第16/17話 決着
「それでは、小留戸。実包の使用を試みておくれ」
彼は、取り出した実包を拳銃に装填すると、銃口を武幡に向けた。すでに、ヘルメットを被っている。
(これで、終わりだ)
小留戸は、そう心の中で呟いてから、トリガーを引いた。
かちり、という金属音が、作業場に響き渡った。
「小留戸、外れだ。拳銃を置いておくれ」
(な……?!)彼は目を、ばっ、と瞠った。(これも外れだって……?! じゃあ、当たりは、【少し軽い実包】か【一・五倍ほど重い実包】の、どっちかだって言うのか?!)
思わず、誰にともなく、心の中で抗議した。しかし現に、【少し重い実包】はすべて、外れだったのだ。当たりは、【少し軽い実包】または【一・五倍ほど重い実包】である、と考えるしかない。
(ぐう……)
小留戸は、心の中で唸りながらも、拳銃を持った左手を下ろした。シリンダーから実包を取り除くと、左隣にある机の上に、ごと、と置く。
ベレッタが、箱を、同じ机から、武幡の、こちらから見て左隣にある机へと、移動させた。「それでは、武幡。実包を引いておくれ」
武幡は、箱を持ち上げると、胸元に引き寄せ、右手を穴に入れた。彼が実包を選んでいる間に、小留戸は、ヘルメットを被った。
(そりゃ、まあ、防弾服を着ているんだから、当たりを引かれても構わないっちゃあ、構わないんだけれど……)小留戸は、はあ、と溜め息を吐いた。(できれば、やっぱり、外れを選んでほしいもんだね。いくら、防弾服を纏っているからって、撃たれるのは、気分が悪い……それに、弾丸が絶対に跳ね返される、とは限らないしね)
いくら、防弾性を備えたユニフォームである、とはいえ、着やすさ・動きやすさが優先されているため、どんなに威力の強い弾丸でも防ぐことができる、というわけではない。このギャンブルにおいて使用している実包の弾丸も、通常ならば、このシャツでは阻みきれず、貫通してしまうのだ。
(だから、「実包くじ引き」が始まる前──ベレッタちゃんの提案を受けてから、武幡くんたちとギャンブルの内容に関する話をするまでの間、作業場の南西の隅で、部下たちも総動員して、細工を施した。ぼくたちが持っている、すべての実包について、入れられている火薬の量を減らしたんだ。発射される弾丸の威力を、防弾シャツに跳ね返されるくらいに弱めるために)
別に、実包を構成する弾丸と薬莢は、接着剤か何かで強力にくっつけられている、というわけではない。ペンチで弾丸を摘まみ、手前に引っ張れば、すぽ、と引っこ抜くことができる。
薬莢の中、弾丸より奥にある空間には、火薬が詰まっている。小留戸たちは、それを、もともと入っていた量の三分の二ほどに減らしてから、弾丸を嵌め込みなおしたのだ。ペンチは、作業場に置かれていた物を使用した。
(いくら、ギャンブルで負けないためには必要不可欠だった、とは言え、なかなか、面倒な作業だったね……)
思わず、はあ、と溜め息を吐いた。その頃には、もう、武幡は、実包を取り出しており、拳銃に装填していた。銃口をこちらに向け、トリガーを引く。
かちり、という金属音が鳴った。
「武幡、外れだ。拳銃を置いておくれ」
武幡はそれを、こちらから見て左隣にある机の上に置いた。
ベレッタは、箱を、同じ机から、小留戸の左隣にある机へと移動させた。「それでは、小留戸。実包を引いておくれ」
彼は、箱を引っ張り、自身の近くまで寄せた。左手を穴に突っ込むと、中に残っている二個の実包、それぞれの重量を測定する。
【少し軽い実包】と【一・五倍ほど重い実包】だった。
(うーん……はたして、どちらが当たりなんだろう?)
3ターン目までは、「元の重量より小さくなるなんてありえない」と思っていた。しかし、よくよく考えてみれば、そうとは言いきれない。例えば、小留戸がケースから当たりの実包を摘まみ上げた時点で、すでに表面に何かが付着しており、それが、武幡が実包を落とした拍子に、取れてしまったのかもしれない。
(それか、あるいは、【一・五倍ほど重い実包】のほうが、当たりなのか? しかし、いったい何が起きたら、元の一・五倍もの重量になるんだ……?)
そこまで考えたところで、ふと、思いついたことがあった。【一・五倍ほど重い実包】の表面を、左手で、ぺたぺたぺたぺた、と撫でまわす。
しかし、何も付着してはいなかった。どの部分も、金属の、つるつるとした触り心地が感じられる。
(つまり、【一・五倍ほど重い実包】は、最初からこの重量だった、ということだ──武幡が、床に落とした拍子に、何かが表面に付着して、そのせいで重たくなった、というわけじゃない。それほどまでに重量を増加させるような物が付着しているなら、現時点においても、触れば、わかるはず……しかし、何も不審な点はない)
すなわち、【一・五倍ほど重い実包】は、当たりではない。
小留戸は(よし!)と心の中で叫んだ。(【少し軽い実包】を選ぼう!)それを左手に取ると、箱から引いた。
「それでは、小留戸。実包の使用を試みておくれ」
小留戸は、引いた実包を拳銃に装填すると、銃口を武幡に向けた。彼はすでに、ヘルメットを装着していた。
(さきほどは、有言不行となってしまって、格好悪かったが……)にやり、と顔を歪めた。(今度こそ、有言実行──これでお終いだ、武幡くん)
小留戸は、トリガーを引いた。
かちり、という金属音が鳴った。そのボリュームは、ほんのわずかであったはずなのに、鼓膜、いや、心臓を劈かれたような気持ちになった。
「小留戸、外れだ。拳銃を置いておくれ」
武幡は、ヘルメットを脱ぐと、こちらから見て左隣にある机の上に置いた。小留戸は、口を半開きに、目を全開にしていた。
(なぜ、弾丸が発射されない──この実包も、外れだと言うのか?!)
そう、心の中で叫んだところで、ようやく、我に返った。慌てて、シリンダーから実包を取り出すと、拳銃を、左隣にある机に置く。近くに置かれていたヘルメットを持ち上げると、頭に被った。
「それでは、武幡。実包を引いておくれ」すでに、ベレッタは、箱を、彼の左隣にある机の上へと移動させていた。
(クソ……まさか、当たりの実包が、あんなに重たくなっているなんて……)
まったく、【プライズ】によって正確な重量を測定することができるせいで、外れを引き続けてしまった。いっそのこと、運任せで選べば、当たりを取り出せたかもしれないというのに。
(箱に入れられた実包は六個、今は6ターン目──言わずもがな、武幡くんが当たりを引くのは、確実だ……)小留戸は、はあ、と軽く溜め息を吐いた。(まあ、ぼくは、防弾服を着ている……体を撃たれても、問題ない。手首から先や、足首から先は、ユニフォームに覆われていないけど、そこら辺なら、弾丸を食らっても、致命傷にはならない──少なくとも、ギャンブルの続行を放棄するほどの怪我を負うことは、ないはずだ)
彼は、ヘルメットを装着した。数秒後、武幡が、左手に持った箱の穴から、右手を引っこ抜いた。
「それでは、武幡。実包の使用を試みておくれ」発砲に成功することはわかりきっているにもかかわらず、ベレッタは律義に言った。
武幡はその後、拳銃のシリンダーに、引いた実包を装填した。グリップを握り、銃口をこちらに向けてくる。それから一秒と経たないうちに、トリガーを引いた。
ばあん、という音がした。
一瞬後、腹部、臍の少し上の辺りに、どんっ、という、強い衝撃を受けた。
(ぐ……! やっぱり、いくら、防弾服を着ているとはいえ、物理的なショックは、防ぎようが──)
いや。
(──なんだか、おかしいぞ?)
衝撃は、肌の上に留まらず、体内にまで入り込んできていた。胴の中に、すさまじいまでの異物感がある。
小留戸は俯き、腹部に視線を遣った。
濃く赤い液体が、だばだばだば、と、そこから噴き出していた。それの正体が、血液である、と理解するのに、数瞬を要した。
(なっ──)
そこでようやく、激痛が、次々と脳を襲い始めた。
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