第15/17話 初めての事態

 小留戸襄箆は、はあ、と溜め息を吐いた。

(まさか、腔発を起こすように細工された拳銃を使わされて、右手を負傷させられるとはね……。まったく、油断していたよ。上手く行けば、無傷でこのギャンブルを終えられる、と考えていたっていうのに)

 すでに、6thラウンドの準備が始まっていた。小留戸が投げて渡した、当たりの実包を、武幡が調べている。

(まあ、無駄だけどね)彼は、ふっ、と嗤った。(たしかに、目印はある。でも、それは、ぼくでなければ、決して認識できないものだ。見つけられたり、消されたりする心配は皆無。何せ、目印というのは──「重さ」なんだからね)

 小留戸の【プライズ】は、《絶対重感》(アブソリュート・バログノシス)というものだ。内容は、いたって単純。どこでもいいので、自分の体に物を載せると、それの重量を、とても細かな単位まで把握することができる、という能力。

(載せる部位によって、測定できる重量の最小単位は、まちまち……でも、手で持ったなら、ナノグラムまで見分けることができる)

 小留戸は、この【プライズ】を行使することにより、当たりの実包を、ピンポイントで選んできたのだ。

(この《絶対重感》がある限り、ぼくが外れを引いてしまうことは、ない……)4thラウンドでの出来事を思い出し、反射的に、顔をわずかに顰めた。(まあ、ラウンドが始まる前に、当たりの実包を手に持って、重量を知っておく必要があるんだけれど……。

 でも、この6thラウンドに関しては、絶対に大丈夫だ。当たりの実包の重量は、さっき、しっかり把握しておいた)

 さらには、ジャンケンにおいても勝利し、先攻権を得ることができた。拳銃については、十枯から新しい物を貰った。別に、彼女を信用していないわけではないが、念のため、自分でも、妙な細工の類いが施されていないことを確認した。利き手でない、左手で発砲する羽目になるが、この距離ならば、じゅうぶん、狙った所を撃ち抜くことができるだろう。

(この6thラウンドで、決着がつく)小留戸は、くくく、と笑った。(そう──ぼくの勝ちだ)

 そこまで心の中で呟いた一秒後、武幡の手から実包が落ちたのが見えた。床にぶつかり、からん、という音が鳴った。

 彼は、慌てたようにそれを拾い上げた。スラックスの左後ろポケットからハンカチを取り、表面を拭う。

 しばらく拭いたところで、ハンカチを元の所にしまった。武幡は次に、実包の表面を、再び、まじまじ、と見つめ始めた。埃や屑といった汚れが付着したままとなり、目印としての役割を果たしてしまうことを、警戒しているのだろう。

(ふん……)小留戸は心の中で嘲った。(そんなことをしたって、無駄なのにね……)

 武幡が、当たりの実包を箱に入れたのは、それからしばらくした後のことだった。その後、ベレッタが、外れの実包五個を箱に投じた後、箱を持ち上げ、手元に引き寄せた。

「それでは、シャッフルするよ」

 ベレッタは箱を、前後左右上下に振り始めた。しばらくの間、その動作を続けた後、小留戸の左隣にある机の上に、箱を、こと、と置いた。

「それでは、6thラウンド、スタートだ。小留戸、実包を引いておくれ」

 彼は、ゴム手袋を嵌めた左手を伸ばすと、箱を掴んで、持ち上げた。中に入っている実包六発を含めた全体の重量としては、特に不審点はない。このまま、ギャンブルを続行してもよさそうだ。

 小留戸は箱を、机の上、自身から近い場所に置いた。左手を穴に入れる。

(さてと──当たりの実包と重量が同じ物は、どれだい?)

 小留戸は、底に転がっている実包を、一つずつ順番に、左手で摘まみ上げていった。重量を、測定していく。

 大して時間をかけずに、六個中五個の重量を把握し終えた。すべて、当たりの実包のそれとは異なっている。

(誤差の範囲、と考えるにしては、重すぎ、あるいは軽すぎだね……どれも、当たりではないと判断してよさそうだ)

 なら、これが当たりだね──小留戸は、そう心の中で呟きながら、最後の実包を、左手で摘まみ上げた。

 精神的な余裕のあまり緩んでいた表情筋が、緩んだままの状態で硬直した。

(……あれ……? これの重量も、当たりの実包のそれとは異なっているぞ……?)

 自分としたことが、いずれかの実包の重量を、誤って把握しているのだろうか。そう思い、もう一度、すべての実包を摘まみ上げていった。

 しかし、またしても、当たりと同じ重量を持つ実包は、見つけられなかった。

(ど……どういうことだい?)

 思わず自問したが、自答できるわけもない。とりあえず、落ち着こう。そう思い、情報を整理した。

(どうやら、実包は、三種類に分けられるみたいだね……)

 一種類目。当たりよりも、ほんの少しだけ、軽い実包。これが、三個ある。

 二種類目。当たりよりも、ほんの少しだけ、重たい実包。これが、二個ある。

 三種類目。当たりよりも、一・五倍ほど、重たい実包。これが、一個ある。

(そう言えば、武幡くん、当たりの実包を箱に入れる前、不審な箇所がないか調べている時に、床に落としていたね……たぶん、その拍子に、重量が狂ってしまったんだろうなあ……小さな埃が付着した、とか、微細な傷がついた、とか、そういう感じのことが起きて……。

 で、問題は、これらのうちどれが当たりなのか、だけれど……)

 まず、【少し軽い実包】。これが当たりである、という可能性は、とても低いだろう。いったいどうして、重量が、過去の時点よりも小さくなってしまうのだ。

 次に、【一・五倍ほど重い実包】。これが当たりである、という可能性は、さきほどと比較すれば高いが、それでも、確率そのものは、低いに違いない。

 なにしろ、一・五倍ほども重いのだ。もし、実包に何かがくっついたせいで重たくなったのであれば、それの質量は、かなり大きいことになる。

 武幡は、実包を拾った後、それをハンカチで拭い、表面を念入りに確認していた。そんな彼が、付着物を見逃すはずはない。

(つまり、当たりは、【少し重い実包】二個のうち、どっちか……)

 はたして、どちらを選ぶべきなのか。さすがにそれは、勘で決めるしかないだろう。

(……よし、こっちを引こう!)

 しばらくして小留戸は、そう決断した。その時に摘まんでいた実包を保持したまま、左手を穴から抜く。

「それでは、小留戸。実包の使用を試みておくれ」

 彼は、左手と、比較的治まりはしたものの未だずきずきと痛んでいる右手を駆使して、なんとか、拳銃を折った。シリンダーに実包を装填すると、伸ばす。

 小留戸は、左手でグリップを握ると、銃口を武幡に向けた。彼はすでに、ヘルメットを被っていた。

(どうか、当たっていますように……!)小留戸は、そう祈りながら、トリガーを引いた。

 かちり、という金属音がした。それだけだった。

 弾丸は、発射されなかった。

「小留戸、外れだ。拳銃を置いておくれ」

 彼は、ふん、と鼻を鳴らした。拳銃を折り、シリンダーに装填されているカートリッジを抜いてから、伸ばす。その後、左隣にある机の上に、ごと、と置いた。

(さっきのターンで引かなかったほうが、当たりか……)

 武幡はヘルメットを脱ぐと、ふう、と、安堵による物らしい溜め息を吐いた。こちらから見て彼の左隣にある机の上に、こと、と置く。

「それでは、武幡。実包を引いておくれ」

 すでにベレッタは、箱を、こちらから見て武幡の左隣にある机へと移動させていた。彼は、それを持つと、胸元に引き寄せた。ゴム手袋を嵌めた右手を、穴に入れる。ごそごそ、と探り始めた。

(外れを選んでくれれば、いいんだけどなあ)小留戸は、ぼんやり、と願った。(まあ、別に、どっちでもいいさ。当たりを引かれたところで、ぼくは防弾服を纏っている)

 今、彼が着ている、親衛隊のユニフォームのことだ。特殊な素材で作られており、とても丈夫に出来ている。

(よって、銃創を負う可能性があるのは、制服に覆われていない部分──首から上、手首から先、足首から先、の三箇所。手首から先、と、足首から先、はともかく、首から上、を撃たれたら、敗北するどころか、死んでしまう。だから、狙われる側のプレイヤーは、防弾ヘルメットを被っていい、というルールにした)

 小留戸は、ヘルメットを装着した。その直後に、武幡が、右手を穴から抜いた。

「それでは、武幡。実包の使用を試みておくれ」

 彼は、取り出した実包を、拳銃のシリンダーに装填すると、こちらに銃口を向けてきた。間髪入れずに、トリガーを引く。

 かちり、という金属音が鳴った。弾丸は、発射されなかった。

「武幡、外れだ。拳銃を置いておくれ」

 彼は、シリンダーから実包を取り除くと、拳銃を、こちらから見て左隣にある机の上に置いた。

 ベレッタは、箱を、同じ机から、小留戸の左隣にある机へと移動させた。「それでは、小留戸。実包を引いておくれ」

 彼は、箱の手前の辺を、左手で持った。本体を、自身の近くまで、ずずず、と引き寄せると、穴に左手を入れた。現在、中に残っている、それぞれの実包の重量を、一つずつ、測定していく。

 その内訳は、次のようになっていた。

【少し重い実包】が、一個。

【少し軽い実包】が、二個。

【一・五倍ほど重い実包】が、一個。

 小留戸は、心の底から込み上げてくる、にやり、というような笑みを、抑えきれなかった。

(決まりだ……この【少し重い実包】が、当たりで間違いない!)

 小留戸は、それを摘まんだまま、左手を穴から抜いた。

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