05話.[なにもしないよ]
「あ、片岡さんもいたんだ」
「はい、私が暁さんに頼んで呼んでもらったんです」
とりあえず見ただけで逃げるようなことはしないみたいで安心できた。
こっちがメインではないから黙って見ておくことに専念しておく。
「田島さん、嫌なら嫌と断ってくれればいいんですが」
「うん?」
「あなたと仲良くなりたいんです」
さて、どうなるのだろうか?
光はこちらを見て、向こうを見て、最後にまた片岡さんを見た。
「そういう風に言うってことは……」
「あくまでいまはお友達として仲良くしたいです」
「いいよっ、せっかく話せるようになったんだもんねっ」
「ありがとうございます」
帰ると言ったので光が「送るよっ」と言ったのだが、彼女はそれを断ってひとりで歩いていってしまった。
嬉しすぎていまは見られたくないとかそういうことだろうか?
考えても仕方がないからそういうことで片付けておこう。
「よかったの?」
「うん、だってからかってきているような感じはしなかったから」
「そっか」
丁度いいからあの話もしておいた。
彼は頭の後ろで両手を組みつつ「んー」と迷っているようだった。
まあいきなりなにしてほしい? と聞かれても普通はこうなるか。
「別に嫌な気持ちになってないからいいよ、それに暁は助けてくれたじゃん」
「いや、僕は君を自然と利用するところがあるからさ」
酷く矛盾してしまっている。
自分が一番光に迷惑をかけているくせに守ろうとなんてしているのだから。
「別にいいよ? 宍戸兄妹がいてくれたからこそいまも元気よく登校できているんだから」
「いや、いつもみたいになにかを求めてきてよ、なんでそこでいい子になっちゃうの」
「だって暁は本当に嫌なことには巻き込まないから」
何度も言うけど彼を助けたのは一葉だ。
その一葉に好き勝手言う人間相手には確かに強く言ったりもしたが、僕が動けたのはそのときだけなんだよ。
細かく思い出したくはなくて記憶がごちゃごちゃになっているのかもしれない。
「お礼とかお詫びとかいちいち考えなくていいからさ、これからも僕といてよ」
「そりゃあね、幼馴染なんだし」
「よし、じゃあこの話は終わりにして暁のお家に行こー!」
じゃあ本人がしたいように行動してもらおう。
今日家には一葉ひとりだから早く帰ってあげるのも悪くはないし。
「お邪魔します!」
先に二階へ上がってもらってこちらは飲み物を用意――しようとしたときのこと。
「ここにいたんだ」
ソファに座ってクッションを抱いたままの妹を発見した。
「うん、おかえり」
「ただいま」
基本的に部屋にいる子だから気になる。
それでも飲み物を用意と動いていたらこっちにやって来た。
「にー、円とはどうだったの?」
「光と仲良くしたいという内容だったよ」
「使われたってこと?」
「違うよ、頼みたくなるぐらい真剣だってことだよ」
どうせならと一葉も連れて行くことに。
どうせ家の中にいるなら一緒にいられた方がいい。
「すやぁ」
「よいしょっと」
おお、いい反発力という感想を抱いたときに「ぐぇっ、なにするのっ」と可愛くない声が聞こえてきた。
「起きてください、寝るのなら来る意味ないですよね?」
「わ、分かったよ……」
やっぱり僕らは三人でいて一番自然な感じになる。
僕にとっては弟と妹がいてくれているみたいな感じだから当然そういう思考になるわけだ。
だから片岡さんと仲良くすることでそちらばかりを優先することになってしまったら寂しいとしか言いようがない。
「一葉ちゃんっ」
「どうしたの?」
「昨日と変わらないねっ」
「ははは、当たり前だよー」
で、結局数分経過したタイミングでベッドに転んで光が寝始めてしまった。
「まったく……」
「疲れていたんだよ」
「そう言う一葉は大丈夫なの? 最近は眠そうにしていたけど」
食事と入浴を終えてから寝るようにしているからまだ安心できる。
ふたりきりの状態のときにこんな状態になっていたら困惑しまくりだっただろうな。
「……あんまり寝られないんだ」
「じゃあ一緒にいてあげるから寝なよ、ご飯ができたら起こしてあげるから」
「手を握っていてほしい」
「うん、分かったから」
光が掛けている布団の端のところに移動させてそこで寝てもらう。
枕は僕の足だ、これ以外には特にないから我慢してもらうしかない。
さっきのクッションを持ってきてくれていればよかったんだけど……。
「ね、本当にそれだけだった?」
「あ、最初は僕のことを知りたいって言われたんだよ、だけど結局は隠すためだけに口にしていたわけだからね」
「……嘘つき」
いや違う、嘘つきなのは片岡さんの方だ。
もう自己紹介を済ませたときには光にしか意識がいっていなかった。
どう躱すか気になっていたからありがたかったが、光に迷惑をかけてしまったからなあと。
でも、それももう終わった、光が仲良くしようと受け入れたんだから。
「……にーのせいだから」
「あ、そうなの? それはごめん」
「光ちゃんばかり優先するから、かと思えば今度は円だし」
「それならどんどん来てくれればいいのに」
「放置されそうで嫌……」
そんなことしないのに。
喧嘩した際でも無視をしたことすらないんだから信じてほしい。
「寝る」
「おやすみ」
「……移動するときは起こしてね」
「分かった」
頭を撫でてみたら今日は避けられたりはしなかった。
次にできるとは限らないからそれから数回ほど撫でておいたのだった。
「ふぁぁ~、よく寝た」
呑気な子が呑気な態度で起きてきた。
あれからいくら起こそうとしても起きてくれずに朝まで放置したのだ。
だからこちらは部屋主なのに床で寝る羽目になったということになる。
大切な友達だけど、……もう少しぐらい考えて行動してほしいね。
「お・は・よ・う」
「お、おはよ……」
え、なんでそんな怖い顔をしているの? とでも言いたげな雰囲気。
この前のあれのように朝から言い合いをしても馬鹿らしいから、
「はぁ、いいから家に帰りなよ、制服とかないでしょ」
「そうだったっ、お腹も空いたし帰るねっ、また後でねっ」
と、帰らせてこっちは制服に着替える。
ソファで寝ることなんかもよくあったから別に床では寝られないとかそういうのはない。
ただまあ、満足度というか……快適度が違うからベッドで寝られる方がやっぱりいいね。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
唐突だけどなにも変化がなくていいと思う。
毎日同じことの繰り返しでいい、贅沢は言わない。
家族と仲良くできて、学校では授業に集中したり、家族以外の子と仲良くしたりできればさ。
「暁、一葉を起こしてきてくれる?」
「分かった」
なんで寄ってこなかったのか。
まあいい、大して大変というわけでもないから二階へ戻る。
「一葉ー、朝だよ」
いや違うか、部屋に入ることは許可されていないから普通に大変か。
扉を開ければすぐに本人がいるという状況でわざわざスマホで話しかけることになった。
幸い、五分ぐらいが経過した頃に起きて出てきてくれたからよかったけども。
「光ちゃんは?」
「朝まで爆睡だったけどもう帰ったよ」
「そっか、あ、今日はにーと行くから」
「うん、一緒に行こう」
毎日別々に登校していたから少し寂しかった。
友達を優先したくなる気持ちは分かるからそんなこと言えなかったけどさ。
だって兄が寂しいから一緒に行こうよなんて言ったら駄目だろう。
「そういえばいつ付き合ってくれるの?」
「一葉のタイミングでいいよ」
顔を洗いながらそう答える。
用事があることなんてほとんどないからそれでいい。
急用ができたら行けるかどうかは分からないものの、こちらはとにかく合わせるだけだ。
「にー」
「あ、終わったよ?」
「それなら今日付き合って」
「うん、分かった」
じゃあ今日は他のことを引き受けたりしないようにしないと。
急用ができてやっぱり無理でした~みたいなことになったら多分駄目になる。
気まずくなんかなりたくないし、やはり家族の方を優先するべきだからそういう意識でいればいいだろう。
で、やはりというか特になにもなかった。
そりゃそうだ、僕と関わってくれている片岡さんは光に夢中だし、光もまた片岡さんが来るのなら相手をしなければならないわけだから。
「来たよ」
「ようこそ」
あっという間に教室からクラスメイトが消えた。
大体半分は遊びに行くか帰るかをして、残りは部活動に励んでいるはずだ。
僕らは帰宅部だから残ろうが遊ぼうが帰ろうが自由、勉強さえしていれば文句は言われない。
「どこかに行くんだよね?」
聞いてみたら首を振られて違うみたいだと分かった。
それならばととりあえず一葉を椅子に座らせる。
わざわざ立っておく必要はないだろうと判断してのこと。
「もし究極的に無理だったら光ちゃんの家に泊まろうとしていたって本当?」
「あ、光から聞いたの? そうだよ、まあ結局その計画はなくなったわけだけどね」
「なんで?」
「そう光に言った理由は両親や一葉が無理やり褒めてくるからだよ、なんにもいいことなんかできていないのに褒められても複雑さしかないからさ。あとは単純にたまには怒ってもらいたかったんだ、その方が家族らしいからという理由で。でも、もうそうじゃない、褒めてもらえるような行動をできるように意識しているよ」
貯めに貯めたお金を渡すのだとしても家の中に他所の子がいたら気になることだろう。
光のご両親とはずっと昔から関係はあるけど、それとこれとは別だと思うから。
ちなみに彼のご両親からも「暁くんがいてよかった」と言われていて微妙なのもある。
違うんだ、僕にとって光がいてくれてよかったとしか言えないんだから。
「無理やりじゃない、私はにーがいてくれてよかったって思ってる」
「うん、ありがとう、いまは切り替えたから安心して」
それよりもだ、これなら付き合っているとは言えないけどいいのだろうか?
普通に会話がしたいということならいくらでも付き合うけど……。
「にー」
「うん?」
「今日から光ちゃんの家に泊まらせてもらう」
「えっ? なんで、あ、僕がなにかしちゃったとかっ?」
彼女は最初と同じように首を左右に振った。
それからへにゃりと柔らかい笑みを浮かべてくれたわけだけど……。
「帰ろ」
「あ、う、うん……」
どうして急にそうなるのかが分からないからこちらにはもやもやしか残らなかった。
「おかしい」
相手をしてくれなくて云々的なことを言っていたのに距離を遠ざけてどうするのか。
光とは仲よくても何度もしつこく聞くわけにもいかないしどうしようもない。
「なにがー?」
「光は聞いてるんだよね?」
「うん、今日から一葉ちゃんが泊まりたいんだって」
もうお互いの両親にも納得してもらえているみたいだ。
母に電話をかけて聞いてみても何故かは教えてくれなかった。
当然、そうなれば光だって素直に吐くわけがない。
口が柔らかいようで堅いのが光だから聞くだけ体力の無駄というものだろう。
「せめて片岡さんの家でよくない? 光の家は……」
「なっ、なにもしないよっ」
「いや、仲良くても異性の家なんだからさ」
僕が彼の家に泊まらせてもらうのとはわけが違うんだ。
あと、片岡さんからすれば面白くないと思う。
仲良くしたい相手の家に住み始める友達、なんてね。
しかも大して仲良くない的なことを言っていたから余計に。
それともあの計画を実行しておけばよかったのだろうか?
理由は僕ではないと教えてくれたけど、どう考えてもそれぐらいしか考えつかない。
だって両親とは普通に楽しくやっていたからだ。
「信じて任せてよ」
「疑ってはないよ? 光がよくないことをするわけがないし」
「自分がされて嫌なことを嬉々としてする人間じゃないから」
「うん、だけど不安だな」
なんだろう、最近で言えば光とばかりいたことだろうか?
自分から行くこともしたし、仮に一葉がなにかを頼んできたら優先していたのに。
……僕ではなく光を頼るところが少し悔しい。
片岡さんと同じく気になっているということならしょうがないのかもしれないけど。
「寂しいってこと?」
「当たり前だよ、家に帰っても一葉がいないんだよ?」
「確かに大切な家族と会えなかったら寂しいね」
この調子だと光に会いに来てもこっちに喋りかけすらしないだろうし。
ただ、動こうとすればするほど、きっと妹は離れていってしまうんだろう。
それなら光に任せておくのが一番か、だって仲がいいから。
自分で言っておいてなんだけど、片岡さんに任せるよりも安心できる。
「帰ろう」
「うん」
そうか、いまならまだ荷物をまとめているところなのかもしれないのか。
最後、というわけではなくても挨拶ぐらいはしておきたい。
逆効果になる可能性はあるものの、なにもしないとこっちがやっていられないから。
「あ、おかえり」
「ただいま、もう終わったんだね」
そして、あくまで普通に相手をしてくれるんだなと。
原因が僕というわけでは本当にないのだろうか?
一葉は「うん、別に全てを持っていくわけじゃないから」と答えてくれた。
「光が来てくれてるよ、荷物を持ってもらいなよ」
「にーが持って、光ちゃんの家まで送って」
「うん、分かった」
駄目だ、ふたりきりだったときから妹心が分からない。
考えていても分からないから荷物運びをすることにした。
先導する楽しそうな光と、それを笑いながら横を歩いている一葉と。
「ありがとう、まあ、光ちゃん達に迷惑をかけたいわけじゃないから一ヶ月ぐらいで戻るよ」
「うん」
「ばいばい」
一葉が田島家の中へ消えて、光がこちらを向いてきた。
「そんな顔をしないでよ、深刻な問題というわけじゃないから」
「……スケベなことをしないようにね」
「し、しないよっ、それにほら、僕は片岡さんと仲良くするつもりだから」
みんなと仲良くできた方がいい的なことを言っていた光にしては珍しい感じだ。
つもり、だから断言しているとは言えないのかもしれないけど。
「うん、ありがとう、一葉のことお願いね」
「任せて! 大丈夫、気分転換がしたくなっただけだから」
光が中へ消えてしまえばもうここにいる意味はない。
だから大人しく家に帰って、今日はリビングに突撃した。
「おかえりなさい」
「母さんはすぐに許可をしたの?」
「ええ、一葉がどうしてもと言うから」
「そっか、あ、制服から着替えてくるね」
それじゃあもうなにも言えない。
それに僕は光に任せた、あとは安心して毎日を過ごしていけばいい。
今生の別れというわけではない、たった数分歩けば会える距離だしね。
「ただなあ」
僕に理由を言えないということは僕に原因があるってことじゃないか。
そこだけは聞いてから引っかかったままでいる。
光に言えて僕に言えないことってなんだろう?
「実は生理的に無理っ、とか?」
もしそうならこれまでよく我慢してくれたな、としか言いようがない。
「なに独り言を言っているのよ」
「僕だけ理由を教えてもらえてないからさ」
唐突にやって来た母は限りなく冷たい顔で「それよりもご飯を作るのを手伝って」と。
「はーい」
それにしても珍しいこともあるものだ。
手伝うと言ったところで「ゆっくりしていなさい」といつも言うところなのに。
なるほど、一葉がいなくなったから褒めるのをやめて普通に戻したということか。
褒めてこないのであれば構わない、それに家事がしたかったから丁度いい。
「悪い方に考えなくていいわ、あくまでいつも通りのあなたでいればいいの」
「え? あ、うん、そりゃ僕らしくしかいられないからね」
こうなってしまったものはもうどうしようもない。
光だったら意地悪しないでどうなのかを教えてくれるだろうからそれに期待しよう。
それで僕は母の言うようにいつも通りの感じで過ごしていけばいい。
それぐらいなら多少引っかかりながらでもできそうだった。
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