第14/17話 作戦開始

(そうか……それこそが、メリットなんだ。おれに、やつの【プライズ】が《装甲皮膚》である、と思わせることこそが……)

 つまり、こういうことだ。彼は、実は、己の持っている、とある【プライズ】を行使することにより、このギャンブルを、有利に進めている。それを、こちらに気づかれたくなくて、「自分の【プライズ】は《装甲皮膚》である」という嘘を吐いたのだ。

【プライズ】は、一人の人間につき、一つしか顕現しない。「小留戸の【プライズ】は《装甲皮膚》である」と思い込む、ということは、すなわち、「小留戸は『肌を堅くする』という以外に、特殊能力を持っていない」と思い込む、ということだ。

(なら、やつの本当の【プライズ】は、いったい何なんだ? 別に、今まで、やつがそれを行使したような場面というか、不自然な出来事なんて、なかったし……やけに都合がいいな、とか、やけに勘が鋭いな、とか、思うことなんて──)

 いや。

(あった……3rdラウンドで、あったな。

 おれはその時、あらかじめ、箱に、細工した実包を入れておいた……カッターナイフの刃を取りつけ、その表面に毒を塗った実包を。先攻は、小留戸のほう……もし、やつが、いつもどおりに箱に手を突っ込んでいれば、肌に切り傷を負って、そこから毒に侵されていた。

 毒は、柔代の【プライズ】により生成された物で、とても強力……もし、わずかでも侵されたならば、少なくとも、ギャンブルを続行できるような状態ではいられなくなる)

 しかし、小留戸は、手を入れなかった。その前に、箱の中に、細工された実包が転がっていることを、見抜いてしまった。

(今にして思えば、あれは、かなり不自然だ。なんで、「箱の内部に、異常な状態の実包が入っている」なんてことが、わかったんだ?

 やつは、本当は、いわゆる透視能力のような【プライズ】を持っていて、それで箱の中を見て、気づいたのか?)

 いや。そもそも、小留戸が箱の蓋を開けたのは、「なんだか、箱の様子がおかしい」と感じたからだろう。しかし、「具体的に何が起きているのか」ということは、蓋を開けてからわかったようだった。つまり、透視の類いではない。

(じゃあ、実包が転がった時に立てた音か何かで、気づいたのか?)

 いや。ベレッタが箱を振り、実包をシャッフルしている間は、特に、小留戸の態度に変わりはなかった。様子がおかしくなったのは、それが終わった後、彼が、箱を左手で持ち上げた時だ。

(箱を持ち上げたことで、内部が、何か妙なことになっている、とわかったのか……? しかし、持ち上げたからといって、何がわかるってんだ?)

 武幡は腕を組むと、「物を持ち上げる」という行為について、思いを巡らし始めた。

(……そういやあ、この前、出場した、ベル運びシャトルラン大会……あれ、すごい、しんどかったなあ……)

 そんなことを思い出し、武幡は、はあ、と小さく溜め息を吐いた。運ぶ対象の鐘は、ほとんどが小さく、最初に見た時は、これならたくさん持てるかもしれない、と考えた。しかし、実際に手にしてみると、とても重たかった。あれには、びっくりしたものだ。

(……待てよ、「予想していたより重たかった」? ……そうだ!)

 武幡は思わず、叫び出しそうになった。ぐっ、と歯を食い縛って、堪える。

(置いてある物を持ち上げることにより、置いていた時点と比較して、新たに得られる情報が、一つある──それは、「物の重さ」だ。

 それこそが、小留戸の【プライズ】に、深く関係しているんじゃないのか? 

 つまり──やつの【プライズ】は、「所持している物体の重量を、正確に把握する能力」じゃないのか?)

 絶対音感、という体質がある。小留戸の【プライズ】は、いわば「絶対重量感」とでも形容すべきものではないだろうか。物体を持ち上げると、それの重さを、細かな単位まで、正確に知ることができる能力。

 だからこそ、彼は、箱の中に、他とは異なる状態の実包がある、ということに気づけたのではないか。あの時、武幡の細工した実包には、マスキングテープにカッターナイフの刃、表面に塗られたグリースというような、さまざまな物が付加されていた。そのせいで、3rdラウンドにおける箱の総重量と、1stラウンド・2ndラウンドにおけるそれとに、大きな差が──あくまで相対的な値であり、絶対的な値で考えると、微々たるものだろうが──あったため、「箱の中で、何か、異常な事態が発生している」と思ったのではないか。

(待てよ待てよ……そう考えると、他にも、納得できることがあるぞ……)

 小留戸は、各ラウンドが始まる前において、当たりの実包を、ケースから取り出してから、武幡に渡していた。彼は、その時、当たりの実包の重量を把握しておいたのではないか。そして、自分が箱に手を入れた後、中に転がっている実包を、一つずつ摘まみ上げていき、当たりと同じ重量の物を探したのではないか。

(1st・2ndラウンドでは、やつは、最初に訪れた自分のターンで、いきなり当たりを引いた。それもそのはずだ、なんせ、当たりの実包の重量を──当たり外れを判別する目印を、知っていたんだから。

 それに対して、4thラウンドでは、当たりの実包は、おれが直接、ケースから取り出して、箱に入れた……だから小留戸は、目印となる重量がわからず、外れを選んでしまったんだ)

 彼は、自身の【プライズ】を行使すれば、ほとんどの場合において勝つことのできるようなギャンブルを、勝負として提案したのだ。

(だが……駄目だ)武幡は、軽く顔を歪めた。(まだ、小留戸の【プライズ】の正体がわかっただけだ。それに対処する策は、見つかっていない。

 うーん……なんとか、やつに、当たりの実包を引かせない方法は……外れの実包を掴ませる方法でもいいんだが……)

 武幡は、スラックスのポケットから、当たりの実包と外れの実包を、一つずつ取り出した。何か、ヒントになるような物はないか、と思い、じいっ、と見比べる。

(──ん?)

 ふと、あることに気がついた。

(待てよ……これはいったい……)

 武幡は、まじまじ、と、二個の実包を凝視し続けた。しばらく経ってから、それらをスラックスのポケットにしまう。

「小留戸!」

 彼は、こちらに視線を向けてきた。すでに、出血はほとんど治まっており、顔色もある程度は回復していた。

「何だい? 6thラウンドなら、そろそろ始めようか、と思っていたところだよ」

「その前に、トイレに行かせてくれ」

 小留戸は、嫌悪感を露骨に顔に出した。「また、かい? 何か、妙なことをするんじゃないだろうね?」

「いやいや……」武幡は、ふふ、と笑ってみせた。「用を足すだけさ。なんなら、一緒に入るか?」

 小留戸はしばらくの間、黙ったまま、睨みつけてきていた。しかし、やがて、はああ、と大きな溜め息を吐くと、「……行ってきなよ」と、吐き捨てるように言った。

「ありがとよ。じゃあ……あっ、ちょっと待ってくれ。トイレに向かう前に、少しだけ、柔代と話しておきたいことがある」

 武幡はそう言うと、柔代の立っている所まで行き、彼女に小声で話しかけた。「柔代。お前の持っている実包を、いくつか貸してくれ。そうだな……三個で、じゅうぶんだ」

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