52作品目

06話.[そこにいたのね]

「というわけなんだよ」

　今日は僕から誘って時間を貰っていた。

　気にはなるだろうから言っておく必要があると思ったのだ。

「一葉と田島さんから聞きましたよ？」

「あ、そうなの？　まあ、迷惑をかけることには変わらないからさ、ごめん」

「別に暁さんが悪いわけではないじゃないですか、一葉が悪いわけでもありませんし別に構いませんけどね」

　ひょっとしたら今回のこれこそ問題だったんじゃないかと不安になってくる。

　僕といるぐらいなら光といたいよね、なにをやっているのかという話だ。

「私は誘ってもらえて嬉しかったですよ」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

　関わってくれる子はみんないい子ばかりだ。

　だから自分もそういう風になりたいけど……できるだろうか？

「今度田島さんと一緒にお出かけする約束をしているんです」

「お、よかったね」

「はい、それもあのとき田島さんを連れてきてくれたあなたのおかげです」

　違うんだっ、僕はひとりだと嫌だから光を巻き込んだだけなんだっ。

　……片岡さん的にはよかったのかもしれないけど褒められるようなことはしていない。

　でも、光本人が仲よくすると言ってくれているんだから必死に否定するのも違うと。

　それなら彼女のためになれるようなことができてよかったと考えておくべきだろうか？

「あなたのことは一葉から何度も聞いていました」

「情けないとか言っていなかった？」

「そんなことは一度も、自慢の兄だと何度も言っていましたよ」

　彼女は「だからこそ近くに田島さんもいてくれているんだと思います」と。

　いまもなお一緒にいられている理由はあのとき一葉が光を助けてくれたからだ。

　それがなければ仮に幼馴染であっても全く会えない生活が続いているか、会えても挨拶ぐらいしかしない仲になっていたかもしれない。

　光を変えたのは一葉だ、僕はなにもしていないのにそれを受け取れているだけ。

「一葉が光のことを好きだとか言ってくるまでは応援するよ」

「ふふ、ありがとうございます」

　ただまあ、今件に関して言えば知らない間に始まって終わるだろうなと予想している。

　想像通り、一葉が来るようなことはなくなった。

　かわりに光が教室から多く消えるようになったから光とは話していると思う。

　それかもしくは彼女と会っているだけなのかもしれないけども。

「少し歩きませんか？　いま家に帰っても落ち着かないので」

「いいよ、この前は中途半端になっちゃったしね」

「ごめんなさい、私のせいですよね」

「いや、本当にいたい人といてほしいからね」

　仲よくしたいとしっかりぶつけられただけ素晴らしい。

　大抵は勇気を出せず、だけど想いだけは強くなってという感じだろうから。

　真っ直ぐにぶつかれる人間はなにかと得をする、いいことばかりではないんだけどね。

「もう初夏ですね」

「どう？　高校生活には慣れた？」

「はい。なんだかんだで関わりがあった一葉がいてくれるのが大きいですね、ひとりじゃないだけで遥かにマシです」

「そうだね、友達の存在は重要だからね」

　僕で言えば光がそれに該当する。

　友達が多くできようとこっちに来てくれた光には感謝しかない。

　中々できることじゃないと思う、魅力的な人間と出会えば出会うほどに。

　だからこそなにかをしてあげたいって思うし、そう思うために特に思いつかない残念な脳には辟易とするしという連続で。

「嘘をつきました」

「また？」

「本当は暁さんも田島さんも昔から知っていたんです」

　一葉と関わっていれば知っていてもおかしくない。

　光に誘われて部活終わりに迎えに行ったこととかもあるから機会はいくらでもある。

　修学旅行のときは母と一緒に帰りを待ったわけだしね。

「だけど信じてください、最初に興味を抱いたのは暁さんですから」

「いやいや、寧ろそれを聞いても残念感が凄くなるだけだからね？」

「あはは」

　いや、笑い事じゃない。

　興味を持って初めて近づいたタイミングで他の人間に興味を移すってなんだそれって感じ。

　適当に躱して終わらせるつもりであった僕だとしても、複雑さは確かにそこにあった。

　……どうせ光と違って無個性で魅力もないですよと捻くれたくなる。

「面白いですよね、だって自分の中で一気に優先順位が変わるんですよ？」

「変えられた対象じゃなければ確かにって言えるけどね」

「拗ねないでくださいよ、私はなにもしていませんよね？」

　もう少し気をつけて行動してほしい。

　行動ひとつで異性の心を壊したり、異性の人生をがらっと変えてしまえるんだから。

　こちら側にはない見えない力を持っているのが女の子だと思う。

「それに田島さんは明るいだけじゃないですよね」

「なんでそう思うの？」

「無理をしている感じがたまに伝わってくるんです」

　なるほどとなんか納得できてしまった。

「そうだね、実際、作っているときもあるよ」

「なにかあったんですか？」

　今回も目的なく歩いていただけだから光の家に連れて行く。

「はい、確かめてくるといいよ」

「……分かりました、今日はありがとうございました」

「ううん、こちらこそありがとう、それじゃあ」

　本当なら僕も上がって一葉の様子を見たいところだけどやめた。

　あくまで、家事を手伝うと母に言ってあるからそちらを優先するためにだ。

　別に無理に確認をして嫌われたくないからとかそういうのではなかった。

「ふっふっふー」

　ＧＷに入った。

　そんな中、いきなりやって来た光がうざ絡みをしてきていると。

「なんの用？」

「あれぇ？　いいの？　一葉ちゃんのことを教えてあげようとしたのに」

「いいよ、一葉のことは光に任せているわけだからね」

　どうせ元気だよとかそういうことだろう。

　その情報に価値はない、元気がないわけがないからだ。

　彼のご両親はすごい親切な人達だからね、寧ろ家にいるよりいい物が食べられているかもね。

　あとはゆっくり好きなお昼寝をして悠々自適に過ごしているのではないだろうか？

「それより片岡さ――どうしたの？　びくってなって」

「……明日、お出かけすることになっているんだよ」

「うん、今度出かけるということは聞いたよ？」

　もう揶揄してきているわけではないだろうから単なる緊張だろうか？

　光はなんでも自信満々に対応……できるわけではないから気になっているのかもしれない。

「だ、だってさ、それってデート……ってことなんだよね？」

「それは光が好きなように判断すればいいんじゃない？　光がそう思うならそれはもうデートとしか言いようがないよ」

「僕、そういうのって初めてだから……」

　安心してほしい、こっちだってそんなのしたことはないから。

　ただ、それはつまり力になってあげられないということであり……。

「服とか決まっているの？」

「普通でいいよね？　シンプルな感じで、さ」

「うん、それでいいと思う」

　まあ、そういうところで頼ってくるようなことはないだろうから不安もない。

　そこでリードすることができたら片岡さんはさらに光のことを気に入ることだろう。

　そうしたらより積極的になってたじたじになる光、というのが容易に想像できる。

「行く場所は？」

「えっ、合わせるだけじゃ駄目かな？」

「合わせるのはいいけど、最悪『田島さんの行きたいところに行きましょう』と言われたときにすぐに挙げられるような状態にしておくのがいいかな。合わせてもらうだけじゃ誰だって気になるものでしょ？」

「そっか、うん、そうだね」

　あくまでメインは片岡さんの行きたいところ中心でいい。

　とはいえ、当日にどうなるのかなんて分からないから想像しかできないから難しいと。

　僕は明日誰か異性とふたりきりで出かけるなんて用事がないからこう気軽に言えるけどね。

「ご飯とかをどうするのかなんかも考えておいた方がいいね、当日の気分に合わせて自由に組み込んで行動するのもいいのかもしれないけど」

「おお、暁は非モテなのに詳しいね」

「非モテは余計なお世話、不安にならなくて済むように考えておくのは重要だよ」

　活かせるような機会がなにもなかった。

　あと、どれだけ考えようと当日、理想通りに事が運ぶことは恐らくない。

　矛盾している、自分が被害に遭わないからこそ自由に言えるのだ。

「よし、じゃあ帰ったらゆっくり考えてみる」

「うん、それじゃあ――もしかしてまだ帰らない？」

「当たり前だよ！」

　当たり前なのか、こんなところに入り浸ってもなにも楽しくないのに。

「一葉ちゃんのことで報告があるんだよ」

「どうぞ」

「ふふふ、結局興味があるんじゃない」

　頬を掴んで引っ張ったら露骨な顔はやめてくれた。

　それどころか涙目になってしまい可哀相だと思ったぐらい。

「実はね、凄く家事をしてくれているんだ」

「なに！？　一葉が家事！？」

「ね？　驚くでしょ？」

　それだけはってずっとしてこなかったことだ。

　あ、泊めさせてもらっているからということなんだろうか？

　というか、できるのかな……。

　頑張ってやろうとした結果、やらない方がマシだったみたいな感じにならなければいいけど。

「あとね、何故か僕に敬語を使うんだよ」

「へえ」

「いま家にいるのは一葉ちゃんじゃないのかもしれない」

　へえ、そりゃそう――とはならない。

　間違いなくそこにいるのは僕の妹の宍戸一葉だ。

　線を引くために敬語を使っている可能性がある。

　友達である片岡さんに勘違いしてほしくないからでは？　とすぐに考えついた。

　その気もないのにそのことで理不尽に怒られたくはないだろうしね。

「清純系妹キャラになりきろうとしているんじゃない？」

「一葉ちゃんがそんなことをすると思う？」

「思わない」

　違和感はあるけど元気でやってくれているのならそれで十分。

　間違いなく光達がいい効果をもたらしてくれていると思う。

　任せっきりにするのは申し訳ないけど、いまはただただ頼むことしかできないわけで。

「なにかあったらまた報告するね」

「うん、よろしく」

「というわけでお昼ご飯を作ってー」

「分かったよ、いつも通り炒飯ね」

「え、オムライスがいい」

　……わがままなところは僕と変わらないな。

　仕方がないから作ってあげるか。

「ぼげー」

「暇なら遊びに行ってくればいいじゃない」

　遊びに行ってくれるような人がいるような人間ばかりじゃないと言ってみたらまた冷たい顔で見られたうえにため息をつかれてしまった。

「よし、母さんと買い物に行こうかな」

「昨日行ったわ」

「なんでだよお！」

「知らないわよ、面倒くさいわね」

　きっとこのままなにもないままＧＷが終わるんだろう。

　今日は光が片岡さんと出かけている、なら一葉はどう過ごしているのだろうか？

「母さんよー、娘が家にいないってどんな感じ？」

「お父さんに付いて行って家を空けるときがあるからあまり違和感はないわ」

「おいおいおーい、大事な娘が他所の家にいるんだよ？」

「別にいいじゃない、光君なら大丈夫よ」

「そこは疑っていないけどさ」

　やれやれ、母相手じゃ話にならないな。

　実はなんにも把握していないんじゃないかとすら思えてくる。

　一葉がなにかを抱えていたらどうするんだ、後から知っても手遅れだぞ。

「なによ、もしかして一葉がいなくて寂しいの？」

「当たり前だよ、いつもだったら楽しく話せているところなのに」

「それなら光君のお家に行ってきなさい、すぐに会えるじゃない」

　いや、絶対に会ってはくれないだろうからそんなことはできない。

　僕はいまでも自分が原因だと思っているから拒絶されたら引きこもりかねないし。

「というわけで買い物にでも行こうよ」

「はぁ、分かったわ、服を買いに行こうと思っていたから付き合って」

「うん、荷物持ちぐらいならするからさ」

　ＧＷの賑やかな雰囲気を味わっておきたかったというのもある。

　相手が母だろうと関係ない、出かけられただけで十分だ。

「一葉にはこういうのが似合うかしら？」

「一葉はこういうのでしょ、ゆるふわな感じ」

「あの子も高校生なのよ？」

「関係ないよ、女の子ならいつでもこんなふわふわなやつが好きでしょ？」

　というか、一葉のために服を選ぶのなら本人がいるときにした方がいい。

　僕らはあくまで想像だけでしか分からないからだ。

「母さんにはこれかな」

「……なんで私にはそんな物なの？」

「え？　母さんもふわふわなやつの方がよかったの？　別に否定はしないけど年齢というやつをよく考えた方が――」

　怖いからこれ以上は言わないでおいた。

　そもそも僕は荷物持ちとしてここに来ているのだから余計なことは言わなくていい。

「あれ、宍戸君？」

「ん？　あ、中西先生っ、こんにちは」

「はい、こんにちは」

　そうか、少しでも時間があればこういうところに来るよなと。

　長距離歩く必要はなくなるし、お腹が空いたら飲食店の候補も複数あると。

　値段は特別安いというわけではないけども、ある程度なら許容できるレベルの場所だから。

「ひとりで来たんですか？」

「いえ、母と来たんです」

「いいですね、誰かと一緒に行けるとそれだけで楽しいですから」

　確かにそうだ、こんな賑やかなところにひとりで来ていたら寂しいとしか言いようがない。

「中西先生もですか？」

「いえ、お友達と来ているんです、いまは別行動中ですけど」

「それなら、邪魔しても悪いですからこれで」

「べ、別に構いませんよ？　時間がかかるみたいですし……」

「え、でも一緒に行動するわけにもいきませんからね……」

　それに生徒と違ってまともに休める休日も少ないだろうから邪魔をしたくない。

　ただ、何故かいつもみたいに「そうですか」で片付けてくれはしなかった。

「そこにいたのね」

「あ、終わったの？」

「ええ――って、中西先生じゃないですか」

「こ、こんにちは」

　うーん、こうやって見ると母も教師ができそうな雰囲気を纏っているんだけど。

　厳しそうでそれだけではなくて、意外と生徒からも好かれている、みたいな感じになりそう。

「暁に用があったんですか？」

「あ……この前熱で倒れたときにお世話になったので」

　な、なんで僕は母に睨まれたんだろうか？

　その話は聞いていないとでも言いたげな感じだ。

「それなら私はこれで」

「「え」」

「少し用事を思い出したのよ、それではまた」

「は、はい」

　ああ、行ってしまった。

　別になにかいけないことをしているわけではないからいいんだけど。

「あの、お礼をさせてください」

「べ、別にお礼をしてもらいたくてしたわけではないですから」

「い、いいじゃないですか、損することにはなりませんよね？」

　教師とＧＷに一緒に過ごしているところを見られたら色々と面倒くさいことになる。

　まったく、母も変に空気を読んだりしなくていいというのに。

「いたたっ、お腹が急に……」

「だ、大丈夫ですかっ？」

「と、トイレに行ってきます、中西先生は気にせずに楽しんでください」

　それで決まったと少し歩いたときのことだった。

「「「「あ」」」」

　運悪く、運よく？　光達と遭遇してしまったのだ。

「暁さん、先生と休日にお出かけするのはいいんでしょうか？」

「そうだよ暁！」

「違うよ、たまたま会っただけだから」

　ほっ、このふたりでよかった。

　もし違う子だったら気づかない内に目撃されて、気づかない内に終わっていたことだろう。

「中西先生――あれ？」

「もういないね」

　逃げるぐらいなら友達のところに行けばよかったのにとしか言えない。

「あ、邪魔をしても悪いから僕はもう帰るよ」

「空気を読んだつもりなんだろうけど格好よくないからね？」

　無視無視、ここで居残ったら嫌われてしまうから。

　くそう、母と一緒に無理やり帰ればよかった。

　結局、賑やかなここをひとりで歩いて出ることになってしまったからね……。

「逃げたわね」

「わっ、まだいたんだ？」

「ええ、監視していたの」

　まあいい、母がいたのなら一緒に帰ればいいわけだし。

「監視とは趣味が悪いねえ」

「一葉があなたにもよくされたって言っていたわよ？」

　うっ、光に誘われていたとはいえ見に行ったのは事実。

　ことこの件に関しては言い負けるからやめることにしておいたのだった。