚かしら」
「パネルを見ればいいんじゃないか」
「そこまで興味ないわ」
「そうか」
小さな水族館の中には、そんなに人はいませんでした。雨で条件も悪いですし、何より今日は平日です。田中のご兄妹のように休みが不安定か、平日休にしているような人でもなければ、来られないでしょう。
そんな人の少ない水族館は、実に快適でした。水の青い光。魚たちのきらめき。砂や水草の彩りの豊かさ。珊瑚やイソギンチャクの光の反射。どれをとっても美しいものです。
わたくしも花子様のようにうきうきと水族館を楽しみました。仕事ばかりで、休みになってもどこといって出かけることのない太郎様が、こうして遊興施設にいることが何とも珍しく思えます。事実珍しいでしょう。
花子様はお出かけが、特に買い物がお好きなので、休みとなればよくお出かけになるのですが、太郎様は一人しっとり本を読むのがお好きです。ですからわたくしも活字に親しむことが多いのですが、いかんせん蟲の身です。活字は退屈で、大抵昼寝をしてしまいます。
それが今日は思いもかけず水族館などという素敵な場所に来られたので、心躍らないはずがありません。
花子様は隣の水槽に移動しました。
「これは魚なの?」
「さあ」
「兄様、珊瑚とイソギンチャクの違いって何?」
「さあ」
「兄様、向こうに小さな魚がいるわ」
「そうか」
花子様は実に楽しそうに水族館を満喫しています。
フロアをぐるりと回れば見終わってしまうような小さな水族館を、お二人はゆっくりと回りました。
「兄様、ヒトデだわ」
「そうだな」
「兄様、タツノオトシゴよ」
「そうか」
「兄様、ハコフグよ」
「四角いな」
会話も他愛ないものです。
普段おどろおどろしい世界に身を置いているお二人です。こんな時くらい、青い世界を満喫してもいいものでしょう。
一通り展示を見終わると、花子様は頬を両手で包みました。
「楽しかったわ」
「よかったな」
「お魚が飼いたくなったわ」
「マリモならいい」
「マリモってお魚?」
「
「藻じゃないの」
いつになく穏やかな会話をなさっています。これにはわたくしも思わずにっこりです。
お二人は土産屋のエリアに入りました。様々なぬいぐるみやキーホルダー、図鑑が売っています。
「花子」
太郎様がある場所で立ち止まり、花子様を呼びました。
「なあに?」
「ほら」
そう言って太郎様が差し出したのは、瓶詰めのマリモでした。
「マリモだ」
「藻じゃないの」
「花子に魚の世話ができるとは思えない」
「だからって、それは藻じゃないの」
「藻だが、生きている」
「うーん、お魚がいいのよ」
「わがままを言わないで、これで我慢」
「うーん」
花子様は迷っていました。それで、瓶の中のマリモをじっと見ました。マリモは瓶の中でころんと転がっています。
そうして暫く見ていると、だんだん愛着も湧いてきたのか、花子様は上目遣いに太郎様を見ました。
「何だか可愛く見えてきたわ」
「じゃ、これで決まりだな」
「買ってね、兄様」
「分かってる」
太郎様はマリモをレジに持っていきました。そこで会計を済ませると、早速花子様に渡しました。
「ほら」
「ありがと、兄様」
花子様は嬉しそうに袋を掲げました。マリモの入った瓶は丁寧に包装されているので、中を見ることはできません。でもその中には、確かにマリモがいるのです。
「かわいがるわ」
「どうやって」
「眺めて愛でるわ」
「そうか」
花子様は愛おしそうに首を傾げ傾げすると、袋をしっかり持ち直しました。
「じゃ、兄様。お茶をしに行きましょ?」
「ああ」
と太郎様が返事をした瞬間でした。
「きゃあーっ!」
水族館の中に悲鳴が響き渡りました。それも一人分ではありません。何人もの人が、一様に叫び声を上げたのです。
田中のご兄妹も何事かと、叫びの上がった方を見ます。すると、水族館の中で一番大きな水槽が、真っ赤に染まっているではありませんか。その血の赤は、他の水槽にも伝播していきました。するとどうでしょう、壁も、床も、天井も、血の世界に変わって行きました。
突如、蟲の世界が人間の世界に侵食してきたのです。
人々は突然の異変に逃げ惑いました。しかしどこの扉も閉まっていて、この血と絶望の世界から出ることができません。混乱は頂点に達しました。
太郎様と花子様は人の流れに逆行して、一番大きな水槽の前に急ぎました。すると中に、這いずるものがいるではありませんか。
「ムスビ」
「はい」
花子様も虫眼鏡を取り出します。
「ホウリ」
わたくしとホウリは、ガラスをすり抜けて水槽の中に入りました。そして、正体不明の這いずるものを食べ始めます。
這いずるものがここにいるということは、誰か人間を蟲の世界に落とした者がいるということです。この這いずるものも何者だか分かりませんが、これに縛られている人間がいる以上、これを蟲の世界から消し去らなければ人間の世界は戻ってきません。
わたくしとホウリは這いずるものを食ってしまいました。
そうしてわたくしは太郎様の眼帯の下に、ホウリは花子様の虫眼鏡に戻りました。花子様は虫眼鏡をしまうと、人間の世界が正常に戻ってくるか見ていました。
はたして、人間の世界は戻ってきました。大きな水槽をはじめとして、徐々に血が晴れていきます。そうして元の青い光が水族館の中を満たしきると、完全に人間の世界が戻ってきました。
他の人々は、突然のことに腰を抜かしたり泣き出したりしています。これはもしかしたら心の傷になったかも知れません。
しかし太郎様も花子様も落ち着いたもので、この異変の元を視線を巡らせて探しました。
すると、大きな水槽の前に、一人の青年がいるのが見えました。青年は呆然と水槽を見上げて、何か呟いていました。
その青年から感じる、何か不安定な感情。これは一体何でしょう。
「……これで……これで彼女は永遠に……」
この非常時に呟くような言葉ではありません。明らかにこの青年が、この異変の元凶です。
「おい」
太郎様が声をかけます。青年は顔を向けませんでした。
「いまのは、お前がやったのか」
「いまの……」
「あの這いずるものは誰だ」
「あれは……」
青年は水槽を見上げたままにたっと笑いました。
「あれは僕の彼女ですよ……」
「お前の恋人?」
「男にだらしない人で、浮気をされてたんです……。でも僕が医学部に受かったことが分かると、すぐに戻ってきました。でも何度も離れていった彼女を、そう簡単に信じることができますか? 彼女は医学部という僕の肩書きに惹かれて戻ってきただけで、僕には興味がないんです。他の医学部生が現れたら、いやめぼしい医者や金持ちが現れたら、またすぐに乗り換えていくに違いありません。だから、もう二度と放蕩できないように……蟲の世界に落としてやったんです」
青年は弾けたように笑い出しました。
「あはは! いい気味ですよ! 僕を苦しめた分だけ、もっともっと苦しめばよかったのに! ああ残念だ! 実に残念だ!」
青年はそう言って笑いながら去って行きました。狂ったように笑っている青年を、他の客達は危ないものを見るような目で見送ります。
そして青年が行ってしまうと、水族館の中は奇妙な空気になりました。血と絶望の世界の後に、狂ったように笑う青年。さっきまで穏やかだった日常とは相容れない二つのものを連続して見て、誰もが呆然としていました。
対して花子様は落ち着いたものです。
「ああ、興がそがれたわ」
「そうか」
太郎様もさすがに落ち着いていらっしゃいます。
「ね、兄様、とびきり美味しい喫茶店でお茶にしましょ。口直しだわ」
「そうだな」
太郎様と花子様は連れだって水族館を後にしました。水族館は今の異変から全く立ち直れていませんでしたが、魚たちはいつも通りにすいすい泳いでいました。
そうして水族館を出ると、既に雨は上がっていました。
「兄様、雨が上がってるわ」
「そうだな」
「虹が見えないかしら」
「そうだな」
そんな話をしながらお二人が入ったのは、駅ビルの中の、ちょっと落ち着いた喫茶店でした。
そうしてお茶やケーキを注文すると、それが運ばれてくるまで待ちました。待っている間、花子様は見えもしないのに、マリモの瓶をじっと見つめていました。
やがてお茶とケーキが運ばれてきました。
花子様はテーブルの隅にマリモを置くと、両手を合わせました。
「美味しそうだわ」
「そうだな」
「頂きます」
そう言って、花子様はケーキを頬張りました。
そして口を動かして飲み込んでから、花子様は妖しい笑みのまま首を傾けました。
「それにしても、突然だったわ」
「そうだな」
太郎様はお茶にもケーキにも手を出しません。一応太郎様も注文したのですが、これは全て花子様のお腹に入る予定です。
「こんなこと、久しぶりね」
「ああ」
「せっかく楽しい気分だったのに」
「ケーキで機嫌は直らないか」
「直ったわ」
「そうか」
花子様はまたケーキを頬張ります。
そうしていると、田中のご兄妹が座る席に近付いてくる人がありました。
太郎様がそちらを向きます。
その人は、田中のご兄妹の真横で立ち止まりました。そして、テーブルに並べられたお茶やケーキを眺めます。
ひょろりと背の高い男でした。茶色い髪に、不気味な目。にやりとした大きな口。醜男とまではいきませんが、気味の悪い顔の男です。
太郎様が見つめているので、花子様も視線を上げました。
「何か用か」
太郎様が問いかけます。
すると男はへっへっと笑いました。
「僕は
「そうか。それで、何か用か」
「あんたたち、その道で名高い田中兄妹だろ?」
「どの道か分からないが、確かに俺たちの名字は田中だ」
「本当にそうなのかなあ……」
喜久馬様はねっとりと舐めるように太郎様と花子様を見ました。
「その名前、偽名って噂だけど? 田中太郎に、田中花子。まともに考えたら、偽名っぽくない?」
「偽名らしかろうがどうでもいいだろう」
「それはそうだ。ひひっ……」
実に気味の悪い男です。一体何の用だというのでしょう。
「二人とも、綺麗な顔だなあ……ああ、綺麗だ」
「あら。見る目があるのね」
花子様は動じません。太郎様もです。
「でももっと綺麗なのは、栗花落エリヤだ」
その言葉に、太郎様と花子様は黙り込みました。喜久馬様の真意を探ろうとするように、じっとその顔を見つめます。
すると警戒されているのが分かったのか、喜久馬様は両腕を広げました。
「いやあ、僕はね、こう見えて仕事人でね。人々に蟲の世界のことを教えてあげては、人間の落とし方をレクチャーして歩いてるんですよ」
「ふうん」
太郎様は心底興味がないというふうで返事をしました。
「言わば、僕みたいな人間がいて初めて、あんたたちの商売は成り立つわけだ」
「俺たちの商売が成り立っているのは、夜船みたいな好事家がいるからだ」
「まあまあ、そんなこと言わないでよう。もっと僕のこと評価してよ」
「専門外でな。評価のしようが分からん」
「まあまあ、そんなこと言わずに。へへへ……」
「それで、蟲の世界の講師が何の用だ」
「あれれ? 僕のこと怒らないの?」
「何の話だ」
「だって、僕がいるから、人々はお互いを蟲の世界に落とし合っているんだよ? 憎悪を煽ってさ」
「だったら何だ」
「何だって、冷たいなあ」
「人の商売に口を出すほど野暮ではないからな」
「何だよう。もっと関心持っておくれよ」
「関心を持ってほしいならさっさと本題に入れ」
「まったく、せっかちだなあ」
太郎様は本来せっかちな性質を持ちませんが、この気味の悪い男によって妹との時間を邪魔されるのがいやなのです。だからさっさと話を終わらせて、帰ってほしいというのが本心です。
それが分からないのか、男は悠長に笑っています。
「本題ね。もういいよう。だったら話してあげるよ。僕はね、栗花落エリヤが邪魔なんだ」
「邪魔だと?」
「そうさ。栗花落エリヤは蟲の世界から人間を生還させられる。そうなっちゃ、永遠に葬り去れるっていう、僕らが使ってるキャッチコピーがさあ。ね? 分かるでしょ」
「それで」
「それでって、相変わらず冷たいなあ。だから、そのうち栗花落エリヤを蟲の世界に落とすから、その時は後処理をよろしく頼みたいんだよ」
太郎様はふいと顔を背け、お茶に口を付けました。
「断る」
「えー?」
「エリヤに手を出してみろ。どうなっても知らん」
「え? え? なに? それって警告?」
「そうだ」
「俺がどうにかしてやるって? やだあ太郎くんかっこいいーっ」
「そういう意味じゃない。とにかくやれるならやってみろ」
太郎様はそれ以上喜久馬様を見ませんでした。これはこれ以上相手はしてもらえないとさすがに悟ったのか、喜久馬様はもう一度両腕を広げると、挨拶しました。
「それじゃ、その時を楽しみにしててよ。じゃね、ぐっばーい」
そうして行こうとしてから、思い出したように立ち止まりました。
「あ、そだ」
太郎様はもう返事をしませんでした。
「さっきの水族館の、楽しんでもらえた? じゃ今度こそ、ばいばーい」
そう言うと、喜久馬様は行ってしまいました。
「サイテー」
花子様のぽつりとした呟きを聞かないまま。
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