03話.[待ってください]
「あ、あの……」
怖い感じの中西先生に通せんぼをされていた。
このままではせっかく学校に早く来たのに遅刻になってしまう。
「き、昨日はっ」
「あ、風邪は治ったんですか?」
「は、はい、あの後帰らせてもらってすぐに寝ましたから」
「それならよかったです」
一葉が忘れ物をしていたため、届けるために先生とは別れた。
「一葉、お弁当を忘れてたよ」
「あ、どうりで鞄が軽いと思った、ありがとう」
「どういたしまして」
これで不安なこともなくなったので自分の教室に向かう。
「おはよう!」
「うん、おはよう」
いつも通り元気な光に挨拶をして自分の席へ。
「暁、中西先生に悪いことでもしちゃったの?」
「なんで?」
彼は廊下の方を指差して「あれ」と言った。
見てみたらそこにはまたもや怖い顔の先生がいて困惑する。
なので、彼の腕を掴んで無理やり連れて行くことにした。
それでも彼は楽しそうだった、ふっ、ちょろいぜ。
「中西先生っ、今日はどうしたんですかっ?」
「あ……宍戸君にお礼をしたくて……ですね」
「あ、そういえばお姫様抱っこで運んでもらえたんですよねっ?」
「そ、そうですね、優しい子です」
ちなみに先生は一葉と同じぐらいの重さだった。
だから特に大変でもなかったし、お礼なんか別にしなくていい。
一葉が迷惑をかけてしまっているみたいだしね、兄が多少は動かないといけないわけだ。
「暁は何気に力持ちだからなー」
「一葉が寝落ちすることがたまにあるからね」
「あれ、だけど部屋にこもっちゃうんじゃなかった?」
「そうだね、だけど疲れすぎた状態で帰ってくるとソファで寝るから」
疲れてしまうぐらい楽しめているのならそれでいい。
友達とハイテンションでいるところを想像することができないが、まあそこは兄とか家族には見せない一面があるということなんだろうと片付けている。
僕はこの通り、光ぐらいしか友達がいない、だから、いつだって家族に対するそれと変わらないからいまいち理解はできていないが。
「あ、お礼とかいいですから、光だって調子が悪い中西先生を見ていたら同じようにしますよ」
「そうそう! あ、だけど支えられるかな?」
「余計なことを言わなくていいの、そういうことなので」
昨日早く帰ったのならやらなければならないことだってあるだろうから行ってほしい。
先生は複雑そうな表情ではあったものの、すぐに「ありがとうございました」と言って向こうの方へと歩いていった。
「光が同じクラスでよかったよ」
「それって僕を盾にできるからでしょ」
「そうとも言うけど」
「もー!」
攻撃を避けて読書を開始。
お金を出して買ったからには楽しみたいものだ。
そして、学校では読みやすいからいいと思っている。
意外と賑やかな空間の方が集中しやすいのかもしれない。
静かすぎたり、家だったりすると他のことに誘惑されてしまうからというのもある。
「ゲットー」
「返してよ」
「やだよーん、さらばっ」
今度遊びに来たときには絶対に嫌いな物を食べさせようと決めた。
とはいえ、すぐにSHRがきたから暇にはならなかった。
いつも通りなにもないことを聞き、一時間目が始まるまでにトイレを済ませておく。
そこからもいつも通りだ、その日によって教科は変わるが授業を真面目に受けるだけ。
今日は国語の授業があったのだが、目が合ったときにぷいと顔を背けられてしまった。
まあ触れてしまったからなあ、嫌われてしまってもおかしくはないと片付ける。
「お昼ー!」
「本を返してよ」
「嫌だっ、ほらっ、早く食べようよっ」
これはもう母が作ってくれているから開ける度に新鮮さを味わえる。
「暁ママが作ってくれた卵焼きをちょうだい」
「いいよ、ふたつあるからね」
僕が好きな物ばかりを入れてくれている。
と言うより、一葉よりも嫌いな物が少ないと言う方が正しいか。
「本、返してほしい?」
「うん」
「じゃあ放課後に付き合って、本屋さんに行きたいっ」
「いいよ、それじゃあ約束ね」
いま気になっているのは本ではなく先生のことだ。
何気に気軽に話しかけられる貴重な先生だから謝ることで変わるならなんとかしたい。
「光、悪いんだけど食べ終えたら職員室まで付き合ってくれない?」
「なんで?」
「中西先生に謝りに行こうと思って」
「いいよっ、放課後は付き合ってもらうわけだしね」
……こちらは本を返してもらうかわりに付き合うことになっていたわけだけど……。
まあいいか、本人がこう言ってくれているんだから甘えておけばいい。
放課後になったらアイスでも買ってあげれば満足してくれるだろうと信じて行動する。
「失礼します」
先生はと探してみたらどうやらご飯を食べているところみたいだった。
邪魔をするのは悪いから退室することを選択。
職員室にいた人からすればなにしに来たんだ? と聞きたくなったことだろうな。
「よかったの?」
「忙しいだろうしね」
明日になったらまた残って謝罪をさせてもらえばいいだろう。
そうとなればここにいても仕方がないから教室へ――とはならず。
「見て、一葉ちゃんがお友達と楽しそうにしているよ」
ああ、妹はああいう風に笑うんだなって再度上書きをした。
光に付き合ってストーカーまがいのことをしたのはこれが初めてではない。
「邪魔をしても悪いから戻ろうよ」
「そうだね、ばれたらまた自由にされそうだし……」
そういえばなにもしてきていないけどいいのだろうか?
肩代わりというか、対象が多分僕に移ったはずなんだけど。
「一葉ちゃんのことは好きなんだけどなあ」
「一葉も光のことが好きだよ」
「違うよっ、あれはいいおもちゃを見つけたときの態度だから!」
じゃあ大袈裟なリアクションをやめたらいいのに。
あと、性関連のことに耐性をつけることが大切だろう。
冷静に聞いてみればそっちだよねという内容のことばかりだから学んだ方がいい。
あとは物理的接触に耐えられるかどうかというところか。
「光、一葉にいきなり抱きしめられたらどうする?」
「えっ、そうなったら……どうすればいいんだろう?」
「そうなったら冷静にやめてって言えばいいんだよ」
「で、できるかなあ……」
心配になるから一葉と会いそうなときは一緒にいることにしようと決めた。
まあそれぐらいなら僕でもできるからね。
「はぁ……今日も疲れた……」
さて、どうしよう。
なんか壁に向かって色々と吐き捨てているわけだけど、このタイミングで話しかけたりなんかしたらもっと嫌われてしまいそうだ。
でも、謝るために十九時近くまで残っていたんだからこれを上手く利用しなければならないということで、いま偶然歩いてきたみたいな演技をしつつ近づいてみた。
「あの」
「きゃっ!? あ……」
電気が点いているうえに足音だって通常時よりうるさくしたのにその反応は……。
「あの、一昨日はすみませんでした」
「え?」
「触れられたのが嫌だったんですよね、確かに気軽に触れられたくなんかないですよね」
普段から異性にべたべた触れているわけではないことを信じてほしい。
一葉の頭を撫でようとしても避けられるぐらいだし、だから僕に原因があるということは分かっている。
「い、いえ、私は運んでもらえて助かりましたよ?」
「そうなんですか? じゃあなんで顔を背けたりするんですか?」
「……そ、そんなことしていませんよ」
「そうですか」
それならこれでいいか。
それでも一応再度謝罪をしてから鞄を持って学校をあとにした。
これだけ待ってこれか、と感じてしまう自分が確かにいる。
ただ、理由がどうであれそのことを謝罪していなかったのは自分が悪いから……。
「ただいま」
制服から着替えるために二階に上がったタイミングで一葉が出てきた。
「おかえり」
「うん、ただいま」
ご飯やお風呂以外で出ることはほとんどないから珍しい。
あーまあ、トイレに行きたいこともあるだろうから大袈裟かもしれないが。
「今日も遅かったね、もしかしてまだ避けているの?」
「違うよ、一昨日に中西先生相手にやらかしちゃったからさ」
「その話は聞いてない、だから教えて」
隠しても仕方がないからそのまま伝える。
早いからとそのまま自分が運んだわけだけどさ。
「それはにーが勘違いしているだけだよ」
「そうなの?」
一葉からというか異性からそう言ってもらえると多少は安心できる。
「調子が悪いときににーは保健室まで連れて行ってくれたんだよ? ありがたいよ」
「じゃあどうして顔を背けられたりするの?」
「それはあれだよ、気恥ずかしいだけだと思う」
そ、そうかあ? もしそれだけならまだいいけどさ。
いや、自分が聞いて一葉がわざわざ答えてくれたんだから信じよう。
「あ、なにか用があったんだよね、ごめん」
「ううん、にーが帰ってくるのを待っていただけだから」
「そっか、じゃあ着替えてくるから待ってて」
制服から着替えているときになるほどと分かった。
僕はもう少し乙女心というのを学んだ方がいいのかもしれないとも。
「お待たせ」
「にーの部屋で話そ」
「でも、そろそろご飯の時間じゃない?」
「光ちゃんの相手しかしてくれないの?」
まあいいか、遅くなったら母が言いに来てくれるだろうし。
椅子は勉強机用のしかないからそこに座らせる、僕は普通に床に座った。
こうして少し見上げていると女王様に身分がそう高くない人間が近づいているような――ってなにを考えているのかという話か。
「それにしてもよくそんなことができたね」
「帰ろうとしたら倒れちゃったからさ、人を呼ぶより早いだろうからって動いたんだ」
「そうやって動けるのはにーのいいところだね」
これからは光になるべく一緒にいてもらおうと決めた。
それが無理なら家族である一葉でもいいし、ただ、付き合ってくれる可能性は低い……かも。
「でも、女の子ばかりを助けているのはいいのかな?」
「そんなことないよ」
誰かのために動けたのが今回のこれなんだ、それ以外ではただのんびり過ごしていただけだ。
そうトラブルというのが起きるわけでもない、そんな女の子限定で助けているみたいな言い方をされても困ってしまう。
「どうだか」
「本当だって」
その後何度言ってもうわぁという感じの表情を改めてくれることはなかった。
だから一葉は優しいんだろうけどそれだけじゃないって感想しか出てこないんだよね……。
「宍戸君、おはようございます」
「おはようございます」
もうあの件のことは終わった話だから普通でいい。
これまでもこれからも関係性は変わらない、生徒と教師というだけだ。
先生ももう気にしていないみたいだし、うん、引っかかるようなことにはならないだろう。
「待ってください」
「はい」
振り返るとこの前みたいな複雑な表情を浮かべた先生がいた。
こっちはとにかく待つだけだ、少なくとも怒られるようなことにはならないからいい。
「付いてきてください」
「はい」
どこに行くのかと思ったら職員室ではなく中途半端なところの廊下だった。
先生はきょろきょろと周りを確認してからこちらを見て、一歩踏み込んできた。
「あの……お、重くなかったですか?」
「はい、大丈夫でしたよ」
寝て完全に脱力している一葉と変わらなかった。
先生の方が身長が高いのもあって、それで同じぐらいなら大丈夫ではないだろうか。
それを聞けて安心したのか「よかったです」と言っていつも通りって感じの先生に戻った。
こっちもいつまでも留まっているわけにはいかないから挨拶をして戻ることに。
「そ、そっちも悪いでしょっ」
「いーや、悪いのはお前だね」
教室に入った瞬間に聞こえてきた光の大きな声。
これはいつも通りだから違和感はないものの、他人と言い合うことなんてことは滅多にないから一応近づいてみる。
「おい宍戸、田島のことをちゃんと見ておいてくれよ」
「まずなにがあったのか教えてほしいんだけど」
どうやら突っ伏して休んでいたところに光がぶつかってしまったらしい。
それだけなら完全に光が悪いが、彼もそれで喧嘩を売られたと思ってぱちんと叩いたそうな。
「とりあえず謝って終わりにしようよ、みんなも見ているしさ」
「いきなりぶつかられたんだぞ? しかもピンポイントでだ」
「でも、叩いちゃったら駄目だよ、それがなければ確かに不注意だった光が悪いけどさ」
寝ているところにぶつかられたらそりゃ驚く。
咄嗟になんだよ! と僕でもぶつけたくなるかもしれないから悪いとも言えない。
だけど叩いちゃうとなあという感じ。
「はぁ、言い合う方が馬鹿だよな、悪かったよ」
「ぼ、僕も……ごめん」
内の複雑さは違うことで発散してほしい。
この目で見ていたらもう少し違う対応ができたかもしれないけども。
「宍戸、これからはきちんと田島を見ておいてくれよ」
「うん、できる限りは見ておくから」
ふぅ、逆効果にならなくてよかったー。
下手をすればこちらも叩かれていた可能性がある。
それだけならいいとして、光が拗ねてしまうパターンもあっただろうし……。
「宍戸くんはすごいね」
「確かに、宍戸くんがいてくれればなんでも平和に解決できるかもね」
「それに優しいし」
そんなことはないよと愛想笑い。
そうしてみたら余計に言われてしまったから教室から逃げた。
「暁は照れ屋さんだね」
「まったく、光のせいでもあるんだからね? 気をつけてよ」
「ごめん、友達と盛り上がっていたらぶつかっちゃってさ……」
そこまで盛り上がれる友達がいるのは普通に羨ましいな!
でも、場所を考えるべきだったと思う。
はしゃぐなら廊下かな、そこなら他人とぶつかるリスクも下がるし。
「おーい」
「お、一葉ちゃんっ」
「光ちゃんは後でね、にーに話があるんだよ」
何故だか嫌な予感がする。
トイレと逃げようとしたら腕をがしっと掴まれ行くこと叶わず。
「にーのことが気になっている子がいるんだ」
「それは男の子?」
「え? そんなわけないでしょ、私と同級生の女の子だよ」
とりあえず予鈴が鳴ってくれたことにより遠ざけることができた。
そのかわりに放課後に会うという予定が組み込まれてしまったが。
やめてくれよ、そんなの絶対に勘違いに決まっている。
だって後輩の子となんて関わる機会が一切ないからだ。
「光、お菓子を買ってあげるから付き合って」
「いいよー! あ、だけどその子はふたりきりがいいんじゃないの?」
「一葉も来るだろうからふたりきりにはならないよ」
「分かったっ、じゃあちゃんとお菓子を買ってねっ」
よしっ、光は最高だな!
あとは適当に躱してやり過ごせばいい。
ただ、利用してばかりなのも申し訳ないからもう少しなにかを考えないとな。
可愛い子に興味を抱いているんだから紹介とか? ……まともに紹介できるような関係の異性がいなくて無理だ……。
「あー……」
なるべく遠くになりますようにと願ったところで当たり前のように放課後はやってくる。
いや、逆にそういう風に願ったりするとすぐにやってくるというものだ。
待ち合わせ場所は校門で、僕らは一葉達が来てくれるのを仕方がなく待っていた。
「お待たせー」
いつも通りの妹と、そんな妹や光よりも小さい女の子。
高校生なのかどうかも怪しく思えてくるものの、妹と同じ制服を着ているしと片付けておく。
「ほら」
「か、片岡
「僕は宍戸暁、こっちは田島光、よろしくね」
勢いよく下げた頭を上げ、それから何故か光のことをじっと見始めた彼女。
これはもしかしたらとよくない思考をしたが、口にしたりはしなかった。
押し付けるのはよくない、相談されたらそのように動けばいいのだから。
「よろしくー!」
「は、はい、よろしくお願いします……」
留まっていても仕方がないということで四人で帰ることになった。
光、片岡さん、一葉という風に並んで歩き出したため、邪魔することはせず。
……僕は利用されたようにしか思えなかったのだった。
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