第5話

先ずは巡査の話だ。(彼の事が、メインだから。)彼は私の家に、仕事の合間に来た。私がいない時に来た。           母に私と付き合いたいからと頼みに来た。私と正式に付き合いたい、結婚を前提にしてと。私が高校を卒業したら結婚もすると。 だが母と祖母は大変に怒って、絶対に駄目だと断った。               巡査は何度も頼み、理由も聞いたが、まだ 若いし早すぎると言って母は怒鳴りまくり、凄い剣幕で断った。余りしつこいなら、上の人に苦情を言うからと言って。      巡査は仕方なく帰って行った。      大体そんな感じだった様だ。       私の家では母と祖母は何でも私の事を勝手に決めていた。私の意見なんて殆ど通らなかったし、又聞かなかった。だからだ。    勝手に何でも決めるから、私の事でも私に教えずに決めたり、又は私に関係する事でも私には教えなかったりしたりした。だから今の事もそうだ。              例えば誰かが私と遊びたいからと、もし家に来たら、自分達が嫌なら何か理由をつけて 断ったり、私がいなければ来た事も教えなかった。そして後から分かったりした。   又どんなに行きたくなくてもさせたければ、無理矢理に外へ行かせて遊ばせたりした。 どんな理由でもつけて。         いつもではないが、私が若い時には基本的にはそうした家庭だった。         要は私は所有物で、自分達の持ち物だったから、何をしても自分達は許されるし、権利があると思っていた。恐ろしい事に、そう思い込んでいたのだ!!           そしてそうして勝手に決めた事や決める事を、"あんたの為だから"、と最もらしく言っていた。                本当にそう思っていた場合と、嘘や、適当に自分達の都合で言っている場合もあった。 だがそれでも、それを言うのは"自分達"だ から、言う権利が当然あると言う考えだった。                  だから巡査が家に来て帰る時に、私が外で偶然、門を出た彼の後ろ姿を見ても、何をしに来たのかをハッキリとは知らせず、知らなくても良い、まだ子供だから関係ないから、と厳しく言った。聞いても教えなかった。だから詳しくは分からなかったが、何となくは分かった。                母が私の叔母で、自分の妹が家に来た時にもその事をグチったから、叔母は驚いて反論した。良い相手なら、真面目な相手なら別に 良いではないかと。むしろそのほうが良いではないかと。              だが母には母の考えもあった様だ…。   それで巡査は母に頼んでも駄目なのでその事は諦めた。               だから違う方法を取った。        それから直ぐに、私がニ階の部屋にいる時に、窓ガラスにカチンカチンと何かがぶつかり、小さな音がしばらく続いた。     私は最初、変に思いながらもそれを無視した。だがいつまでもそれは続いたから、ついには窓ガラスを開けて外を覗いた。    下を見ると、あの巡査が立っていた。彼は私がいた部屋の窓ガラスに、小さな小石をぶつけていたのだ!!自分に気が付く様にと。 驚いたが、慌てて下に降りて庭に出て、門を開けて外に出た。急いで彼の側に行く。  「どうしたのー?!」          「ああすれば、気が付くと思ったから。」 「何で二階の部屋にいるって分かったの?」「この間来た時に、下は居間と台所だったでしょ?だから、寝室は二階だと思って。」  当時私が生まれ育った家の構造は、ニ階に 一部屋、下に三部屋だった。       下の、正面から見て左側は当時長い間他人に貸していたが、途中からは祖母がその部屋に移り、下の真ん中の居間には母が夜は布団を敷いて寝ていた。            そのもっと前で、私がもっと小さな時には、二階にベッドを2つ置いて、そこは私と母との部屋だった。             だから彼は、二階の部屋が私の部屋だと分かったのだ。               「今、何してたの?」          彼が聞いた。             「本、読んでた。」            本当は漫画本を読んでいたが、そう答えた。                  「何の本?」              「…シェイクスピア。」         「シェイクスピアの何?」        「あの、"真夏の夜の夢"。」        巡査は黙って聞いている。        「あの、シェイクスピアの作品にあるの! 凄く面白いんだよ?!喜劇で。」      私の顔をジッと見つめている。      「シェイクスピアって悲劇ばかり書いてるけど、ロミオとジュリエットだとかを。でも、これは違うの!!喜劇でね、凄く面白いから、私、大好きなの!!」        前に読んで、凄く好きだったシェイクスピアの作品について熱く語った。       「みんな、知らないんだけど。でも私は凄く好きなの!!」             「知ってるよ。読んだから。」      「知ってるの?!」           私は驚いた。              「うん。」               「本当?!」              「うん、知ってるよ。うちにあるもん。」 「うわぁ、知ってるの?!みんな、普通、誰も知らないんだよ?でも知ってるの、凄いね!!」                彼は嬉しそうに微笑んだ。        「本、好きなの?」           「うん、好き!でも最近は余り読まないけど、子供の時は毎日読んでたよ。」     彼はどんなのが好きだと聞いたから、色々と答えた。彼と本の話をした。       そうそう!角川文庫で出していて、何本も映画化された横溝正史シリーズの話もした。 彼は、シェイクスピアの本も沢山あり、全集があるだとかを言っていた。凄く沢山の本が家にはあると言った。そして、聞いた。  「うちに来る?見せてあげようか?」   「エッ?」               「うちに来れば、沢山色々とあるから。貸してあげても良いよ?」         「本当?わぁ、行きたいなぁ!!」    「じゃあ今度おいでよ。僕の家はI区にあるから、遠くないから。」         「でもママが…。ママに分かったら大変だから。ママに私との事を断わられたんでしょう?」                 「うん。付き合いたいし、将来はちゃんとに結婚も考えてるって言ったよ。でもそう言ってた。」                「結婚?じゃあ私、結婚したら○○って名前になるんだね?!」           私は嬉しそうに笑った。         「だから大丈夫だよ。分からなきゃあ。だから、遊園地も、行こうよ。」        「遊園地?!」             「行こうよ、遊園地。行きたいんでしょう?」                 「うん!」               「じゃあ、行こう。」          「分かった!!」            そして、私達は遊園地デートの為の場所と時間を打ち合わせた。           それから私が、彼の制服について、装備している物に付いて珍しそうに見たりして聞いたから、教えてくれた。          「おいで。」               彼は私を抱き寄せた。周りに人はいない。祖母も近所に買い物に行っていた。だが誰かに見られたらまずいと思った。       だが引き寄せられて、私は身体をもたれかけた。彼は私の身体に腕を回していた。   「何だか私達、ロミオとジュリエットみたいだね…。」                私は先程のシェイクスピアの本の話がまだ頭に色濃くあったから、自分達をそれに照らし合わせていた。             少しすると、知らない中年の主婦が歩いて 来て、私達を見て凄く驚いて見つめながら通り過ぎようとした。           巡査は私を引き離すと言った。      「どう?もう具合悪くない?大丈夫?」「は、はい。」             「そう、良かった。じゃあ、もう僕は行くね?」                 そして彼は警察署の方向へと歩いて行った。

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