第13/17話 疑問

 南部武幡が、ごくり、と唾を飲み込むのと、ばがあん、という音が、小留戸の構える拳銃から鳴ったのとは、ほぼ同時だった。

(やった!)彼は、思わず右手で小さくガッツポーズをした。(小留戸のやつ、当たりを引きやがったぞ!)

「ぐああ……!」

 小留戸は、呻き声を上げた。左手で、右手首を握り締める。

 彼の右手は、異常な状態になっていた。

 掌が、皺くちゃのティッシュペーパーのごとく、複雑に折れ曲がっている。五本あった指は、今や四本しかなく、そのうちの小指に至っては、文字どおり皮一枚で繋がっており、宙ぶらりんになっていた。ゴム手袋の下、ところどころの肌が捲れて、ピンク色の肉が剥き出しになっている。ぼたぼたぼた、と、血が落下し、床に染みを作っていた。

「ぐうう……!」

 小留戸は再度、呻いた。直後、かしゃかしゃかしゃん、という音がした。

 さきほどから宙を吹っ飛んでいた拳銃が、床に着地した時に立てた物だ。それの聞こえてきたほうに、視線を遣る。

 中折式である拳銃は、今や、真っ二つに折れ、完全に分離してしまっていた。近くには、本体から外れたシリンダーが転がっている。円筒状である銃身の先端は、激しく裂けていて、四枚の細長い長方形をした曲面に分かれており、上下左右へと広がっていた。

(成功する可能性は高い、とは言え、上手く行くかどうか、心配していたが……)ふふ、と笑った。(杞憂だったな。やつの拳銃は──やつに渡したおれの拳銃は、計画どおり、腔発を起こした)

 細工を施したのは、5thラウンドが始まる前、トイレに行った時だ。武幡は、便所へ向かう前に、作業場にあった、小さな金属球やパテ、鉛筆を懐に入れていた。拳銃は、4thラウンドが終わった時、たまたま、スラックスの右の後ろポケットに突っ込んでいたので、そのまま持ち出すことができた。

 仕掛けの内容は、とても単純だ。最初に、拳銃を折る。次に、銃口のほうから、銃身の内部へ金属球を入れる。そして、銃口と薬室の二方向から、小さく丸めて球状にしたパテの塊を入れ、金属球の所まで転がす。最後に、同じく銃口と薬室の二方向から、鉛筆を挿し込んで、それの底でパテを押し潰し、金属球を接着・固定する。

(小留戸が、当たりの実包を入手した場合、トリガーを引いたら、とうぜん、弾丸が発射される……しかし、銃身の先端付近には、詰め物がなされている。よって、腔発を起こしてしまう)

 改造した拳銃は、5thラウンドが始まる前、小留戸に難癖をつけることで、手に取らせることができた。その後はひたすら、彼が仕掛けに気づきませんように、彼が早く当たりを引きますように、と祈っていた。

(まったく、緊張しすぎて、生きた心地がしなかったよ)

 金属球を銃身に詰めると、当たり前だが、全体の重量が増加する。そこで武幡は、「超軽量」と謳われているパテを使用した。

(しかし、小留戸は、仕掛けが施される前の時点における、拳銃の重さを知らない……細工された後の拳銃を手に持っても、それが以前より重たくなっているだなんて、わからないだろう)

 懸念は、もう一つあった。当然のことながら、銃身の内部を覗き込まれれば、すぐさま詰め物に気づかれる。

(でも、おれは、その可能性もかなり低い、と考えていた)

 第一に、銃口側から覗き込まれる可能性。だが、そもそも、そのようなことをする必要性が、小留戸にはない。実包さえ装填していなければ、銃口を覗き込んだところで、何の危険もないが、気分のいい行為でないことは明らかである。必要性がなければ、わざわざやらないはずだ。

 第二に、薬室側から覗き込まれる可能性。銃口側からの場合と同じく、そのようなことをする必要性も、小留戸にはない。さらに、彼は、引いた実包をシリンダーに込める動作を、いつも、拳銃の側面を自身の体に向けた状態で、行っていた。それならば、銃身の内部に細工が施されているのがたまたま目に入る、という事態が発生する確率も低い。

(問題は、おれみたいに、拳銃の背面を自身の体に向けて、実包を装填するケースだ……その場合、銃身に何かが詰められている、ということに気づかれるリスクが高い。

 しかし小留戸は、親衛隊の小隊長という職に就いている。そのため、実包をシリンダーに込める作業には、手慣れていた。よって、おれみたいな、素人丸出しなやり方では、装填しなかった)

「きみい……」小留戸が、低音で唸りながら、こちらを、ぎろり、と睨みつけてきた。「拳銃に、腔発が起きるような細工をしただろう……!」

「おいおい……」武幡は白々しく、はん、と鼻で笑ってみせた。「どうして、そんな発想に至るんだ? 単に、あんたの使おうとした拳銃が、動作不良を起こして、そのせいで腔発が発生したんじゃないのか?

 それとも、何か? おれが拳銃に仕掛けを施した、という証拠でもあるのか? だいいち、そんな物があったとして、それは何か、問題なのか? 別に、『相手プレイヤーの用いる拳銃に細工してはならない』なんていうルールは、なかっただろう?」

 その後も小留戸は、ひどく怨めしそうに、こちらを睨みつけてき続けた。しかしやがて、ちっ、と舌打ちすると、視線を、武幡の顔から、未だ左手で握り締め続けている右手首へと移した。

(拳銃が腔発を起こしたらどうなるか、なんて、ぜんぜん知識がないから、この作戦によって、どれほどのダメージを与えられるか、あまり予想がつかなかったが……)

 武幡は、あらためて小留戸の様子を見た。彼は、はあ、はあ、はあ、と息を荒げており、ときおり、「ううう……!」と呻いていた。まだ、6thラウンドを始めよう、というようなことは言ってこない。ある程度、痛みが引いたり出血が収まったりして、わずかでも体力が回復するのを、待っているのかもしれない。

(期待していた以上の成果だな)ふふ、と、ほくそ笑んだ。(明らかに、大怪我だ……さすがに、ギャンブルの続行を放棄させるには、至らなさそうだが、少なくとも、今後、右手は使い物にならないだろう。まさか、都合よく、両利き、というわけじゃあるまい? 利き腕でない左手で発砲するとなれば、いくら射撃の名手とはいえ、命中率が下がるはずだ……希望が見えてきたぞ!)

 一気に、気分が高揚した。しかし、すぐさま収まっていき、それから大して時間をかけないうちに、完全に沈静化した。

(たしかに、これで、小留戸が当たりの実包を引いた場合、発射された弾丸がおれに命中する確率は、少しは低くなっただろう……しかし、肝心の問題が、まだ解決できていない)はあ、と溜め息を吐いた。(《装甲皮膚》……あの【プライズ】にどうにか対抗しないと、やつに、ギャンブルの続行を放棄させるほどのダメージを与えることなんて──)

 そこまで心の中で呟いたところで、ふと、疑問が生じた。

(小留戸は──どうして、拳銃の腔発くらいで、あれほどの怪我を負っているんだ?

 まだ、彼の肌は、《装甲皮膚》のおかげで、弾丸を跳ね返すほどの堅さを有しているはずだろう? それなのに、なぜ、拳銃が腔発を起こした時、あそこまでのダメージを受けたんだ?)

 考えられることは、一つしかない。

(嘘、なのか。小留戸の【プライズ】が『肌を堅くする能力』というのは、まったくの出鱈目。だから、拳銃が腔発を起こしたことにより、やつの右手は、あれほどの怪我をしたんだ)

 しかし、自称している【プライズ】が虚偽であるならば、彼は、どうして、4thラウンドの2ターン目において、武幡の発射した弾丸を食らっても、銃創を負わなかったのか?

(おれみたいに、服に、盾の代わりになるような物を仕込んでいたとか? でも、ギャンブルを始める前に行ったボディチェックでは、何も見つからなかったしなあ……)

 武幡は、そんなことを考えながら、小留戸が着ているシャツの胸部、赤い跡がついていたあたりに視線を遣った。

 そこで、妙な点に気づいた。

(シャツに、穴が開いていない……?)

 まじまじ、と凝視してみる。やはり、単に自分が見つけられないだけ、というわけではない。どう見ても、小留戸が着ているトップスの胸部には、穴がない。

(いや、いくらなんでも、それは変だろう……たとえ、胸部の手前、ユニフォームの裏に、盾の代わりとなるような物を貼りつけておいたとしても、服を貫かれることは避けられない……シャツには、弾丸が通過したことによる穴が開くはずだ)

 しかし、実際、穴はない。

(ということは……シャツか! 小留戸が、今、着ているシャツ……それこそが、弾丸を跳ね返したのか?)

 よく考えてみれば、別に、奇妙なことではない。たとえ、防弾チョッキの類いを装着していない状態に陥ったとしても、銃創を負いたくない、と思うのは当然だ。ならば、南部グループが、防弾性のある衣服を開発しているとしても、不思議ではない。

 市販されているトップスなどならともかく、小留戸が今着ているのは、親衛隊のユニフォームだ。おそらくは、それが防弾性を有しているのだろう。きっと、シャツだけなく、ズボンも、同じように、防弾性を備えているに違いない。

(しかし……だとするならば、また一つ、新たな疑問が湧いた。「どうして、やつは、己の【プライズ】について、『肌を堅くする能力』である、などと偽ったのか?」という疑問だ)

 自分が弾丸を食らっても銃創を負わなかったのは、【プライズ】のおかげ、ではなく、こっそりシャツの裏に仕込んでおいた物のおかげ、とでも述べておけばよかった。そうすれば、今回、右手を負傷したせいで、「《装甲皮膚》という【プライズ】は嘘っぱちである」「本当は衣服そのものが防弾性を備えている」とは、ばれなかった。

(おれに、「勝ち目がない」と思わせ、ギャンブルの続行を放棄せるために、そんなことを話したのか?)

 いや。それこそ、「弾丸が撥ね返されたのは、ユニフォームに防弾性があるためだ」と言えばよかったではないか。別に、こちらが、小留戸を着替えさせられるわけでもない。

(衣服で覆われていない手足を撃たれないようにしたかったのだろうか?)

 しかし、それらは、的としては小さすぎる。こちらは、射撃に関しては、ど素人だ。小留戸にしてみれば、狙われたところで、大した不安を抱かないだろう。

 だいいち、仮に弾丸が当たったとしても、ギャンブルの続行を放棄させるほどのダメージを与えられるとは、とうてい思えない。実際、ついさきほど、彼の右手を負傷させることに成功したが、敗北させるには至らなかった。

(じゃあ、もしかして、アレか? 物の弾みとでも言うか、大した考えもなしに、出鱈目を喋ったのか?)

 いや。小留戸による、《装甲皮膚》の内容についての説明は、淀みがなかった。おそらく彼は、事前に、その能力について、考えを巡らせ、設定を練っておいたのだろう。

(ますます、わけがわからなくなってきたな……どうして小留戸は、そんな嘘を吐いたんだ? おれに、やつの【プライズ】が《装甲皮膚》である、と思わせるメリットとは、いったい……?)

 そこまで心の中で呟いたところで、はた、と気がついた。

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