第12/17話 拳銃への懐疑

 浜田柔代は、作業場の出入り口に設けられている両開きの扉を見つめていた。さきほどそこから、武幡が、外へ出て行ったところだった。

(ご主人さま……)

 戻ってきたら、なんと声をかけるべきだろうか。いや。そもそも、声をかけるべきなのだろうか。自分はしょせん、ギャンブルに参加していない、ギャラリーの立場だ。プレイヤーであり、知恵を絞って戦ってきた武幡に対して、かけられる声など、ないかもしれない。励ましも慰めも、彼に対して、失礼になってしまう気がする。

 悶々としながら、思いを巡らせているうちに、武幡は帰ってきた。柔代は、壁の時計に視線を遣った。彼が作業場を後にしてから、二十分強が経過していた。よほど悩んだに違いない。

 武幡は、とぼとぼ、と歩くと、勝負の定位置に立った。

「さあ──聴かせてもらおうかな?」小留戸は両手を左右に広げた。その顔にはすでに、勝ち誇るかのような笑みが浮かんでいた。「ギャンブルの続行を放棄するか否か、を」

「ああ、聴かせてやるよ──」武幡は、すう、と、軽く息を吸い込んでから、言った。「おれは、ギャンブルの続行を、放棄しない。このまま、5thラウンドに進む」


 沈黙が発生した。数秒後、最初にそれを打ち破ったのは、小留戸だった。

「……今、なんて言ったんだい?」

 左右に広げていた両手を、下ろす。顔からはすでに、笑みが失われており、かわりに、驚愕の表情が浮かんでいた。

「もう一度、聴かせてやろうか?」武幡は、小留戸のリアクションがとても滑稽である、とでも言うかのように、くくくっ、と笑った。「ギャンブルを、続行する」

 小留戸は、口を尖らせると、「ふん……」と言った。「どれだけ時間がかかろうと、最終的には、大怪我を負って、敗北を認めることになるんだよ? どうせなら、今のうち、大怪我を負っていないうちに、敗北を認めたほうが、利口だと思うんだけどねえ」

「利口でなくて、けっこうだ。おれは、諦めない。必ず、勝ってみせる」

 再び、沈黙が発生した。武幡は、スラックスの右の後ろポケットから拳銃を取り出すと、右隣にある机の上に、ごとり、と置いた。

「ほら──早く、ギャンブルを再開しようじゃないか」

 小留戸は、はあ、と、小さく溜め息を吐いてから、首を軽く縦に振った。「わかったよ」

 その後、二人は、ジャンケンを行った。結果、小留戸が先攻となった。

「きみに、さっきのタイミングで負けを認めなかったことを、後悔させてあげよう」小留戸は、くくく、と嗤った。当たりの実包を一個、ケースから取り出すと、こちらに向け、ぽい、と放り投げてきた。

 武幡は、それをキャッチして、調べ始めた。数秒が経ってから、「いいだろう」と言う。「問題なさそうだ」彼の右隣にある机の上に置かれている箱に入れた。

 ベレッタが、外れの実包を投じるために、箱を持ち上げようとして、左手を伸ばしてきた。

「待て!」

 武幡は大声を上げた。その場にいる全員の視線が、彼に集中した。

「5thラウンドを始める前に、調べておきたいことがある」

 小留戸は呆れたような表情になった。「また、外れの実包でも、検めるのかい?」

「いや」武幡は首を横に振った。「今度、調べたいのは、実包じゃない。拳銃だ。

 小留戸、あんたの持っている拳銃には、何か細工が施されているんじゃないのか? 外れの実包に対しても、弾丸を発射させられるようになっている、とか、あらかじめ、本物の実包が、拳銃本体のどこかにセッティングされていて、シリンダーに装填した実包の種類にかかわらず、それを撃てるようになっている、とか……」

「そんなわけ、ないだろう……」小留戸は、はああ、と、大袈裟に溜め息を吐いた。「それは、つまり、ぼくの拳銃が、このギャンブルで勝つために改造してある、ってことだよね? なんでそんな物を、ぼくたちの部隊が、都合よく用意しているんだい。だいいち、本来は、こんな勝負、やるつもりなんてなかったってのに」

「そうだな」武幡は、意外にも首肯した。「おれとしても、あんたたちが、あらかじめ細工が施されていた拳銃を、たまたまこの場へ持ってきていた、とは考えづらい、と思っている。

 だが──あんたたちがここに来てから、拳銃を改造するチャンスは、いくらでもあっただろう? 一等の【ザウバークーゲル・メダル】を賭けてギャンブルをする、と決めてから、実際に勝負が始まるまでの間、作業場の南西の隅で、打ち合わせをしていたじゃないか。あの時に、作業が行われたのかもかもしれない。

 この部屋は、模型を制作するための場所だ。いろいろな工具や素材が、たくさん置いてある。なにより、あんたたちの中に、物体に対して思いどおりに手を加えられるような【プライズ】を持っているやつがいない、とは限らないだろう。【プライズ】の内容なんて、多種多様だからな」

「まあ、そりゃそうだけど──」

「それとも」武幡は小留戸の台詞に被せるようにして言った。「嫌なのか? 拳銃を調べられることが。まさか、本当に、改造してあるんじゃないだろうな?」

 数秒間、小留戸は沈黙した。それから、「……わかったよ」と言った。「好きなだけ、検めたらいいじゃないか、ぼくの拳銃を」

 小留戸は、十枯を呼んだ。こちらから見て彼の右隣にある机の上に置かれていた拳銃を、彼女に持たせる。それから、武幡の所にまで、歩いて行かせた。

 武幡はそれを受け取ると、調べ始めた。ぐるり、と回転させ、いろんな角度から見つめたり、ぱかっ、と折り、内部を覗いたりしている。

(ご主人さま……いったいどうして、突然、そのようなことを──「拳銃を検めさせてほしい」ということを、言い出したのですか……?)思わず、そう心の中で呟いたが、わかるわけもなかった。

「……問題、なさそうだな」武幡は、伸ばした拳銃を右手で持つと、「だが」と言った。「もしかしたら、おれに調べられても大丈夫なよう、対策されているのかもしれない。そういうことのできる【プライズ】を有している人間が、あんたたちの中にいるのかもな。おれの能力だって、《認識不可》っていうやつだし」

「いい加減にしたまえよ」小留戸は明らかにうんざりしていた。「じゃあ、いったいどうしたら、きみは満足するんだい?」いらついた調子の声を出した。

「交換しようじゃないか」武幡は即答した。「おれの拳銃とあんたの拳銃を、取り換えるんだ。あんたの拳銃に、何も細工が施されていない、って言うんなら──」

「はいはい、わかったわかった」小留戸は、心底鬱陶しそうに、何度も頷いた。「受け入れるよ、その提案」

 武幡は、調べていた拳銃を、右隣にある机の上に置いた。かわりに、自分が今まで使っていた拳銃を、十枯に渡す。

 彼女は、小留戸の所に戻ると、拳銃を彼に渡した。小留戸は、受け取ったそれを、こちらから見て彼の右隣にある机の上に置いた。

 武幡はベレッタのほうを向いた。「待たせたな。箱に、外れの実包を入れてくれ」

「わかった。それでは、外れの実包を入れるよ」

 ベレッタは左手を伸ばすと、武幡の右隣にある机の上に置かれている箱を持ち上げ、胸元に引き寄せた。小留戸の、こちらから見て右隣にある机の上に置かれているケースから、ダミーカートを五個、取り出し、穴に入れる。

「それでは、シャッフルするよ」

 ベレッタは、箱を、前後左右上下に振り始めた。内部から、実包が転がり回る、ころころ、からから、ことこと、などという音が聞こえてきた。

 しばらくしてから、彼女はシャッフルを終えた。箱を、小留戸の、こちらから見て右隣にある机の上に置く。

「それでは、5thラウンド、スタートだ。小留戸、実包を引いておくれ」

 彼は左手で箱を持ち上げると、胸元に引き寄せた。ゴム手袋を嵌めた右手を、穴に入れる。がさごそ、という音を立てながら、実包を選び始めた。

 十数秒後、小留戸は、実包を摘まんだ右手を、穴から抜いた。その頃にはもう、武幡は、ヘルメットを被っていた。

「それでは、小留戸。実包の使用を試みておくれ」

 小留戸は、こちらから見て彼の右隣にある机の上に置かれている拳銃を、左手で取り上げた。側面を自分の胸部に向けたまま、慣れた手つきで、拳銃を折る。実包をシリンダーに装填し、伸ばした。

 彼は、右手でグリップを握り、構えた。銃口を、武幡に向ける。

(撃たないでください……!)柔代は心の中で祈った。(4thラウンドの1ターン目では、小留戸は、外れを引いたんです……今回も、外れを引いていたっていいはずです……!)

 十数秒後、彼はトリガーを引いた。

 ばがあん、という音がした。

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